MENU

ドストエフスキー『死の家の記録』あらすじと感想~シベリア流刑での極限生活を描いた傑作!

師の家の記録
目次

ドストエフスキーのシベリア流刑での極限生活!ドストエフスキー『死の家の記録』の概要とあらすじ

フョードル・ドストエフスキー(1821-1881)Wikipediaより

『死の家の記録』は1860年に初めて雑誌に掲載され、中断をはさみ1862年に完結した作品です。

私が読んだのは新潮社出版の工藤精一郎訳の『死の家の記録』です。

裏表紙のあらすじを見ていきます。

1850年1月、聖書一冊を懐中にしてドストエフスキーはオムスク要塞監獄に着いた。
そして4年間の服役に――。


思想犯として逮捕され、死刑を宣告されながら、刑の執行直前に恩赦によりシベリア流刑に処せられた著者の、四年間にわたる貴重な獄中の体験と見聞の記録。地獄さながらの獄内の生活、悽惨目を覆う笞刑、野獣的な状態に陥った犯罪者の心理などを、深く鋭い観察と正確な描写によって芸術的に再現、苦悩をテーマとする芸術家の成熟を示し、ドストエフスキーの名を世界的にした作品。

Amazon商品紹介ページより

ドストエフスキーは1849年に社会主義思想サークルに出入りしていたため思想犯として逮捕され、極寒のシベリア、オムスク監獄へ流刑となってしまいました。

こうして改めて地図で見てみると、ロシアがいかに広いかがわかりますね。ちなみにドストエフスキーが住んでいたサンクトペテルブルクはフィンランドのすぐそばで、オムスクへは3000kmを超える道のりです。現代の車でも42時間かかるとマップでは出てきます。

ドストエフスキーは12月24日、氷点下40度にもなる極寒の中、馬車で連行されていきました。オムスク監獄に着いたのはなんとそのおよそ1カ月後の1月23日でした。

ドストエフスキーのシベリア流刑の顛末は以下の記事でまとめていますので興味のある方はぜひご覧ください。

あわせて読みたい
親鸞とドストエフスキーの驚くべき共通点~越後流罪とシベリア流刑 親鸞とドストエフスキー。 平安末期から鎌倉時代に生きた僧侶と、片や19世紀ロシアを代表する文豪。 この全く共通点のなさそうな2人が実はものすごく似ているとしたら、皆さんはどう思われるでしょうか。 と、いうわけで、この記事では親鸞とドストエフスキーの共通点についてざっくりとお話ししていきます。

さて、作品の内容へ戻っていきましょう。巻末の解説には次のように書かれています。

ドストエフスキーは「わたしたちの監獄の全貌と、この数年間にわたしが経験したことのすべてを、一枚の明瞭な絵にあらわす」ことを自分の課題として、風俗描写、肖像画、告白という三つの土台の上に『死の家の記録』を構成した。すなわち第一は、監獄内の生活風俗、つまり衣服、食物、作業、点呼、夜の監房、風呂場、病院、笞刑、芝居、酒盛り、賭博など、世間から見捨てられた人々の世界の生理的記録、第二は、囚人たちの描写、つまり衝動にのみつき動かされる凶暴な人間や、驚くべき意志力をもった超人的な強者や、権力につく卑劣な弱者など、民衆のさまざまなタイプの表現力豊かな描写、第三は、囚人たちの身の上話的エピソード、これは農奴制ロシアの無法と専横の暗黒世界で行われた恋の熱情と復讐の物語である。

新潮社出版 工藤精一郎訳『死の家の記録』P563

解説の通り、この作品はシベリアのオムスク監獄での体験を詳細に描いています。そして、

『死の家の記録』は、ドストエフスキーとしては珍しく、鏡に映るがごとく現実を再現するというロシア・リアリズムの正道を踏み、緻密な観察者の目を通して描かれた作品であるために、当時のロシアの文学者や批評家たちに高く評価された。

