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フロイトの『ドストエフスキーの父親殺し』を読む前に注意すべきこと~フロイト理論を読む上での五原則

目次

フロイト理論を読む上での五原則~フロイトのドストエフスキー論を読む前に注意すべきこととは

前のページではアイゼンクの『精神分析に別れを告げようーフロイト帝国の衰退と没落』をご紹介しました。

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この本はフロイト理論の誤りをひとつひとつ丁寧に批判していき、フロイト理論がいかに根拠のないまま語られているかが明らかにされます。

私がなぜこの本を紹介しているかと言いますと、フロイトが『ドストエフスキーと父親殺し』という論文を書き、エディプス・コンプレックスをドストエフスキーに適用し論じていたからでした。

「それの何が悪いの?」と皆さんは疑問に思われるかもしれません。

ですが前回のページでも述べましたように、フロイトの理論には歴史的根拠がありません。フロイトは自分の理論に沿って出来事を解釈し、さらにはその対象や出来事を捻じ曲げて解釈してしまいます。

ドストエフスキーを学んでいると、フロイトがいかにドストエフスキーを自由自在に解釈しているかが見えてきます。歴史的事実や裏付けを全く無視した解釈がひたすら続き、もはや全く違う人物像が出来上がっています。これが私にはどうしても納得のいかない問題だったのです。

フロイトのドストエフスキー論については後の記事「『カラマーゾフの兄弟』は本当に父殺しの小説なのだろうか本気で考えてみた~フロイト『ドストエフスキーの父親殺し』を読んで」で改めて取り上げますので、詳しくはぜひそちらもご覧ください。

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というわけで、この記事では前回紹介した『精神分析に別れを告げようーフロイト帝国の衰退と没落』 から、フロイト理論を読む上で気を付けるべき原則を紹介していきたいと思います。フロイトの実態が恐ろしいほど見えてきます。きっと読めば驚くと思います。フロイト理論は私たちの日常でもよく耳にするものですが、これがいかに根拠のないものかということが明らかにされます。では、早速始めていきましょう。

これらは非常に重要な指摘ですのでひとつずつ、抜粋にはなりますがじっくり見ていきたいと思います。

原則1 信用できる適切な根拠なしに、フロイトや精神分析について書かれたもの、とくにフロイト自身や精神分析家が書いたものは信用してはいけない

第一の原則は、精神分析とフロイトについて、真実を知りたいひとには非常に大切なことですが、信用できる適切な根拠なしに、、、、、、、、、、、、、フロイトや精神分析について書かれたもの、、、、、、、、、、、、、、、、、、、とくにフロイト自身や精神分析家が書いたものは信用するな、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、ということです。というのは、書かれていることはしばしば間違っていますし、ひどいときには事実とは正反対です。


批評社、H・J・アイゼンク著、宮内勝、中野明徳、藤山直樹、小澤道雄、中込和幸、金生由紀子、海老沢尚、岩波明訳『精神分析に別れを告げようーフロイト帝国の衰退と没落』P27

フロイトや伝記作家が、精神分析の発展と英雄の運命について、事実と矛盾したことを書いている証拠はまだまだたくさんありますが、興味のある読者はサラウェイ、エレンべルガーや巻末の参考文献を参照して下さい。以上述べたことから、フロイトや後継者が書いたものは、事実関係が不正確であることが充分お分かりになったと思います。フロイトを伝統的英雄に仕立てあげ、神話をつくろうという彼らの意図は明白です。神話では、事実が神話の形成を邪魔することは許されません。


批評社、H・J・アイゼンク著、宮内勝、中野明徳、藤山直樹、小澤道雄、中込和幸、金生由紀子、海老沢尚、岩波明訳『精神分析に別れを告げようーフロイト帝国の衰退と没落』P 32

この記事でもすでに見てきたように、フロイトは神格化され、その伝記や理論も歴史的事実とはかけ離れています。この記事ではこれ以上は紹介できませんが、この本ではそうした指摘を詳しく見ていくことになります。

そしてアイゼンクは次の原則へと向かいます。

原則2 精神分析的治療が成功したというフロイトや後継者の言葉を信用してはいけない

さらに、神話はフロイトの初期の時代だけに見られることではありません。そこで、精神分析の正しい説明を知りたい読者は第二の原則に従う必要があります。精神分析的治療が成功したというフロイトや後継者の言葉を絶対に信用するな、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、。その例として、古典的なヒステリーの患者で、神話によればブロイアーの治療で完治したアンナ・Oの症例をあげましょう。

