MENU

加地伸行『韓非子 悪とは何か』~性悪説に基づいた徹底的な人間洞察!秦の始皇帝にも強い影響を与えた法治主義

韓非子
目次

加地伸行『韓非子 悪とは何か』概要と感想~性悪説に基づいた徹底的な人間洞察!秦の始皇帝にも強い影響を与えた法治主義

今回ご紹介するのは2022年に産経新聞出版より発行された加地伸行著『韓非子 悪とは何か』です。

早速この本について見ていきましょう。

日本人が知らない
性悪説の教科書

秦の始皇帝が、著者に会えたら「死んでもいい」と感動して天下統一に用いた思想「韓非子」。
中国哲学史研究の泰斗による読みやすい訳文と豊富な解説、名著復刊。


『韓非子』は悪に対して面と向かう。悪を事実として認め、その悪を逆手(さかて)にとって法で組み伏せようとする。戦闘的である。さらには悪の上手(うわて)を行き、こちらも権謀術数(術策)を弄(ろう)せよという。権謀術数――これ自身、悪ではないか。つまり、『韓非子』は悪に対して悪をもって立ち向かおうとするのである。悪には法を、あるいは悪(術)を――それは、悪の論理とでも言うべきであろう。
——加地伸行〈『韓非子』とは何か〉より抜粋

Amazon商品紹介ページより

本書では法家を代表する中国の思想家韓非の思想を学ぶことができます。

加地伸行氏はこれまで当ブログで紹介した『孔子』『儒教とは何か』の著者で、その面白さ、わかりやすさは折り紙付きです。今作でもその加地節は冴えわたっています。せっかくですのでその『韓非子』についての解説の一部を見ていきましょう。

われわれは凡人である。あくせくとこの世に生きている平凡な人間である。

しかし、ふと顧みて、いったい自分はなんのために生きているのかと、自分に問うことがある。けれども、なにしろおたがい貧弱な頭脳であるから、とても正しく答えることなどできるものでない。

そういうとき、われわれはその答えを古典に求めるのが賢明である。古典に邪念はない。長い間、人々に読み継がれ生き残ってきた人類の財産である。生きている人間に相談に行くよりも、はるかに的確な解答を与えてくれる。

その古典の一つに、『韓非子』という書物がある。

もちろん、古典にはいろいろなものがある。中国に限っても、『論語』・『老子』をはじめ、選ぶにこと欠かない。そうした古典の中で、この『韓非子』は、独得の色彩を帯びている。すなわち、全編〈迷い〉がないのである。その論調は強く、したたかである。読むうちに、なんだか自分まで強くなってゆくような気分になる。まるで弱気という雰囲気がない。

古典中の古典、『論語』や『老子』には、ふと弱々しい愚痴めいたことばが残っている。けれども、『韓非子』は、突撃ラッパが高々と鳴り響くように、〈迷い〉なく前進、前進、前進を教える書物なのである。

それはいったいなぜなのであろうか。

その最大理由は、『韓非子』がしっかと或る確信、或る人間観、或る真実を持ってそこからすべてを冷徹に見通すという体系的態度であるからである。その確信、人間観、真実は、全編、どこを読んでも微動だにしない。そのゆるぎない自信と強烈さとには圧倒される。

では、その〈或る確信、或る人間観、或る真実〉とは、何であるのか。

答えはただ一つ。それは、「人間は利己的である」という永遠の真理である。

人間は利己的であり、その利己を基にしてあらゆる行動を行っている、と『韓非子』は説き続けてやまない。と言えば、あまりにも明快すぎて身も蓋もない感じになるが、さすが思想家である、主張はそこにとどまらない。そういう人間の真実の姿をまず認めないで、何が思想だ、何が政治だ、と抗議しているのである。人間とは何か、そういう洞察をぬきにして、チャラチャラした空虚な〈教科書的〉議論をすべきでないという壮絶な反逆を起こしているのである。

