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『全訳 六度集経』概要と感想~中国のジャータカはやはり政治的?大乗の仏伝物語としての六度集経。スリランカの上座部仏教との比較も

六度集経
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『全訳 六度集経ー仏の前世物語』概要と感想~中国のジャータカはやはり政治的?大乗の仏伝物語としての六度集経。スリランカの上座部仏教との比較も

今回ご紹介するのは2021年に法藏館より発行された六度集経研究会著『全訳 六度集経ー仏の前世物語』です。

早速この本について見ていきましょう。

『六度集経』全八巻の日本語訳と註、解題、コラム等を収める。

※「六度集経研究会」は神塚淑子氏(名古屋大学名誉教授)の呼びかけに応じて集まった、仏教学、中国思想、中国仏教史、仏教美術、日本文学などの研究者で構成される『六度集経』会読を目的としたグループ。

三国呉の僧・康僧会が「訳出」したとされる『六度集経』は、ジャータカ(本生譚。仏の前世物語)を集成した仏典。
中国固有思想の表現をも用いてジャータカを紹介した本書は、中国・日本の小説や説話文学などに大きな影響を与えたことで知られている。
しかし、訳語が一定しないなどのために読解が困難な経典でもある。

「『六度集経』を通覧する人の多くは康僧会の用いる語彙に分かりにくさを感じる。康僧会は漢訳語彙が確立する前の時代に属するため、理解できない訳語があるのだ」(《コラム》「『六度集経』の外側―語彙と併行句」[船山徹]より)

本書はそのような『六度集経』を読みやすく、また仏教の知識のない人でも理解しうる日本語によって書かれた全訳注本。全訳は本邦初。

各巻末には研究会のメンバーおよび菊地章太氏(東洋大学教授)、船山徹氏(京都大学教授)、松江崇氏(京都大学教授)による関連コラムを収載する。

Amazon商品紹介ページより

本書『全訳 六度集経ー仏の前世物語』はブッダの仏伝物語であるジャータカの中国版とでもいうべきお経になります。

ジャータカについては以前当ブログでも松本照敬『ジャータカ 仏陀の前世の物語』というおすすめ入門書をご紹介しましたが、その代表的なお話が法隆寺の玉虫厨子にも描かれている「捨身飼虎」です。飢えた母虎を救うために自らの身体を与えたというあの有名な物語です。

法隆寺、玉虫厨子「捨身飼虎図(須弥座向かって右面)」Wikipediaより

他にも自分の身体を切って鷹に肉を与え鳩を救ったシビ王物語やバラモンへの供養のために自ら火に飛び込んだウサギの話など有名な物語がジャータカに説かれています。特にこのウサギの物語は「月のウサギ」の元となったお話でもあります。

というわけで私達にとっても身近な物語がこのジャータカには収められています。

そして本書『全訳 六度集経ー仏の前世物語』はそんなインドで制作された多数のジャータカの内、翻訳僧康僧会こうそうえ(?-280)が中国に合わせて撰述し翻訳したお経になります。このお経について本書では次のように解説されています。

『六度集経』八巻は、仏の本生譚(前世物語)を集成したもので、全部で九十一話から成る。『六度集経』の「六度」とは、大乗仏教で最高の悟りに達するために菩薩が実践すべき六つの行い、すなわち、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧の、いわゆる六波羅蜜のことである。つまり、仏の本生譚を、その内容に応じて「六度」(六波羅蜜)に分類して集成した書物が『六度集経』で、『大正新脩大蔵経」では第三巻(本縁部)に収められている。

法藏館、六度集経研究会『全訳 六度集経ー仏の前世物語』P464

中国における仏教受容という視点から言えば、本生讃を「六度」に分類して集成・編纂することによって、菩薩行という大乗仏教の重要な事柄を、わかりやすい説話という形で人々に示したこと、しかも、それが三世紀半ばという、極めて早い時期に行われたことは注目に値する。父親の財産のみならず自分の妻子までをも人に布施したスダーナ太子の話(第十四話)に見られるような菩薩行の徹底した自己犠牲の精神が、中国の人々に衝撃を持って受け止められたことは、この話が牟子『理惑論』に取り上げられ、スダーナ太子の行為を「不孝不仁」であるとする見方が仏教批判者側から出されている(大正蔵五二・四a)ことからも知ることができる。