新潮社出版 工藤精一郎訳『死の家の記録』P563

ドストエフスキーといえば、心の奥深くのドロドロをえぐり出すような心理描写をイメージしますが、この作品ではそのような内面描写よりも、主人公の目を通して周囲の状況や他の囚人たちの心理を冷静に分析しているような文体で進んで行きます。

その出来栄えはあの文豪トルストイやツルゲーネフも絶賛するほどでした。

そうした意味で、この小説は他のドストエフスキー作品よりも非常に読みやすい作品と言うことができます。(もちろん、そこはドストエフスキー。内容はかなり重く深いので一筋縄ではいきませんが)

感想

『死の家の記録』はシベリア流刑という、ドストエフスキーの人生を決定づけた出来事の内実に迫る手記です。

ドストエフスキーはそこでの体験から後の作家人生への大きな糧を得ています。

彼自身、兄への手紙で次のように述べています。

「ぼくは監獄生活から民衆のタイプや性格をどれほどたくさん得たかわかりません。浮浪人や強盗の身の上話をどれほど聞いたかわかりません!何巻もの書物にするに足るでしょう!」

実際、ここで出会った囚人たちが後のドストエフスキー作品の登場人物の性格描写に影響を与えています。解説によれば、

(※『罪と罰』の)ラスコーリニコフには、至上の命令の名において、良心に従って人殺しを敢行する徒刑囚の山民の特性を見ることができるし、(※同じく『罪と罰』の)スヴィドリガイロフには、卑劣きわまる密告者Aの徹底した不道徳性を見ることができる。(※『悪霊』の)スタヴローギンは、その精神力の点でぺトロフを思い起させる。また貴族出身の父親殺し(のちに無実であることが判明)から(※『カラマーゾフの兄弟』の)ドミートリイ・カラマーゾフ、笞刑の名人ジェレビャトニコフからフョードル・カラマーゾフが、正直な心とおだやかな宗教的感情と活動的な愛をもつアレイや旧教徒の老人から、(※『白痴』の)ムイシュキン公爵やアリョーシャ・カラマーゾフが生れたと言えよう。
※は私が付け足したものです。

新潮社出版 工藤精一郎訳『死の家の記録』P566-567

とありますように、後の五大長編にまでシベリア流刑の影響が見られるのです。

シベリア流刑とは、それほどドストエフスキーにとって強烈な体験であり、彼の創造活動の源泉となったものだったのです。

そういった意味でもこの『死の家の記録』は後期ドストエフスキーを知るために非常に重要な作品と言うことができるでしょう。

また、この作品は心理探究の怪物であるドストエフスキーが、シベリアの監獄という極限状況の中、常人ならざる囚人たちと共に生活し、間近で彼らを観察した手記なのですから面白くないわけがありません。

あのトルストイやツルゲーネフが絶賛するように、今作の情景描写はまるで映画を見ているかのようにリアルに、そして臨場感たっぷりで描かれています。読んでいてまるで自分もそこにいるかのような、それほどの迫力をもって描かれています。

物語も展開が早く、次々と場面が動いていくのでページをめくる手が止まりません。

しかもドストエフスキーはそんな中で随所に驚くほどの人間分析をやってのけます。

人間の本質に迫るドストエフスキーの目は、監獄という極限状況の中でさらに研ぎ澄まされているように感じます。

そういう点でこの本はフランクルの『夜と霧』に近い作品と言えるかもしれません。

あわせて読みたい
フランクル『夜と霧』あらすじと感想~生きるとは何かを問うた傑作!ドストエフスキーとのつながりも 前回の記事でご紹介したワシーリー・グロスマンの『トレブリンカ収容所の地獄』では絶滅収容所の悲惨さが描かれたのに対し、『夜と霧』では強制収容所という極限状態においてどのように生き抜いたのか、そしてそこでなされた人間分析について語られていきます。 この本は絶望的な状況下でも人間らしく生き抜くことができるという話が語られます。収容所という極限状態だけではなく、今を生きる私たちにとっても大きな力を与えてくれる本です。

