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ピーター・アクロイド『シェイクスピア伝』あらすじと感想~シェイクスピアの生涯を知るのにおすすめの伝記!

目次

シェイクスピアの生涯を知るのにおすすめの伝記!ピーター・アクロイド『シェイクスピア伝』概要と感想

ウィリアム・シェイクスピア(1564-1616)Wikipediaより

今回ご紹介するのは2008年に白水社より発行されたピーター・アクロイド著、河合祥一郎、酒井もえ訳の『シェイクスピア伝』です。

早速この本について見ていきましょう。

これぞまさしく決定版
英国が誇る稀代のストーリーテラーが、シェイクスピアの全生涯、そして最初の戯曲全集が編まれるまでの史実を、巧みな筆致でつぶさに物語る──。
「ストラットフォード・アポン・エイヴォン」という地名の由来、田舎の特性、シェイクスピアの家系・兄弟、父親の職業、隠れカトリックの問題、教育事情、演劇事情、エリザベス朝という時代背景……ありとあらゆる情報が、盛り込まれている。鹿泥棒伝説など、およそ期待される出来事も細大漏らさず網羅。これぞまさしく、シェイクスピア伝の決定版だ。
その書きぶりは客観的で、わかりやすい。各章が短く、読みやすい(各章のタイトルは、「星が踊ったその下で私は生まれた」から「あなたの身の上話を聞く」まで、すべてがシェイクスピア作品からの引用となっている)。教養を深める読み物として、シェイクスピア以外のさまざまな作家や文学作品への言及も魅力となっている。
また、100頁にもおよぶ豊富な訳注や図版は、日本版のみの特典。


Amazon商品紹介ページより

この伝記はシェイクスピアの生涯を詳しいながらも面白く紹介してくれる作品です。上の本紹介にもありますように、当時のイギリスの時代背景も特に詳しく解説してくれるのでこれはとてもありがたいです。シェイクスピアという偉人がどのような社会状況の下生まれてきたかを知ることができます。

そして上の本紹介の最後に書かれている「100頁にもおよぶ豊富な訳注や図版は、日本版のみの特典」というのが重要です。

というのも、実はこの本の原著は間違いや根拠のない断定が多いという批判を受けていた本だったのです。それを日本語訳して出版する際にそれらを正してから紹介するという労をとってくれた本なのです。

その顛末を含めたこの本についての訳者の言葉を紹介します。

本書は、 Peter Ackroyd, Shakespeare: The Biography (London: Chatto & Windus; New York: Talese, 2005) の全訳である。

ポスト・セオリーの時代となって、伝記に注目が集まり、英米ではシェイクスピアの伝記が最近驚くほど大量に書かれている。溢れ続けるシェイクスピア伝の洪水を押しとどめようとするかのように高名な伝記作家ピーター・アクロイドが出したのが本書だ。そのタイトル「シエイクスピアーザ・伝記」における定冠詞の「ザ」は、「随一の」や「最も重要な」を意味し、「決定版」という意味合いになる。ゆえに、一部のシェイクスピア学者たちから、「何を偉そうに」と批判を受けた。

批判はあったが、英米の一般読者の反応はかなりよかったようだ。酷評もあったが、好評も博した。エクセター大学のコリン・マッケイブ教授(英文学・映画論)などは、インディぺンデント紙の書評で、「シェイクスピアについてこれほどいい本は他にない」と絶賛し、「これぞまさに我らが最大の作家をその時代と場所に位置づける初めての本当に信じられる記述だ」と述べている(以下、各書評の出典については本書四七九ぺージ参照)。シェイクスピア学者の中堅層の筆頭株で、二〇〇六年には早くもCBE大英勲章を受章したウォリック大学教授ジョナサン・べイトは、本書を高く評価した。


白水社、ピーター・アクロイド著、河合祥一郎、酒井もえ訳『シェイクスピア伝』P579

あとがきのはじめでは、この本がいかに英米で評価されてたかが語られます。読み物として非常に高い評価を得た作品であることがここからわかります。

しかしこの本には弱点もありました。それも含めてこの本を日本でどう出版するかについて以下のように語られます。

但し、シェイクスピア学者の多くは本書に批判的である。なるほど原著に問題点が多々あることはきちんと認識すべきであるし、そのことは後述するが、誰もがよしとするシエイクスピアの伝記がこれまでに書かれたことがなかったことも同時に認識しておかねばならない。(中略)