しかし、その一方で、『六度集経』には中国固有の思想に添った内容・表現が多く見られ、中国の人々にとって受容されやすいものとなっている。中でも、儒家の政治思想・倫理道徳の根幹である「仁道」や「至孝」という語が繰り返し用いられ、為政者が慈しみの心を持って仁政を行うべきであることを強調している点については、康僧会は『六度集経』という仏経を借りて儒家の思想を語っているという指摘もある(任継愈主編『中国仏教史』第一巻)。また、地獄のことを「太山」、地獄の主宰者のことを「太山王」と表現するなど、中国の宗教的観念に合わせて理解しやすくする工夫がなされているし、『老子』や『易』『韓非子』など中国古典に典拠を持つ言葉が用いられたり、中国の「天」の思想や「気」の思想をふまえた記述も見られる。仏教のみならず儒家・道家をはじめ中国の思想文化を広く学んだ康僧会が、その知識教養を存分に発揮して編集・撰述した書物が『六度集経』であり、中国仏教史のみならず中国思想文化史全般において『六度集経』は大きな価値を持っていると言わなければならない。

法藏館、六度集経研究会『全訳 六度集経ー仏の前世物語』P472-473

この解説にありますように『六度集経』は中国的な脚色がなされた経典です。これは実際に読んでいてもかなり感じられることでした。

まず、説話の主人公に王や皇太子が多いこと。そして彼らの仏教心によって国がよく統治され世の中がよくなったというパターンが多々見受けられます。

中国の宗教的伝統は極めて政治的な要素が強いということは鎌田茂雄『中国仏教史』や森三樹三郎『老荘と仏教』など様々な本でも語られていましたが、まさにこの『六度集経』でもそれは濃厚に感じられることとなりました。

これは以前読んだスリランカのジャータカである『蜜の味をもたらすもの 古代インド・スリランカの仏教説話集』と比較してみると一目瞭然で、非常に刺激的でした。

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スリランカは上座部仏教の聖地として知られる仏教国です。そのスリランカで親しまれてきたジャータカもやはり中国と同じくその地ならではの特色があるジャータカとなっています。訳者の及川真介氏はこの『蜜の味をもたらすもの』というジャータカについて次のように述べています。

本書に登場する人々が求めているのは、覚りのような形而上の、高度に抽象的なものではないらしい。彼等はもっぱら現世での安穏な暮らしや後世に天界で栄華を享受するといったきわめて現実的なものを求め望んでいるようである。東南アジアの伝本の表題が示す「蜜の味」ははなはだrealistic(現実的)な「蜜の味」なのである。

本書の眼目はその「蜜の味」を確実に獲得する手だて、方法を説くことにある。それは万人がpractical(実行可能)なものであり、特別の修行によってだけ得られるものではない。それは何か。dāna(施)である。dāna(施)こそが現世安穏・後生善趣の果報をもたらす魔法の杖なのである。檀波羅蜜(dāna-pāramitā)といって施によって彼岸に渡るのであるが、その彼岸は覚りの世界のことではなくて、現世での安楽な暮らしと死後に善いところに再生して栄耀栄華を享受することなのである。

春秋社、及川真介訳『蜜の味をもたらすもの 古代インド・スリランカの仏教説話集』Pⅰ-ⅱ

「本書に登場する人々が求めているのは、覚りのような形而上の、高度に抽象的なものではないらしい。彼等はもっぱら現世での安穏な暮らしや後世に天界で栄華を享受するといったきわめて現実的なものを求め望んでいるようである」という指摘は非常に重要です。これは東南アジア仏教の姿を知る上でも見逃せません。

東南アジアの上座部仏教では出家者と在家信者とではその区別が厳密です。

この物語はまさに在家信者に向けた教えです。悟りを目指し一心に修行生活を送る出家者のための仏教と、一般の人々の信ずる教えには違いがあります。ですがその違いを全て包んで成立しているのが上座部仏教であります。このあたりの聖と俗の関係性については以前当ブログでも紹介した『東南アジア上座部仏教への招待』や杉本良男『スリランカで運命論者になる 仏教とカーストが生きる島』などの著作でわかりやすく解説されていますのでぜひそちらも合わせておすすめしたいです。