ブロイアーが治療を依頼されたとき、アンナはニ一歳の女性でした。アンナの病気は父を看病しているときにはじまりました。ブロイアーは、アンナには父の病気と関連する感情的な外傷体験があって、父の死を望んでいることが症状を形成していると考え、後にフロイトが引き継いだ「対話療法」を用いて治療を行いました。

フロイトとブロイアーは、アンナを苦しめていた症状がカタルシス治療で「完全に治った」と主張しています。

しかし、最近アンナのカルテが、スイスのクロイツリンデンという町にあるベルヴュー療養所で発見されました。

そのカルテから、ブロイアーが永久に除去したと主張した症状が、ブロイアーの治療が終った後も長く続いていたことが明らかになりました。

症状は「ヒステリー性のせき」からはじまり、筋肉の収縮、麻痺、発作、知覚麻痺、視覚異常、奇妙な言語障害が次々と出現しました。このような症状はブロイアーが治療をやめてからも長く続いていました。これでは、ブロイアーが症状を治したとはとうていいえません。

さらに、アンナはヒステリーではなく、結核性髄膜炎、、、、、、という重い身体疾患にかかっていたことが分かりました。ソーントンが詳しく書いています。(中略)

ソーントンの詳しい説明から、病気が長い経過をたどったことと、ブロイアーは誤診をして、本来の病気とはまったく無関係で無効な治療を行っていた事実が分かります。

このように、フロイトと後継者がこの症例について行った主張は全部思い違いです。ソーントンはフロイトが、うすうす思い違いに気づいていたことを明らかにしていますが、多くの後継者たちもおなじように感づいていたようです。

じつは、成功したとされている治療がまったく効果がなかったと、はじめて公言したのはユングです。

このような話を聞くと、フロイトや後継者が治療が成功したといっても、その言葉には用心しなければいけないことが分かります。失敗した治療を成功したと主張する傾向は、いたるところに認められます。

後の章で詳しくとりあげる狼男と呼ばれる症例がそのよい見本です。ここでも、不可能な障害を克服し、成功を獲得するという英雄神話が顔を見せます。

不幸なことに、フロイトの症例の場合、成功は想像の産物でした。もっと事実関係に興味がある読者は、症例を細かく調べ、歴史的に再構成したサラウェイ、ソーントン、エレンベルガーの本を読むことをおすすめします。事実は、フロイトの話とはまったく異なっています。
※一部改行しました


批評社、H・J・アイゼンク著、宮内勝、中野明徳、藤山直樹、小澤道雄、中込和幸、金生由紀子、海老沢尚、岩波明訳『精神分析に別れを告げようーフロイト帝国の衰退と没落』P 32-34

ユングがなぜフロイトから破門されたのか、その理由もここから見えてきますよね。

当時の科学、医学の水準を考えると、病気を見抜けなかったフロイトも仕方がなかった面もあるかもしれませんが、彼の理論が正確であるかどうかを考える上では非常に重要な原則であるように思えます。

原則3 独創性があるという主張を真に受けてはいけない、フロイトの先人達の仕事を調べてみよ

フロイトの貢献を調べるときに従わなければいけない第三の原則は、独創性があるという主張を真に受けるな、、、、、、、、、、、、、、、、、、フロイトの先人達の仕事を調べてみよ、、、、、、、、、、、、、、、、、、です。

すでにガルトンの自由連想法に関連して、フロイトが自分の「発見」を先人の業績と認めるのが好きではなかったことを述べました。

おなじように、フランスの精神科医ピエール・ジャネの不安についての重要な仕事を断わりなく使っています。ジャネの件はエレンべルガーの本に詳細に書かれています。

しかし、最も明白なのは、無意識の学説でしょう。フロイト派のひとたちは、フロイトは無意識という底知れない深い穴にはじめて入ったひとで、真実の探求のために多大な危険を冒した孤独な英雄であると、見せかけようとしています。

この話も事実からかけはなれています。ホワイトが『フロイト以前の無意識』で書いているように、フロイトより前に無意識の存在を想定し、詳述したひとは何百人もいます。いやそれどころか、心の問題を治療するときに、何らかの無意識の存在を念頭に置かない治療者は稀だったでしよう。(中略)

