エローラ石窟寺院の仏像は全身に電気が走るほどの衝撃だった!インドのベストスポットとしてぜひおすすめ!
【インド・スリランカ仏跡紀行】(21)
エローラ石窟寺院の仏像は全身に電気が走るほどの衝撃だった!インドのベストスポットとしてぜひおすすめ!
さて、ムンバイからオーランガバート空港へとやって来た。
ここへはムンバイからは1時間ほどのフライトで来ることができる。
私がここにやってきたのは仏教遺跡で有名なアジャンタ、エローラを訪ねるためである。
南インドの仏跡のハイライトたるこれらの遺跡を観ることは私にとっても実に楽しみなことであった。
アジャンタ・エローラとセットで語られることが多いように、並び順としては先にアジャンタを紹介すべきところだろうが今回は旅の日程上、アジャンタよりもエローラを先に訪れることにしたのでその順に従ってこれからお話ししていくことにする。
オーランガバード市内からエローラ遺跡までは40km弱。車で1時間ほどの距離だ。意外と近い。
オーランガバード郊外には巨大なガジュマルの樹が道路沿いに生えていて、北インドともムンバイとも異なる景観があった。
あの山の向こうへ抜けていくとエローラ遺跡が近づいてくる。こうした山の中にエローラ遺跡が彫られたのだ。
山に近づくと緑が色濃くなってきた。ふむふむ、ここもかつて虎が出るような場所だったのだろうか。
いよいよエローラ遺跡の入場ゲート付近に到着。予定通り1時間ほどの所要時間であった。
左の小さなゲートが入り口だ。そして真ん中の木々の隙間から少しだけ見えているのがもうすでにエローラ石窟である。エレファンタ島と違って山に登る必要がない。(「(18)ムンバイ沖エレファンタ石窟の巨大シヴァ神像に感動!ヒンドゥー教彫刻の白眉!」の記事参照)
こちらはエローラ全体の見取り図だ。見ての通り、エローラは石窟群と呼ばれるように、数多くの石窟が彫られている。目の前の岩山を文字通り彫り抜いてこれらの寺院を作り上げたのである。
しかも面白いことに、ここエローラ石窟群では仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教の石窟寺院が一堂に会しているとのである。このような場所はインドでもここだけだそうだ。
そして上の見取り図のように右(南)から第1窟が始まり、第12窟までが仏教窟、第13~29窟がヒンドゥー教窟、第30~34窟がジャイナ教窟となっている。
ここでは6世紀頃から仏教窟が彫られ始め、その後ヒンドゥー教窟が彫られることになったそうだ。エローラで最も有名な第16窟のヒンドゥー教窟カイラーサナータ寺院は8世紀頃に造営が始まったとされている。
この頃には仏教の勢力は全盛期よりも明らかに弱くなっていた。ここエローラでは宗教勢力の入れ替わりを示すかのように壮麗なヒンドゥー教窟が積極的に彫り進められるようになったのである。ちなみにジャイナ教窟は8世紀~10世紀頃だとされている。
ただ、立川武蔵、大村次郷共著『アジャンタとエローラ―インドデカン高原の岩窟寺院と壁画』によれば、これら3つの宗教は完全に別個のものとして断絶していたのではなく、相互に交流があったとされている。彼らは同時代に同じ場所で生活していたのだ。つまり、ここにおいては仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教は敵対関係ではなく、共存関係だったのである。
入場ゲートを超えると、目の前に芝生の広場が開けてくる。そしてその真正面にあるのが有名な第16窟カイラーサナータ寺院だ。遠くから見ると「なんだ、こんな感じか」と若干拍子抜けだったが、近くに行くにつれその全貌が明らかになると驚愕せずにはいられなくなる。私も「ウソでしょ・・・!?」とショックを受けずにはいられなかった。カイラーサナータ寺院については次の記事で改めて紹介するのでぜひご期待あれ。
カイラーサナータ寺院は後のお楽しみに取っておくことにして、私はまず南側の仏教窟を順に観ていくことにした。
ご覧の通り、岩山を横から彫り進めて洞窟上の部屋を作っているのがよくわかるのではないだろうか。
いよいよ仏教窟を見ていくことにしよう。
いかがだろうか。外観だけでもこの見事な石窟に驚くのではないだろうか。いったいどれほどの労力がかかることだろう。これが全て手作業で岩山を彫り進めて作られたのである。自然の洞窟に手を加えたわけではないのだ。