それほどこの作品は人間の奥底にまで沈んでいく作品であると私は思います。

この小説はドストエフスキー作品の中で『罪と罰』と並んでその入り口としておすすめな作品です。

ぜひ手に取って頂きたい作品です。とてもおすすめです。

以上、「ドストエフスキー『死の家の記録』あらすじ解説~のシベリア流刑での極限生活を描いた傑作」でした。

※2024年1月19日追記

2022年8月、私はトルストイが訪れたジョージアのカフカースの山々を訪れました。

あわせて読みたい
(30)ジュタバレーでドストエフスキーの『死の家』を見出す~カフカース滞在で最も印象に残った地 この日の目的地はジュタバレーという、カフカースにおいても特に素晴らしい景色を楽しめることで有名な秘境。 何もかもがどうでもよくなるくらい圧倒的な景色がそこに広がっていました。 トルストイもきっとこんな景色を見ていたのでしょう。 このジュタバレーでの経験はこの旅の最大の収穫となりました。私はカフカースでドストエフスキーの『死の家』を見出したのです。

若きトルストイは自ら従軍を志願し、この雄大な山々を歩いていました。トルストイ文学にはこの時のカフカース体験が巨大な影響を与えていると言われています。私はそんなトルストイについて学ぶためにこの地を訪れたのでありますが、逆にドストエフスキーの『死の家の記録』をここで見出したのでありました。ぜひこの記事も合わせて読んで頂けますと幸いです。

Amazon商品ページはこちら↓

死の家の記録 (新潮文庫)
死の家の記録 (新潮文庫)

次の記事はこちら

あわせて読みたい
ドストエフスキー『虐げられた人びと』あらすじと感想~いびつな三角関係はどこへ向かう? 私個人の感想ですがこの作品は一言で言えば、「歯がゆい!」に尽きます。 典型的な「いい人」、主人公のワーニャが幼馴染で才色兼備のナターシャに恋をしています。しかしナターシャはあろうことか典型的なダメ男に恋をし、家族まで捨てて破滅にまっしぐら。 ワーニャはそんなナターシャを見捨てられず、あれやこれやと世話をしたり、恋敵との取り持ちまでさせられる始末。 「いい人」の悲哀がこれでもかと描かれています。

前の記事はこちら

あわせて読みたい
ドストエフスキー『叔父の夢』、『ステパンチコヴォ村とその住人』あらすじ・感想 今回紹介する2作品はドストエフスキーが4年間のシベリア流刑を終え、セミパランチスクでの一兵卒として勤務していた時代に書かれたものです。 セミパランチスクは現在ではカザフスタン北部にあたり、ドストエフスキーが滞在した当時、ロシアの国境警備隊がここに駐屯していました。 ドストエフスキーはシベリア流刑の後、すぐにサンクトペテルブルクに帰ることは許されず、そのまま辺境の地で国境警備隊としての任を与えられることになっていました