フロイト以前に、多くの哲学者、心理学者、それに生理学者までもが無意識を想定していた事実には疑問の余地がありません。フロイトが「無意識」を発見したと考えるのは、まったくナンセンスです。

無意識の理論に関連して、高名なドイツの心理学者で、記憶の実験的研究をはじめて行ったエビングハウスは、次のような不満を述べています。

「無意識の理論で新しい部分は真実ではなく、真実である部分は新しくない」。

この言葉は、フロイトの無意識の理論ばかりでなく、すべての業績にぴったりと当てはまる、うってつけの墓碑銘です。この言葉は、これから何回も繰り返して使うことになるでしょう。

無意識の活動はたしかに存在しますが、フロイト流の無意識、つまり自我、イドと超自我、検閲官、エロスとタナトスなどの神話的な人物が演じ、エディプス・コンプレックスやエレクトラ・コンプレックスをはじめ、さまざまなコンプレックスが暗躍する中世の道徳劇のような考え方は、あまりにも馬鹿げていて科学的という言葉には値しません。
※一部改行しました


批評社、H・J・アイゼンク著、宮内勝、中野明徳、藤山直樹、小澤道雄、中込和幸、金生由紀子、海老沢尚、岩波明訳『精神分析に別れを告げようーフロイト帝国の衰退と没落』P 34-36

これは私もずっと前から疑問に思っていたことでした。

フロイトが無意識の発見者とよく言われますが、仏教をはじめとした東洋思想では「無意識」の存在ははるか昔より語られていたことです。そして意識の仕組みに対する分析も驚くほど精密になされていました。

それにもかかわらずフロイトが無意識の発見者とされるのは、やはり科学や医学においては西洋第一主義で、「西洋科学において」の無意識はあくまでフロイトに帰すのか、そしてコロンブスによって「アメリカが発見された」のと同じように、東洋の古くからの叡智は無視されるのだろうかとも思っていました。

ですが、そのからくりは上のようなものだったのですね。フロイト以前にも無意識の研究はされており、無意識自体は宗教や様々な面でも意識されていたと。

ではなぜフロイトがそれでもなお「無意識の発見者」としてここまでの地位を得たのか。

それは以前紹介した伝記『フロイト 視野の暗点』や、マルクスとの関連性から見た以下の記事でもお話ししています。

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そしてこの原則3で最も重要だと考えられるのが無意識の理論で新しい部分は真実ではなく、真実である部分は新しくない」という言葉です。

これは著者のアイゼンクが述べるように、フロイト関連の言説の多くに当てはまります。

「これぞ真の〇〇だ。これは今まで語られたことのない、独創的な研究である」という姿勢でフロイトは自分の研究を宣伝しました。しかし、研究の最先端を宣伝するフロイトの実態は、上のような言葉で表されていたものだったのです。

原則4 フロイト理論が正当だと断言する根拠を簡単に信用してはいけない。証拠を調べると正反対のことが多い。

フロイトを読むひとにおすすめする第四の原則は、フロイト理論が正当だと断言する根拠を簡単に信用するな、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、証拠を調べると正反対のことが多い、、、、、、、、、、、、、、、、、、、ということです。

この原則が正しいことを示す材料は、これからこの本の中でたくさんでてきますが、ここではこの原則の趣旨を理解していただくために一例だけあげておきましょう。

フロイトの夢理論では、夢は常に幼児期に抑圧されていた願望の充足であると仮定されています。夢判断の章で詳しく見ていきますが、フロイトは自著で夢の解釈の実例をたくさん書いています。

しかし、驚くべきことに、ひとつとして幼児期の抑圧と関係がある夢はありません!