私が一番最初に入ったのは第5窟。ここは講堂として使われていた。かなり広い。
エレファンタ石窟と同じく、中はひんやり心地がよい。高温多湿の南インドにおいて、この空間は瞑想修行の大きな助けとなったことだろう。
そして何より、シーンと静まり返ったこの空間。私はここに入った瞬間、「うわーっ」と驚きの呻きを漏らさずにはいられなかった。ここに仏道修行者たちがかつていたのだ。そしてここで仏道に励んでいたのである。その残滓というか、精神的な空気が確かに感じられたのである。
インドに来てこれほど興奮したのは初めてだ。それほどこの空間は独特な圧を放っていた。
そして講堂の中央奥の小さな入り口の先には仏像が彫られていた。椅子に座った形の仏像というのは珍しい。
ちょうど外の光がこの暗室に差し込み仏像の姿が見えるようになっている。こうしたことも全て計算の上でこの石窟は作られているのだろう。
ちょうどこの仏像の辺りから石窟入り口に向かって振り返るとこのような写真になる。
そしてこの石窟で興味深いのは、この講堂の両側に多くの個室が作られている点である。
暗くて写真がぼやけてしまって申し訳ないが、この先はまさに真の闇。光が全く届かない。
私も意を決してここに入ってみた。カメラやスマホのライトもあえてつけなかった。私は肉眼のみでこの空間を探ることにしたのである。
暗闇の中へ一歩踏み出す。入り口付近はまだうっすらと視界がある。しかし奥へ進むと完全な闇が私を包んだ。
すごい。本当に何も見えない。前に突き出した両手も見えない。腕の感覚自体はあるものの、自分の手がどの辺にあるのかわからないという奇妙な感覚だ。まるで腕が異世界に消えてしまったかのよう。
手探り手探り壁をつたい進んでいく。思いのほかここは狭い。奥行きは2メートルもないのではないだろうか。横幅も3メートルほどのように感じる。
ここは修行僧の瞑想修行に使われていたそうである。一人でここにこもるとすれば十分な広さだ。
何も見えない闇とはこういうことなのか。私は奥の壁に手を付けながらこの空間を味わった。こういう所で先人は瞑想していたのである。だんだん自分が目を閉じているのか開けているかもわからなくなってきた。だが、同時に不思議な安らぎも感じる。この壁に触れていると何か穏やかな安心感を感じるのである。
そしてこの個室の中は音もよく響く。
私はここでお経を唱えてみた。反響する声が実に心地よい。
お経が終わる頃には目が慣れてきたのか、少しずつ周りが見えるようになってきた。なるほど、こうやって人間は暗闇に慣れていくのか。
この暗闇の体験は今でも強く記憶に焼き付いている。人間にとって真の暗闇は肉体的にも精神的にも特別な感覚を養う体験となることを実感した。真の暗闇は日常的な肉体感覚や空間把握を消し飛ばしてしまうのである。精神集中の極点を目指した瞑想修行者達にとってもこれは大いに役立ったことだろう。
私はこの後、第1窟、第2窟と順に見ていったのであるが、皆さんにぜひご紹介したいのが次の第10窟である。
これまで見てきた石窟とは明らかに異なる。まさに寺院という雰囲気。
それもそのはず、これまで見てきたのはあくまで僧院(ヴィハーラ)という僧侶の居住、修行空間であった。
しかしこの第10窟はチャイティヤと呼ばれる祠堂となっている。つまりここは仏塔(ストゥーパ)を礼拝するお寺の本堂のようなものなのである。
入り口で靴を脱ぎ裸足で入堂する。
ひんやりした石の床も心地よい。
「(5)ハリドワールのマンサ・デーヴィー寺院に神々のテーマパークを感じる~ヒンドゥー教の世界観への没入体験」の記事でもお話ししたが、靴を脱ぎ裸足になると五感が刺激され、感性が鋭くなるような気がする。単なる礼儀作法を超えた物理的、心理的作用がここにあるのではないかと私は強く思うのである。
そして右の写真にあるように、入り口からうっすらと堂内の中を覗いてみる。この入り口の向こうに見える異世界に私は興奮を隠せなかった。
そして堂内に入った瞬間、ビリビリビリっと来た!本当に来たのである!体に電流が走るとよく言うがまさにその通りだった!雷に打たれたかのようだった!それほどのショックを私は瞬間的に与えられたのである。
この衝撃は生涯忘れることはないだろう。私はこれまで様々な遺跡や芸術作品と出会ってきたが間違いなくこれはその最高峰に位置している。
一体何なのだここは・・・!