関連記事

あわせて読みたい
ドストエフスキーおすすめ作品7選!ロシア文学の面白さが詰まった珠玉の名作をご紹介! ドストエフスキーといえば『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』など文学界では知らぬ者のない名作を残した圧倒的巨人です。彼は人間心理の深層をえぐり出し、重厚で混沌とした世界を私達の前に開いてみせます。そして彼の独特な語り口とあくの強い個性的な人物達が織りなす物語には何とも言えない黒魔術的な魅力があります。私もその黒魔術に魅せられた一人です。 この記事ではそんなドストエフスキーのおすすめ作品や参考書を紹介していきます。またどの翻訳がおすすめか、何から読み始めるべきかなどのお役立ち情報もお話ししていきます。
あわせて読みたい
チェーホフ『サハリン島』あらすじと感想~チェーホフのシベリア体験。ドストエフスキー『死の家の記録... サハリンと言えば私たち北海道民には馴染みの場所ですが、当時のサハリンは流刑囚が送られる地獄の島として知られていました。チェーホフは頭の中で考えるだけの抽象論ではなく、実際に人間としてどう生きるかを探究した人でした。まずは身をもって人間を知ること。自分が動くこと。そうした信念がチェーホフをサハリンへと突き動かしたのでした
あわせて読みたい
ソルジェニーツィン『イワン・デニーソヴィチの一日』あらすじと感想~ソ連の強制収容所の実態を告発 この作品は第二次世界大戦後のソ連の強制収容所を舞台にした作品です。ソルジェニーツィンはこの作品を通してソ連の現実そのものを描写しようとしました。 ソルジェニーツィンはソ連生まれの作家でノーベル文学賞作家であります。今回ご紹介する『イワン・デニーソヴィチの一日』はその代表作であり、『収容所群島』でも有名です。
あわせて読みたい
フランクル『夜と霧』あらすじと感想~生きるとは何かを問うた傑作!ドストエフスキーとのつながりも 前回の記事でご紹介したワシーリー・グロスマンの『トレブリンカ収容所の地獄』では絶滅収容所の悲惨さが描かれたのに対し、『夜と霧』では強制収容所という極限状態においてどのように生き抜いたのか、そしてそこでなされた人間分析について語られていきます。 この本は絶望的な状況下でも人間らしく生き抜くことができるという話が語られます。収容所という極限状態だけではなく、今を生きる私たちにとっても大きな力を与えてくれる本です。
あわせて読みたい
親鸞とドストエフスキーの驚くべき共通点~越後流罪とシベリア流刑 親鸞とドストエフスキー。 平安末期から鎌倉時代に生きた僧侶と、片や19世紀ロシアを代表する文豪。 この全く共通点のなさそうな2人が実はものすごく似ているとしたら、皆さんはどう思われるでしょうか。 と、いうわけで、この記事では親鸞とドストエフスキーの共通点についてざっくりとお話ししていきます。
あわせて読みたい
ドストエフスキーの代表作『罪と罰』あらすじと感想~ドストエフスキーの黒魔術を体感するならこの作品 ドストエフスキーがこの小説を書き上げた時「まるで熱病のようなものに焼かれながら」精神的にも肉体的にも極限状態で朝から晩まで部屋に閉じこもって執筆していたそうです。 もはや狂気の領域。 そんな怪物ドストエフスキーが一気に書き上げたこの作品は黒魔術的な魔力を持っています。 百聞は一見に如かずです。騙されたと思ってまずは読んでみてください。それだけの価値があります。黒魔術の意味もきっとわかると思います。これはなかなかない読書体験になると思います。
あわせて読みたい
『地下室の手記』あらすじと感想~ドストエフスキーらしさ全開の作品~超絶ひねくれ人間の魂の叫び この作品は「ドストエフスキー全作品を解く鍵」と言われるほどドストエフスキーの根っこに迫る作品です。 ドストエフスキーらしさを実感するにはうってつけの作品です。 有名な大作が多いドストエフスキーではありますが、『地下室の手記』は分量的にも読みやすいのでとてもおすすめです。ぜひ読んで頂きたい作品です。 この作品は時代を経た今でも、現代社会の閉塞感を打ち破る画期的な作品だと私は感じています。
あわせて読みたい
『カラマーゾフの兄弟』あらすじと感想~ドストエフスキーの最高傑作!!神とは?人生とは?自由とは? 『カラマーゾフの兄弟』が発表されてから120年。これだけの月日が経っても変わらずに多くの人から愛され続けているのはそれなりの理由があります。 この物語が持つ魅力があるからこそ、読者に訴えかける何かがあるからこそ、こうして読み継がれているのだと思います。 『カラマーゾフの兄弟』はドストエフスキー作品の中でも私が最も好きな、そして思い入れのある作品です。 長編小説ということでなかなか手に取りにくい作品ではありますが、心の底からおすすめしたい作品です。
師の家の記録

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次