MENU

H・アルトハウス『ヘーゲル伝 哲学の英雄時代』あらすじと感想~ヘーゲルの人となりに迫る新たなるヘーゲル伝

目次

H・アルトハウス『ヘーゲル伝 哲学の英雄時代』概要と感想~ヘーゲルの人となりに迫る新たなるヘーゲル伝

ヘーゲル(1770-1831)Wikipediaより

今回ご紹介するのは1999年に法政大学出版局より発行されたホルスト・アルトハウス著、山本尤訳の『ヘーゲル伝 哲学の英雄時代』です

早速この本について見ていきましょう。

内容(「BOOK」データベースより)

その日常生活と家族関係、三度の外国旅行などの知られざるエピソードを織り混ぜながら、人間臭くかつ小市民的ですらある教師像、矛盾と謎に満ちた哲学者の相貌とともに、「哲学の英雄時代」の群像を生き生きと描く。生活史の地平から哲学史の理解へ、待望の大ヘーゲル伝。

内容(「MARC」データベースより)

ヘーゲルの日常生活と家族関係、三度の外国旅行などの知られざるエピソードを織り混ぜながら、人間臭くかつ小市民的ですらある教師像、矛盾と謎に満ちた哲学者の相貌とともに「哲学の英雄時代」の群像を生き生きと描いた書。

Amazon商品紹介ページより

この伝記はヘーゲルの思想だけではなく、その人となりに注目してその生涯を描いていきます。

前回紹介したローゼンクランツの『ヘーゲル伝』は古典としてあまりに評価が高く、その後他の作者がヘーゲル伝を書くことをためらうほどの完成度だったとされています。しかし今作の著者アルトハウスはそんな困難な作業に立ち向かうことになります。

訳者あとがきではこのことについて次のように述べています。

ローゼンクランツの『へーゲル伝』の訳者は「これを凌駕し得るようなへーゲル伝はこの後に事実として書かれなかったし、今後もおそらく現われないであろう」と言っているが、先達の優れた業績を前に誰しも尻込みしていたのであろうか。ショーぺンハウアーやハイデガーの伝記を書いたザフランスキーにしても、「今日、ヘーゲルの伝記を書くことはある意味では大胆不敵なもの」と考えて、さすがにこれには手をつけずにいた。

それに、偉大な哲学者の伝記を書こうとすると、つねに厳しい批判を覚悟しなければならないこともある。哲学者について何事かを知らせてくれるのは、彼の思索の内容、その著作であり、彼の生活ではない、彼の著作こそが彼の生活であって、伝記的な記述ではそれが必然的に歪められるというのである。

へーゲルの哲学にしても、それを実際に理解するためには、へーゲルの原文に立ち返ることが唯一可能な道で、それを伝記でもって補うことはできないとしてである。そこには「偉大な思索家」を人間的次元から切り離して、聖者の列に祭り上げようとする意向があるのではなかろうか。

そうだとすると、ローゼンクランツ、ハイム、フィッシャー、ディルタイなどの伝記はどうなるのであろうか。偉大な哲学者の実生活への興味もさることながら、その実生活から思想内容を知るための糸口が見つかるのではなかろうか。と考えて、ローゼンクランツ以下の伝記がへーゲルを知るために果たした役割を認めたとしても、それでも、一世紀以上も前に書かれたそれらは、今は歴史的な興味を呼び起こすことはできても、現代の要求にはもはや沿えないと言わざるをえない。

というのも、彼ら先達のへーゲル理解には、マルクス、エンゲルス、レーニン、さらにはスターリンや毛沢東、そしてブロッホ、レーヴィット、サルトル、アドルノなど、あるいは多くのへーゲル研究者によって決定的な変更が加えられていることにも増して、その後ヘーゲル文献学の地道な努力で当時は知られていなかった書簡やさまざまな同時代の証言が続々と発見されてもいて、そこには事実上埋められねばならない間隙が無数にあるからである。そしてへーゲルはその後に及ぼした影響を考えながら読むとうまく読めるという意味でも、いつの時代にも、その時代のへーゲル伝が新たに書かれねばならないのではなかろうか。
※一部改行しました

法政大学出版局、ホルスト・アルトハウス、山本尤訳『ヘーゲル伝 哲学の英雄時代』P635-636

この引用のはじめに出てきたザフランスキーと言えば現代ドイツを代表する伝記作家で当ブログでも紹介しました。

彼の伝記は当時の時代背景をわかりやすく解説し、なぜその思想が生まれてきたのかということを解き明かしてくれます。そのため、思想そのものを知らない読者でもその人の人となりや時代背景からその思想を学んでいくことができるので非常に興味深い伝記となっています。

そんなザフランスキーですら書くのを躊躇するのがこのヘーゲルという人物だったのです。個人的にはザフランスキーにはぜひ書いてもらいたいと思ったのですが、その前にアルトハウスがこの作品においてそうしたヘーゲルの人となりに迫った伝記を書くことになりました。

実際、この伝記を読んでみるとローゼンクランツの『ヘーゲル伝』とその雰囲気がかなり違うことにすぐに気づきます。

ローゼンクランツの『ヘーゲル伝』ではヘーゲルの思想の問題にかなりの分量が割かれるのですが、アルトハウスの伝記では彼がどのような生活をし、どのように人と関わり、どんな出来事が彼に影響を与えたのかということを丁寧に追っていきます。