もちろんこの事実は精神分析家にも広く認められています。熱烈なフロイト支持者の一人であるリチャード・M・ジョーンズも、『新しい夢心理学』で次のようにいわざるをえません。「私は『夢判断』を隅から隅まで読んだが、幼児期に抑圧されていた願望を充足する夢はなかった。どの夢にも願望はあるが、いずれも完全に意識されている願望であるか、幼児期以降に抑圧された願望であった」。(中略)

実際はそうではないのに、ある特殊な症例がフロイトの理論を裏づける、といって読者をだますやり方は、フロイトとその後継者たちがよく使う策略であることを頭に入れておいて下さい。

夢の解釈は、常識的に考えて、意味が通るので受け入れられています。そのため、読者はフロイトの理論と夢との関連を深く考えませんが、フロイトの解釈は素直な解釈よりずっと複雑で込み入っていることに留意しておく必要があります。
※一部改行しました


批評社、H・J・アイゼンク著、宮内勝、中野明徳、藤山直樹、小澤道雄、中込和幸、金生由紀子、海老沢尚、岩波明訳『精神分析に別れを告げようーフロイト帝国の衰退と没落』P 37-39

この原則も非常に重要です。

フロイトは根拠として持ち出すものが根拠の役目を果たしていないにもかかわらず、次から次へと根拠を持ち出して解釈や推測を積み重ねていきます。

彼の語りがあまりに絶妙で説得力があるので、間違った根拠が出てきてもそれに気付くこともできずどんどん丸め込まれてしまいます。

次の記事でお話ししていくのですが、この最たる例がレオナルド・ダ・ヴィンチへの精神分析です。フロイトはある根拠を持ち出し、そこからエディプス・コンプレックスをはじめすべての理論を展開していくのですが、その根拠が完全に誤りであったのです。彼の語る解釈の出発点からしてすでに間違っていたのです。

これと同じことがドストエフスキーの「父親殺し論」にもあてはまります。フロイトが持ち出した根拠をしっかり歴史的に調べてみると、それが誤りであることがはっきりします。アイゼンクが述べるようにフロイト側が持ち出してくる根拠は検証が必要です。一般の読者にはそこまでの検証はできないですし、「フロイトが持ち出す証拠に根拠がない」とはそもそも思いもよらないことだと思います。そうして誤った証拠であるにも関わらずフロイトの説が正しいものとして流布することになるのです。

原則5 生活史を見るときに、明白なことを見落としてはいけない

精神分析理論とその創始者の人格を評価したい読者に対して、最後の忠告は、生活史を見るときに、、、、、、、、、明白なことを見落とすな、、、、、、、、、、、、ということです。

この原則の重要性を、フロイトの生活史のパラドックスを説明することで示したいと思います。このパラドックスとは、一八九〇年初頭に起こったフロイトの突然の変貌を指します。

一八八〇年代の終わりには、フロイトは大学の講師、小児病研究所の名誉顧問、その神経学部門の主任といくつかの役職を兼任していました。また、神経学に関する多くの著作があり、熟練した神経解剖学者で、専門家として非常に高く評価されていました。

幸せな結婚をして、たくさんの子供に恵まれ、神経系統の疾患を扱う繁盛した開業医でした。ブルジョア階級の一員で、保守的で、伝統を重んじる、キリスト教徒でした。すべては一八九〇年代のはじめに、突如として変わりました。

人生観が明らかに変わりました。性に対する態度は、以前は堅苦しく、ヴィクトリア朝風に厳格でしたが、それが突然あらゆる伝統的な性道徳をひっくり返す方向に変化しました。著作で分かるように、文体も変わりました。以前の科学論文は明快、簡潔で、当時の知識に従った内容でしたが、急に著しく思弁的、理論的となり、こじつけが多くわざとらしくなりました。(中略)

ソーントンは、フロイトとフリースの往復書簡をもとにして、コカイン依存という観点から、突然の変化を説明する非常に明快な仮説を提唱しています。フロイトはコカインを研究し、しばしば襲う頭痛を抑えるために使用し、精神状態を変えたいと思っているひとに熱心にすすめました。(中略)

フロイトの著作の中に、コカイン説の直接的な証拠があります。『夢判断』で患者のことを書きながら、自分の健康を心配していたことを思い出すところがあります。

「当時私は、わずらわしい鼻閉を軽滅する目的でコカインを頻繁に使用した。数日前に、私にならってコカインを使用していた女性患者が、鼻粘膜の広汎な壊死を患っていることを聞いたばかりであった」。

ソーントンの意見は以下のとおりです。「フロイトは、時折の片頭痛発作の痛みをやわらげるためだけにコカインを使用していたのではない。薬の副作用である鼻閉を薬で抑えるという悪循環に陥っていた。薬の効果が切れると、鼻閉は必然的によりいっそう増悪し、そのためフロイトは絶えずコカインを使用した」。

これで真相が明らかになったと考えられるのではないでしょうか?