まず、誰もが指摘することだが、著者がシェイクスピア研究者ではない弱みが覿面てきめんに出てしまった。自ら研究をせず、研究書をリサーチしただけで書いている本であるため、原注は孫引きばかり。本来引証すべき資料ではなく、たまたま読んだ研究書を引証するなど、学術論文なら決して許されないことが繰り返されている。根拠が怪しいところが散見され、誤解を発展させてしまっているところもある。原注の付け方や、文献一覧にもひどい間違いが多い。(中略)

確かにアクロイドはシェイクスピア学者なら犯さないような誤りをあまりにも犯しすぎている。ケンブリッジ大学教授アン・バートンとシェイクスピア研究所前所長ピーター・ホランドが激怒したのも無理はない。バートンはこんな本は語るに足らぬとけんもほろろに斬って捨てたが、ホランドはTLS紙上で痛烈にこきおろした。その非難はいちいちもっともである。その二人がたまたまケンブリッジ時代の私の師であったからというわけではないが、そうした批判を取り込んで翻訳に生かせないかと私は考えた。即ち、明らかに問題のある箇所はそのまま本文中に訳出せず、場所を移して訳注でその間題点を指摘しつつ訳出すればよいのではないか。そうすれば、安心して本文を通読できる。問題点を訳注というフィルターにかけて漉すことで、和書として純度の高い決定版ができるだろう。

そこまでしてあえてこの本を訳そうというのは、やはりこの本には伝記作家が紡ぎだす語りの面白さがあるからだ。伝記の洪水の中で、重要なのは「いかに語るか」というパフォーマンスにあるだろう。伝記に何を求めるべきかを考えるとき、参考になるのはジューディス・アンダーソンが『伝記的真実』(一九八四)で指摘するように、エリザべス朝時代の伝記作家は客観的事実ではなく主観的真実を描こうとしたという点た。ただ無味乾燥な事実の羅列ではなく、イメージを明確にするのが何よりも肝要だということである。

そこで、一流の伝記作家としてのアクロイド氏の語りの巧みさを味わいつつ、学術的内容の問題については訳者が責任を負って手を入れて、安心して読めるシェイクスピア伝記を作ることにした。詳細な訳注を書くのみならず、原著にない年表や図版も加え、索引も充実させるなど新たな工夫を重ねて、読んで面白く、調べて便利な決定版のシェイクスピア伝記を目指した。たとえば、本書の索引では、詳細な記述や解説のあるぺージ数を太字にしたので、シェイクスピア辞典として用いることができる。大いに利用して頂きたい。


白水社、ピーター・アクロイド著、河合祥一郎、酒井もえ訳『シェイクスピア伝』P 580-588

読み物として面白く、シェイクスピア像を生き生きと描いているこの伝記。しかし間違いが多い・・・

であるならば、その間違いを正して注を充実させればこの本の長所を生かし、短所を克服できるのではないか。そのような姿勢でこの作品は日本語訳出版されています。

ですので間違い部分や誤解を招くような言い過ぎの箇所は本文中で訂正されたり、カットされています(もちろん、その箇所は注でしっかり記録され解説されているので「改竄」ではありません)。これによってシェイクスピア学者から批判されていた問題をクリアすることになりました。

これは日本語訳で出版されたこの本ならではの特徴です。

単に読み物として面白いだけでなく、学問的にも高い水準を求めていこうとするこの姿勢は素晴らしいと思います。

こうした問題をひとつひとつ正していくのはとてつもない労力が必要だったと思います。

読み物としてとても面白い作品ですのでぜひおすすめしたい伝記です。本文が470頁以上ある読み応え満点の大作です。

以上、「ピーター・アクロイド『シェイクスピア伝』シェイクスピアの生涯を知るのにおすすめの伝記!」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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