スリランカのジャータカについてはここではこれ以上詳しくはお話しできませんが、スリランカのジャータカでは上座部仏教の教義に基づいて在家信者に語られるものが中心となります。

それに対して中国では大乗仏教の教義に基づいて為政者や知識人に向けて語られる物語が多いことが見受けられます。やはり伝播する土地が違えば仏教も変容するということを感じさせられました。

ちなみに、私は昨年2023年にスリランカを訪問しています。

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この記事ではそんなスリランカの上座部仏教についての入門的な内容をお話ししていますので興味のある方はこちらもご参照ください。

さて、話はまた少し変わりますが本書『六度集経』の翻訳者康僧会という人物についても一言お話ししたいと思います。

康僧会は出生年はわかっていませんが、彼はベトナムで生まれた僧侶だとされています。彼の家のルーツはインドにあり、父は商人をしていた関係でベトナムに移り住んでいたそうです。

康僧会は10代の時に両親を亡くし出家し僧侶の道を歩むことになりました。そして247年に江南の都建康(現在の南京)へと到着することになります。

247年の江南地方(長江の南)といえば呉の都です。あの三国時代に康僧会は中国にやって来ていたのでありました。天才軍師諸葛亮が散った五丈原の戦いが234年です。そこから15年も経たない時期に彼は建康を訪れ、『六度集経』を翻訳することになりました。

本書巻末の解説でも説かれているのですがこれは中国の仏教受容においてかなり早い時期の出来事になります。中国仏教が盛んになり始めるのは釈道安(314-385)が世に出て多数の弟子を育ててからのことになります。もちろん、2世紀後半から中国には次々と翻訳僧がやってきていますが、仏教が漢民族に定着するということになるとそこからかなりの時間を要することになります。

つまり康僧会が『六度集経』を翻訳したのは中国においてまだまだ仏教が積極的には認められていなかった時期になります。そんな中で「仏教を信じればこんなによいことがありますよ」「政治もうまくいきますよ」というメッセージを込めて為政者や知識人に語りかけていたわけです。そうしたことを念頭に置きながら『六度集経』を読んでいくのも興味深かったです。

そして最後になりますが、このお経を読んでいて一番「おっ!」となったのが「第四十六話 国王本生」という物語です。

なんとこの物語、インド神話の『ラーマーヤナ』とそっくりだったのです。

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読み始めは特に意識しなかったのですが、途中くらいから「あれ?これ何か見たことがあるぞ?」と思い始め、猿が大活躍し始めた辺りからそれは確信に変わりました。

『ラーマーヤナ』ハヌマーンがアショカの森でシーター妃を見つけ、ラーマ王子の指輪を見せる場面 Wikipediaより

まさか仏伝文学にインド神話がそのまま入り込むとはと驚きました。この物語を読んだ後に注を確認してみると、やはりこれは『ラーマーヤナ』の概略版に間違いないようです。

インド神話がそのまま仏伝として『六度集経』に入り込むというのは実に興味深いですよね。私もこれには驚きました。やはり物語というものは人間にとてつもない影響を与えます。『ラーマーヤナ』は特に物語としての影響力が強い作品であることは間違いありません。読めばわかるのですが、現代人でも楽しめてしまうほどのエンタメ性がそこにあります。日本でも最近流行したインド映画『RRR』もこの神話を強烈に意識して作られています。

インドと中国が『六度集経』を通して繋がったというのは私にとって実に刺激的な発見でした。

中国人が大乗仏教をどのように考えたのか、どのように受容していくことになったのかを考える上でも本書『六度集経』は大きな手掛かりを与えてくれる作品です。巻末の解説もわかりやすいのでぜひおすすめしたい一冊です。

以上、「『全訳 六度集経』概要と感想~中国のジャータカはやはり政治的?大乗の仏伝物語としての六度集経。スリランカの上座部仏教との比較も」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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