状況証拠が大部分ですが、ソーントンの詳細で入念な注釈つきの分析を読むと充分な証拠になると思われます。フロイトとフリースの往復書簡がさらに決定的な証拠になるかもしれませんが、フロイトの遺族はソーントンや他の研究者に手紙を見せることを拒否しています。

フロイトの奇妙な変貌が、コカイン依存患者によく認められる身体的・心理的変化と非常に似通っていることは、疑う余地がありません。行動上の変化を、心理的な原因のせいにしたり、神経症のためと考えるのは間違っているかもしれません(ブロイアーとフロイトはアンナ・〇の症例で失敗しました)。フリースとフロイトにも身体的な原因があったと思われます。

昔ながらのお医者さんは、心因性疾患を見落とし、身体が原因だと誤診します。精神分析家は逆の失敗をよくします。どんな症例でも、先入観を持たないで詳細に調べないと、病気の本当の原因は分かりません。
※一部改行しました


批評社、H・J・アイゼンク著、宮内勝、中野明徳、藤山直樹、小澤道雄、中込和幸、金生由紀子、海老沢尚、岩波明訳『精神分析に別れを告げようーフロイト帝国の衰退と没落』P 39-41

フロイトのコカイン使用については伝記でも書かれていました。今ではフロイトのコカイン使用は定説となっているようです。

フロイトは行動上の変化をすべて心理的なものから診断しようとします。そのひとが「そう行動する」のはエディプス・コンプレックスによるものと断定しますが、身体的な問題、病気によってその人は「そう行動した」のかもしれないのです。それにそもそも心理的なものが要因だったとしても、それがエディプス・コンプレックスだけが原因とは限らないのです。人間の心がそんな単一の原理で動いているわけではないことは、この本で繰り返し指摘されています。

まとめ~フロイトは科学ではなく、宗教・政治的現象である

もうフロイトの人間像は語りつくしましたし、フロイトや後継者の言葉を真に受ける危険性も分かっていただけたと思います。

読者の皆さんは、いろいろな問題について確信が持てなくなって心配だろうと思います。

フロイトはなぜ、『夢判断』で専ら理論とまったく合わない夢を実例として、夢と無意識についての理論を説明できたのでしょうか?

フロイトが明らかに敵意を持っているとみなした多くの評論家は、じつはそうではなかったというようなことはありうるのでしようか?

『夢判断』の欠点を知っている精神分析家が、どうしてまだ『夢判断』を天才の業績と呼ぶのでしようか?

これまでに検討したことから、まだまだたくさんの疑問が出てくると思います。これらの質問に対する答えは、フロイトの理論は正統的な意味での科学ではなく、症例に関する事実にかかわりなく作られたプロパガンダであり、科学理論を証明しようとする姿勢がないということになります。

宣伝は異常な形で行われました。知識がある批評家に対してさえも、科学的な用語で説明をしません。

批評家は、小児期の抑圧された、神経症的な感情や願望から、精神分析に対して敵意をいだいていると告発されました。

このように論敵を屁理屈でやりこめる、、、、、、、、、、、、argumentum ad hominemことは科学にとって嫌悪すべきもので、とても真面目に受け止めることはできません。批評家の動機がなんであれ、科学者は批評の合理的な部分には答える義務があります。このことを精神分析家はまったくしていませんし、後の章で証明するように、フロイトの仮説以外の仮説など頭に浮かんだことさえありません。

このような特質を持つのは、科学ではなく、宗教か政治です。フロイトという神話的な英雄は、真面目な科学者の役から完全にはずれて、宗教の預言者か政治的指導者の役まわりを演じています。このような言い方をしてはじめて、この章で述べてきた事柄を理解することができます。

精神分析を運動として理解するためには、まず人間フロイトを理解しておく必要があります。あらゆる芸術において、芸術家と作品の間には密接な関係があります。科学ではそんなことはありません。微積分学はニュートンがいなくても発見されたでしょうし、実際ライプニッツがほぼ同時代にニュートンとは無関係に発見しています。

科学は客観的で、人格から独立しています。芸術と精神分析は主観的で、芸術家の人格と密接な関係があります。後の章で詳しく見ていきますが、精神分析の運動は正統的な意味での科学ではありません。この章で述べてきた奇妙な事柄は、すべてこの単純な事実に由来しているのです。
※一部改行しました


