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ヴィリジル・タナズ『チェーホフ』あらすじと感想~ロシアの偉大な作家チェーホフのおすすめ伝記

目次

おすすめチェーホフ伝記―ヴィリジル・タナズ『チェーホフ』概要と感想

今回ご紹介するのは2010年に祥伝社より発行されたヴィリジル・タナズ著、谷口きみ子、清水珠代訳のガリマール新評伝シリーズ5『チェーホフ』です。

早速この本について見ていきましょう。

珠玉の小説を紡ぎ出し、戯曲が舞台でいくら喝采を浴びても、自分には文学の才能がない、著述業はほんの副業でしかない、そうかたくなに思い込んでいた医師にして作家のチェーホフ。細部が豊かで、しかも全体的な広がりがある。チェーホフに新しい光を当てる伝記。

Amazon商品紹介ページより

この伝記はチェーホフの生涯が簡潔かつわかりやすくまとめられていて、チェーホフがどんな作家でどんな人生を送ったのかを知るのに最適です。

私自身、この本がチェーホフについて書かれたもので最初に手にした本でした。

チェーホフがどんな人物なのか全く知らない状態でこの本を読んだのですが、とても読みやすく面白い発見がたくさんであっという間に読み終えてしまうほどでした。のめり込んでしまうほどの面白さです。

特にこの本の出だしがまた素晴らしいのです。この出だしで私はぐっと引き付けられてしまいました。せっかくですので以下引用します。

1章 解放農奴の物語

背が高くさえなかったら、誰も彼のことに気付かないのではないか。そんな風に思わせるほど、アントン・チェーホフは、何事においてもつま先でそっと歩いているような感じだったという。

チェーホフが大のお気に入りだったレフ・トルストイは「少女のようだ」と形容した。いい夢を見た時、どこかでただの夢だと分かっていて、眠りを破らないよう用心する人のように、チェーホフは慎ましい生活を送り、自分の身に起きていることは、たまたま巡り合わせが良かっただけで、長くは続かないと固く信じていた。

なぜか?

本来なら、こんな生活が送れるはずはないのだ!

チェーホフは、農奴の孫だったのである。

農奴とは何か?何の価値もない、人間というよりもの、、。地主が自由にできる財産の一つである。牛馬と同じだ。死ねば別の農奴が代わりに入り、世の中に何の影響も与えない。チェーホフはよくわきまえていて、同じく農奴の孫である友人スヴォーリンともそんな風に話したものだ。

一方は高名な作家、もう一方は、一九世紀末のロシアで最も裕福な大物の一人となりながら、二人の体に流れる農奴の血は成功に酔い痴れることを許さなかった。

チェーホフとは何者か?土地を耕す代わりに、金になるからという理由で物語を書く農民だ。彼が死ねば、誰もその物語を読もうとしないだろうし、すぐに他の牛馬のごとき人間が、彼の死で空いた穴を埋めて同じように働くに違いない。

幾世代にわたって農奴という隷属の身で過ごしていれば、こんな考え方になってしまうのだった。

祥伝社、谷口きみ子、清水珠代訳、ガリマール新評伝シリーズ5『チェーホフ』P7,8

チェーホフが農奴の家系出身であることは前回までの記事でもお話ししましたが、それにしてもこの文章はなかなかに強烈ですよね。

チェーホフはどうやってそのような境遇からロシア随一の作家にまで上り詰めたのか、なぜ彼は最後まで自分の成功に酔いしれることがなかったのか。

私はこの出だしを読んでものすごくチェーホフに興味が湧きました。

大貴族だったツルゲーネフ、トルストイはもちろん、中下級貴族のドストエフスキーともまったく違った境遇、人生観の下チェーホフは文学の道を歩き出したのです。

この本はぐいぐい読ませます。わかりやすくて面白いです。チェーホフの生涯を知る入門書としてはかなりおすすめです。

ただ、2点ほど注意すべき点もあります。

まず1つ目は作品についての言及がほとんどないこと。

彼が書いた作品について知りたい方にはこの本はあまり向いていません。この本はあくまで彼の生涯に特化して書かれていますので、作品の内容解説はほとんどされません。

そしてもう1つがチェーホフの女性関係についての言及です。

この本ではチェーホフがプレイボーイで放蕩をしていたというように書かれていますが、次の記事で紹介する佐藤清郎氏の『チェーホフの生涯』ではそれとは真逆のことが書かれています。

チェーホフはたしかに女性にモテました。彼は才能もあり、魅力的な好人物でした。そしてとにかく優しいのです。ですので多くの女性と関わることになります。

しかし彼が放蕩を繰り返していたかどうかとなると見解が分かれます。

佐藤清郎氏は『チェーホフの生涯』においてこの点についてかなり詳しく論じています。彼によれば金銭的にかなり苦しんでいたことや病気を抱えていたチェーホフの肉体的にも、そして何より彼の性格がそれを許さないであろうと述べています。

佐藤氏の本を読んでいるとチェーホフが放蕩を繰り返していたとは思いにくくなってきます。この点は様々な研究を見て比べてみる必要があります。

この本におけるチェーホフの女性問題については判断を保留されることをおすすめします。

以上述べた2点だけ注意すべき点もありますが、チェーホフの入門書として非常に素晴らしい本です。

この本を読んで私はもっとチェーホフを知りたい!もっとチェーホフを読みたい!という気持ちになりました。

とても読みやすい本ですのでおすすめです。

以上、「ヴィリジル・タナズ『チェーホフ』~ロシアの偉大な作家チェーホフのおすすめ伝記」でした。

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チェーホフ (ガリマール新評伝シリーズ 世界の傑物 5)

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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