そのため、物語のようにヘーゲルの生涯を辿っていくことができます。正直、ローゼンクランツの『ヘーゲル伝』よりもかなり読みやすく、そして面白いです。

ローゼンクランツの『ヘーゲル伝』はカントやシェリングなど、当時の西洋哲学の知識もないと太刀打ちできない作品です。それに比べてアルトハウスはそこまでの知識を必要としません。(とはいえ、そこはヘーゲルですので難しい所はやはり難しいというのが実感です)

また、ローゼンクランツの『ヘーゲル伝』は150年以上も前に書かれた作品ですので、当然それから後にヘーゲル思想がどのように受容されたかについても書かれることはありません。

それに対しこの伝記ではマルクスとの関係など、その後の世界に与えた影響も知ることができたのがありがたかったです。

ただ、やはりヘーゲルは一筋縄ではいかない存在なのか読後の印象としてはややもやもやした感覚が残っています。

ここはやはりザフランスキーにヘーゲル伝を書いて頂きたいなと強く思いました。

ヘーゲル伝においてはやはりローゼンクランツの『ヘーゲル伝』が基本になると思います。しかしそれだけでは入門者には厳しいのでアルトハウスの『ヘーゲル伝』を読むことをおすすめします。ただ、それでもヘーゲルは難しいというのが私の正直な感想です。

以上、「H・アルトハウス『ヘーゲル伝 哲学の英雄時代』ヘーゲルの人となりに迫る新たなるヘーゲル伝」でした。

Amazon商品ページはこちら↓

ヘーゲル伝: 哲学の英雄時代 (叢書・ウニベルシタス 625)

ヘーゲル伝: 哲学の英雄時代 (叢書・ウニベルシタス 625)

次の記事はこちら

あわせて読みたい
石井郁男『カントの生涯 哲学の巨大な貯水池』あらすじと感想~人となりや時代背景を知れるおすすめカン... この伝記はカント入門に最適です。この本はそもそもカントとはどんな人間だったのか、どんな環境で生まれ、どんな生涯を送ったかをわかりやすく解説してくれます。とにかく読みやすいです。

前の記事はこちら

あわせて読みたい
K・ローゼンクランツ『ヘーゲル伝』あらすじと感想~権威あるヘーゲル伝記の古典 本書における解説の最後で「これを凌駕するへーゲル伝がかつて書かれたことはなく,今後も現われないであろう。」と述べられるほどこの伝記はヘーゲル研究において評価されている作品と言えます。 私にとっては難易度の高いこの伝記ではありましたが、ヘーゲルを学ぶ上では必読とも言える非常に評価の高い伝記です。ヘーゲル伝記の古典としてこの本は重要な作品と言うことができるでしょう。

関連記事

あわせて読みたい
(8)シュトラウスからヘーゲルへ~なぜヘーゲル思想は青年たちの心を捉えたのか 無神論というと、何も信じていないかのように思われがちですが実は違うパターンもあります。 この記事で語られるように、無神論とは何も信じないことではなく、従来のキリスト教の信仰を否定し、新たな信条に身を捧げることでもありました。 当時、キリスト教の世界観を否定し、ヘーゲル思想に傾倒していった若者はたくさんいました。そのひとりがエンゲルスであり、マルクスでもありました。
あわせて読みたい
マルクス『ヘーゲル法哲学批判序説』あらすじと感想~「宗教はアヘン」はどのような意味なのか 私たちは「宗教はアヘン」と聞くと、何やら宗教が人々を狂わせるかのような意味で受け取りがちです。ですがそういうことを言わんがためにマルクスは「宗教はアヘン」と述べたわけではないのでした。 この記事ではそんな「宗教はアヘン」という言葉はなぜ語られたのかということを見ていきます。 「宗教はアヘン」という言葉は僧侶である私にとって非常に厳しいものがありました。なぜマルクスはそのように語ったのか、何を意図して語っていたのかを知れたことはとても大きな経験となりました。
あわせて読みたい
ザフランスキー『ショーペンハウアー』あらすじと感想~時代背景や家庭環境まで知れるおすすめ伝記 難解で厳しい哲学を生み出した哲学者ショーペンハウアーだけではなく、人間ショーペンハウアーを知れる貴重な伝記です。この本が傑作と呼ばれるのもわかります。
あわせて読みたい
ザフランスキー『E.T.A.ホフマン ある懐疑的な夢想家の生涯』あらすじと感想~ドストエフスキーも愛した... この本のありがたいのはホフマンが生きた時代の社会や文化、時代背景を解説してくれるところにあります。 ホフマンその人を学びながら他の哲学者の人生と絡めて私たち読者は考えていくことができます。これは楽しい読書でした。
あわせて読みたい
R.ザフランスキー『ニーチェ その思考の伝記』あらすじと感想~ニーチェの思想はいかにして生まれたのか... この本の特徴は何と言っても、単なる伝記ではなく、「思考の伝記」であるという点にあります。ニーチェの生涯を辿りながらその思考のプロセスをこの本では見ていくことになります。
あわせて読みたい
(10)革命思想の源流、青年ヘーゲル派とはどのようなグループだったのか ヘーゲル哲学はなぜこんなにも歴史に大きな影響を与えたのか。 そしてヘーゲル右派、青年ヘーゲル派(左派)とは何なのか。 この記事では有名なヘーゲルの弁証法が革命運動へと結びついた理由を見ていきます。
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次