批評社、H・J・アイゼンク著、宮内勝、中野明徳、藤山直樹、小澤道雄、中込和幸、金生由紀子、海老沢尚、岩波明訳『精神分析に別れを告げようーフロイト帝国の衰退と没落』P 42

ここでアイゼンクは「フロイトは科学的ではなく、宗教、政治的である」と結論します。

この結論はまさしく当ブログでもフロイトを紹介するきっかけとなった事柄でもあります。

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この記事で詳しくお話ししましたがマルクスもフロイトも、その説が正しいか正しくないかは問題ではないのです。彼らが語る物語の説得力、魅力こそ人を惹きつけるのです。

アイゼンクの指摘は非常に冷静で的確です。

ですが、その指摘がはたしてどれだけ効果があるのか。これがまた難しいところです。宗教的な現象としてのマルクス・フロイトが今もなお力を持っているのはその辺りの事情があるからなのではないでしょうか。

次のページでは引き続きアイゼンクの著書を用いてフロイト理論を見ていきます。

原則4でもお話ししましたレオナルド・ダ・ヴィンチにおけるフロイト理論です。

これはまさに、歴史的人物にフロイト理論を当てはめるとどういうことになるのかということが最もわかりやすい例です。

フロイトの『ドストエフスキーと父親殺し』を読む前にぜひこちらもご覧いただければと思います。

以上、「フロイトの『ドストエフスキーの父親殺し』を読む前に注意すべきこと~フロイト理論を読む上での五原則」でした。

※ただ、アイゼンクについては最近論文不正問題が指摘されています。

Wikipediaにも

ハンス・ユルゲン・アイゼンクHans Jurgen Eysenck1916年3月4日 – 1997年9月4日)は、ドイツ心理学者

不適切な学習によって神経症が引き起こされると考えた。行動療法によって治療しようと試みた。 パーソナリティ研究の分野で活躍した。1975年アイゼンク性格検査を考案した。 精神分析の実証性について痛烈な批判を行ったことで知られる。

没後21年となる2019年に論文の不正が指摘され、大学により25報の共著論文が「安全ではない」とされた。最終的に学術誌により71論文に懸念表明がなされ、14論文が撤回された[1]

Wikipediaより

また、『白楽の研究者倫理』というHPの中の「心理学:ハンス・アイゼンク(Hans Eysenck)(英)、生命科学:ロナルト・グロッサルト=マティチェク(Ronald Grossarth-Maticek)(ドイツ)」というページではこの件に関する詳しい顛末が紹介されています。

アイゼンクは自身の理論を用いてフロイト理論を批判したのではなく、事実やデータを用いて批判しました。

巻末の訳者あとがきでも「著者は感情的な表現はせず、自分の意見も極力少なくし、フロイトと精神分析の非科学的事実を紹介することに力を注ぎ、判断を読者にゆだねるというスタイルをとっています。」とあります。

ただ、今回のアイゼンクの論文不正問題は残念です。

アイゼンクは事実やデータを用いてフロイトを批判しました。

しかしそのアイゼンク自身も同じように批判され、彼の説の問題点が指摘されることになったのです。

数字でわかるような実証的なデータを得られない精神分析、心理学の難しさを感じざるを得ません。私は専門家ではありませんのでこの捏造問題の顛末もこの記事を通してしか知りません。ですので実際どうなっているのかは私にはこれ以上述べようがありません。

ただ、私が当ブログでアイゼンクを取り上げたのはフロイト説の問題点を明確に指摘しているからです。そしてさらに言えば、私が述べたいのは「フロイトのドストエフスキー論は事実に基づいていない」という1点です。私はフロイトを全否定しているわけでもなく、現在の精神分析に対しても特に意図することはありません。

ですので、アイゼンクは最近批判もされていますが、彼の『精神分析に別れを告げようーフロイト帝国の衰退と没落』においては彼の心理学理論とは別物であり、フロイトの批判としては的確なものが含まれていますので当ブログで参考にしていきたいと考えています。

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精神分析に別れを告げよう: フロイト帝国の衰退と没落

精神分析に別れを告げよう: フロイト帝国の衰退と没落

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真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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