産経新聞出版、加地伸行『韓非子 悪とは何か』P176-177

いかがでしょうか。この解説を読むと『韓非子』に興味が湧いてきますよね。

この本では『韓非子』が読みやすい現代語で収録されています。

礼とは外を飾って自己の内面をわからせる手段なのである。

産経新聞出版、加地伸行『韓非子 悪とは何か』P31

国家を存続させるものは〔儒家が尊ぶ〕仁や義などではないのである。

産経新聞出版、加地伸行『韓非子 悪とは何か』P84

君主を襲う禍いの種は、人を信ずることにある。人を信ずれば〔その〕人に制せられる。

産経新聞出版、加地伸行『韓非子 悪とは何か』P101

など、仁や義、徳によって統治しようとする儒家に対する鋭い批判や、有名な「守株」、「矛盾」の説話などもこの『韓非子』で説かれます。

私個人の感想ですが、以前読んだ『論語』より圧倒的に読みやすいです。そして少し皮肉が効いているというかいいますか、ブラックユーモアのような内容が語られるのも面白いです。まるでチェーホフの短編小説を読んでいるような気分になったのが印象に残っています。特に以前紹介した『仮装した人びと』は特にそれが当てはまるのではないかと思います。この一致は二人の冷静で徹底的な人間洞察のなせる業でありましょう。非常に興味深かったです。

ものすごく刺激的で面白い読書となりました。古典=堅苦しいというイメージを覆す書物です。ぜひぜひおすすめしたい一冊です。

以上、「加地伸行『韓非子 悪とは何か』~性悪説に基づいた徹底的な人間洞察!秦の始皇帝にも強い影響を与えた法治主義」でした。

前の記事はこちら

あわせて読みたい
内山俊彦『荀子』あらすじと感想~性悪説で有名な儒家の思想を学ぶのにおすすめ!戦国時代から秦成立へ... 戦国中期から秦帝国成立の時代のうねりが思想家を生んだということ。これは「法治主義」の韓非子にも共通する点だと思います。 やはり思想もそれ単独で生まれてくるのではなく、当時のリアルな生活実感から生まれてくることを感じたのでありました。 荀子の思想や時代背景をわかりやすく知れるおすすめの参考書です。

関連記事

あわせて読みたい
チェーホフおすすめ作品10選~チェーホフは小説も面白い!戯曲だけにとどまらない魅力をご紹介! 強烈な個性で突き進んでいくドストエフスキーは良くも悪くも狂気の作家です。 それに対しチェーホフはドストエフスキーと違ってもっと冷静に、そして優しいまなざしで訴えかけてきます。 私たちを包み込んでくれるような穏やかさがチェーホフにあります。こうしたクールで優しい穏やかさがチェーホフの大きな特徴です。ぜひおすすめしたい作家です!
あわせて読みたい
孔子『論語』概要と感想~仏教にも大きな影響を与えた儒教の聖典。『論語』の語りのプライベート感に驚く。 『論語』といえばもはや言わずもがなの古典中の古典です。ただ、誰しもがその名を聞いたことがある名著ではありあすが、意外とこの書物を通読するとなるとなかなか機会がないというのが実際の所ではないでしょうか。かく言う私もまさにその一人です。今回初めて『論語』を読んでみて、「あぁ!あの名言はここでこういう流れで説かれていたのか」という刺激的な読書になりました。
あわせて読みたい
貝塚茂樹『孟子』あらすじと感想~性善説、仁政によるユートピア国家を唱えた儒家の思想を学ぶのにおすすめ この本を読めば時代背景がいかに重要かがよくわかります。孟子が単に理想主義的に性善説を述べたのではなく、当時の世相において説得力のある理論として述べていたかが明らかにされます。
あわせて読みたい
菊地章太『儒教・仏教・道教 東アジアの思想空間』あらすじと感想~中国の宗教は何なのかを知るための... この本では儒教、仏教、道教それぞれの教えや特徴を見ていきながらそれらがどのように絡み合っているかを見ていきます。 さらには「そもそも宗教とは何なのか」という直球ど真ん中の問題にもこの本では切り込んでいきます。これは面白いです!
あわせて読みたい
浅野裕一『墨子』あらすじと感想~兼愛や非攻など、戦国時代において平和と博愛を説いた墨家の思想を知... 戦乱の世において平和主義を説いた異色の思想家集団の実態を知ることができる貴重な参考書です。 本書ではそんな墨家がどのように生まれ、どのようにして中国に広がり、さらにはいかにして消滅していったかが説かれます。
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次