まず、この天井である!
私はこの空間に度肝を抜かれた。
アーチ状に深く刻まれたラインがまるで肋骨のように見えてくる。高さと奥行きのある空間が私を包み込み、不思議な落ち着きをもたらしてくれる。そう、まるで体内にいるかのような気分になってくるのだ。
そしてこの空間の奥にストウーパ(仏塔)とブッダの座像が鎮座している。
先程の第5窟でもそうであったが椅子に座っているブッダというのはやはり見慣れない。これはこの地方ならではの表現方法なのだろうか。
天井も素晴らしいがやはりこの仏像も素晴らしい。
この柔和な表情、力の抜けた優美な姿に私は釘付けだった。
そして現地にいた当時は気づかなかったがこの記事を書いている今、私はあることに思い至った。
この仏像の顔がエレファンタ石窟のシヴァ神とどこか似ているのである。(※「(18)ムンバイ沖エレファンタ石窟の巨大シヴァ神像に感動!ヒンドゥー教彫刻の白眉!」の記事参照)
もちろん、完全に一致するわけではないが、この柔和な表情にはどこか相通ずるものを感じるのである。
エレファンタ石窟もこの第10窟も時代的にほぼ同時期である。しかもどちらもムンバイ圏ということで、もしかすると同じ流派の彫刻家集団が手掛けた可能性もあるかもしれない。想像は膨らむばかりである。
それにしてもこの仏像は落ち着きと優しい感覚を放射している。この空間にいると心が落ち着く。張り詰めた緊張感ではない。
あぁ、言葉に尽くせぬほどの素晴らしさだ・・・。
私はこの後、全ての石窟を見た後、もう一度ここに戻ってきた。別れが惜しくてたまらない。三度のインドを通しても、ここは圧倒的なベストである。私がこれまで世界を旅してきた中でも間違いなく最高レベルだ。それほど素晴らしい空間だった。ここは圧倒的におすすめだ。インドに行くなら絶対にここへ行くべきだ。タージマハルには申し訳ないが、こちらに来た方が絶対に満足できることを約束する。(後の記事で述べるが私はどうしてもタージマハルを好きになれないのである)
そして仏教石窟群の最後に訪れたのがこちらの第12窟だ。
ここは僧侶たちの宿泊施設として作られたそう。
僧院正面にやってきた。見ての通り3階建ての作りである。よくぞまあこんな綺麗な構造の建物を彫ったものだ。
廊下の正面には仏像が。生活の隅々まで仏像と共にできるのである。なんと贅沢なことだろうか。
廊下から堂内に入ると先程見た第5窟のような広い空間があり、さらには個室が設けられていた。僧侶たちがここで寝泊まりしていたのだろう。
部屋によっては宿泊というより、お祈りや瞑想に使ったであろう空間もあった。ここは礼拝の場だろうか、多数の仏像が並び実に壮観であった。
3階から外を見渡す。この僧院が岩山を上から彫り進めて作られたというのがよくわかる。目の前の空間も本来岩山だったのだ。次の記事で紹介する第16窟カイラーサナータ寺院もまさにこの形式で作られたヒンドゥー教石窟になる。ただ、そのスケールがまさに桁外れ。正気とは思えぬ建造物がそこにあるのである。
では、引き続きそのカイラーサナータ寺院を見ていくことにしよう。エローラは実に驚異的な遺跡である!
主な参考図書↓
アジャンタとエローラ インドデカン高原の岩窟寺院と壁画 (アジアをゆく)
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※以下、この旅行記で参考にしたインド・スリランカの参考書をまとめた記事になります。ぜひご参照ください。
〇「インドの歴史・宗教・文化について知るのにおすすめの参考書一覧」
〇「インド仏教をもっと知りたい方へのおすすめ本一覧」
〇「仏教国スリランカを知るためのおすすめ本一覧」
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