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長束恭行『東欧サッカークロニクル』あらすじと感想~ユーゴ紛争の火種ともなった「5.13」事件も知れるおすすめ作品

目次

長束恭行『東欧サッカークロニクル』概要と感想~サッカーから見えてくる東欧の歴史と文化。ユーゴ紛争の火種ともなった「5.13」暴動事件も知れるおすすめ作品

今回ご紹介するのは2018年に株式会社カンゼンより発行された長束恭行著『東欧サッカークロニクル モザイク国家に渦巻くサッカーの熱源を求めて』です。

早速この本について見ていきましょう。

祝! 2019年度「ミズノスポーツライター賞優秀賞」受賞!

クロアチアからアイスランドまで、東欧を中心に16の国と地域を巡った渾身のルポルタージュ。
最後の魔境、旧共産圏の知られざるサッカー世界を体当たり取材。

史上最凶のフーリガンと恐れられるBBBと往く遠征随行記など東欧を中心に10年以上にわたって取材を続けてきたジャーナリストが、
旧共産圏に渦巻くサッカーの熱源を体当たり取材と迫真の写真で解き明かす、渾身のルポルタージュ。

戦争、民族問題で分断され、相容れない国家、民族、サポーターはなぜ、病的なまでにサッカーを愛し続けているのか?
否、だからこそ彼らはサッカーにすべてを注ぎ続けるのか?

権力闘争に揺れるクロアチア、オシムが涙したボスニアのW杯初出場、“十字軍”ジョージアの躍進、
ウクライナ政変直後の緊迫のダービー、キプロスに横たわる分断の影、ギリシャが挑む「債権者ダービー」など、
知られざる世界を巡る壮大な見聞録がここに完成。

Amazon商品紹介ページより

この本はサッカーを通して東欧の国々の歴史や文化を見ていく作品です。

目次にありますようにこの作品ではクロアチア、モルドバ、セルビア、ラトヴィア、ジョージア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、リトアニア、スロベニア、ウクライナ、ポーランド、コソボ、エストニア、アイスランド、フィンランド、ギリシャ、キプロスのサッカー事情を見ていきます。

特に一番最初のクロアチアではユーゴスラビア紛争のきっかけとなったとも言われる1990年の「5.13」暴動事件について詳しく語られます。

「1990年5月13日」。旧ユーゴのサッカー史を齧った者だったら、この日に何が起こったかは直ぐにピンと来るだろう。ズヴォニミール・ボバンの熱烈なファンならば「セルビア人の警官隊がクロアチア人観客に弾圧を加え、その中で袋叩きにされている子供を助けるために心優しいボバンが立ち向かった」と美談に仕立て、セルビア寄りの物書きならば警官を蹴り飛ばしたボバンを悪玉として、またツルヴェナ・ズヴェズダ(レッドスター)のサポーター「デリエ」は一方的にやられた被害者として描くだろう。そう遠くない時代の出来事だが、この日に起きた真実について誰一人きちんと検証せず、偏った勝手な解釈ばかりしているのではないだろうか?

株式会社カンゼン、長束恭行『東欧サッカークロニクル モザイク国家に渦巻くサッカーの熱源を求めて』P24

著者は東欧を揺るがしたこの事件について詳しく検証していき、さらにはこの地で荒れ狂っていた民族対立の構図を取材していきます。サッカーを通して見えてくる民族対立の背景は非常に興味深いものがありました。

著者はこの作品について次のように述べています。

私が東欧諸国のサッカーに興味を持ったのは、ブルガリアとルーマニアが躍進した1994年のアメリカW杯がきっかけだ。1997年に初めての一人旅でクロアチアを訪れて人生観が変わり、会社を辞めた後はバックパッカーとして旧共産圏の国々を中心にサッカー観戦の旅を重ねた。知られざる世界を覗き込む興奮が常にそこにあった。

2001年から10年間をクロアチア、続く4年間をリトアニアで過ごしながら東欧をフィールドワークすることになるが、インターネットで瞬時に世界中の情報にアクセスできる時代になっても原点は変わらない。そこに何があるのか自分の目で確かめる、ということだ。

「クロニクル=年代記」のタイトル通り、取材当時の出来事やインタビューを軸にしたレポートでこの本は構成されている。

株式会社カンゼン、長束恭行『東欧サッカークロニクル モザイク国家に渦巻くサッカーの熱源を求めて』P262

「インターネットで瞬時に世界中の情報にアクセスできる時代になっても原点は変わらない。そこに何があるのか自分の目で確かめる、ということだ」

著者がこう述べるように、この作品ではかなりディープな世界を知ることになります。日本では想像もつかないような世界がそこにはあります。ヨーロッパにおいてサッカーが意味するものの大きさをこの本では感じることができます。

そして、そもそも私がこの本を手に取ったのはロシア・ウクライナ戦争がきっかけでした。

これまで私はロシア・ウクライナについて知るために様々な本を読んできました。

ですが、ウクライナについての本というのはロシアに比べると圧倒的に少ないというのが現実でした。

そこでウクライナ単独ではなく東欧全体に目を広げて本を探したところ、この本と出会ったのでした。

私は元々サッカーが好きで、特にヨーロッパサッカーについて関心がありました。

「サッカーはその土地その土地の歴史と文化と密接に繋がっている」

こうした視点でサッカーを見ていくと、とにかく面白い!

そして私がこうした見方を知れたのには恩人がいました。

以前勤めていた職場に驚くほどサッカーに詳しい先輩がいて、その方が語ってくれるサッカーのお話が本当に刺激的で私はすっかり夢中になってしまったのでした。歴史と文化がサッカーに反映されているという具体例が次々に飛び出てくるお話を聞いて、現地に行って本場のサッカーを見てみたいなと心から思ったものでした。

この本ではそんなディープな現地サッカー事情を知れる名著です。ウクライナのことも書かれていて、私が求めていたウクライナ事情もこの本では知ることができました。

ウクライナもそうですが、東欧諸国は旧共産圏の国です。かつての共産圏システムが崩壊し、いきなり西側のシステムに投げ出された混乱と苦悩が色濃く残っています。ソ連が崩壊して終わりではなく、むしろそこから始まった経済不況、格差の拡大、政治の腐敗などとてつもない難題が山積みです。そしてそこから発生してきたユーゴ紛争、ロシア・ウクライナ戦争・・・すべては繋がっています。

そしてそうした状況が映し出されているのがサッカーなのでした。サッカーを取り巻く状況を見れば、その国の実態も見えてくる。これは非常に興味深いものがありました。

ぜひぜひおすすめしたい作品です。

以上、「長束恭行『東欧サッカークロニクル』ユーゴ紛争の火種ともなった「5.13」事件も知れるおすすめ作品」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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