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前島訓子『遺跡から「聖地」へ—グローバル化を生きる仏教聖地』概要と感想~ブッダの悟りの聖地ブッダガヤを巡る衝撃の事実とは
今回ご紹介するのは2018年に法藏館より発行された前島訓子著『遺跡から「聖地」へ—グローバル化を生きる仏教聖地』です。
早速この本について見ていきましょう。
仏教最大の聖地ブッダガヤは、いかにして蘇ったのか。「聖地」を、宗教的側面だけでなく、多様な社会的事象との関係性から捉え直し、新たな「聖地論」を展開した注目の書。
Amazon商品紹介ページより
ブッダガヤの大菩提寺 Wikipediaより
本書はインドの仏教聖地ブッダガヤの衝撃の事実を知れる作品です。
ブッダガヤといえばブッダが悟りを開いた地として世界的に有名な聖地です。
ですがこの聖地がずっと忘れ去られていて、最近発見されたものだとしたらどうでしょう。
これはどういうことなのかというと次のように解説されています。
ブッダが悟りを開いた場所として知られるブッダガヤ。果たして、ブッタガヤは「誰」にとって、そしていかなる意味で「聖地」であるのか。この問いは、ブッタガヤにかかわり、かかわってきた当事者たちが誰で、そして彼らはそれぞれどのようにブッタガヤに働きかけてきたかという問いを抜きにして考えられない。
実際問題、仏教衰退とともに忘れられていたブッダガヤが、長い眠りから目覚め、人々の関心を取り戻すまでに、利害や思惑の異なる多くの主体が関わってきた。仏教衰退と共に忘れられた遺跡の発見に携わったイギリスの考古学者や聖なる地の回復を求める仏教徒、そして独立後、近代国家となり経済的発展と宗教的緊張の解消を目指すインド政府や、遺跡の管理を担う専門組織、遺産登録にかかわり遺産の保存保護を謳うユネスコ…。そして、なによりも、ブッダガヤを「仏教最大の聖地」だとするあまりに自明な常識の裏で、見落とされ、周辺へと追いやられてきた生活者のヒンドゥー教徒やイスラーム教徒が挙げられる。そもそも、ブッタガヤが忘れられ「仏教聖地」としての意味を失ってなおブッタガヤの遺跡にかかわり、固有な立場からブッダガヤを守ってきた人々の存在と彼らがブッタガヤに求め理想とする場所像と、それを実現する意味や、そのローカルな考え方や声に対してブッダガヤのあり方に関わる他の諸主体がいかに応えるかということを考慮せずに、ブッタガヤがいかなる意味で「仏教聖地」であり、いかなる意味で「世界遺産」であるかという問いに答えられるだろうか。
本書は、グローバル化を生きるブッタガヤが、その地にかかわり、かわってきた当事者たちが時に対立し、時に折り合いをはかりながら生み出されていくプロセス、すなわち、ブッダガヤの今が、一重に「仏教聖地」として片付けられないそれ固有の場所性をもって立ち上がり形作られていく過程を紐解いていく。
Amazon商品紹介ページより
私たち日本人はインドというとお釈迦様の国、仏教の故郷というイメージで考えてしまいがちですが、インドにおける仏教は13世紀初頭に滅亡し、現代もほとんど仏教徒が存在していないという厳然たる事実があります。(※アンベードカルによる新仏教徒の存在が生まれてはいますがあくまで新しい存在としてで、例外的です)
インドはヒンドゥー教徒とイスラーム教徒が人口の大部分を占めます。文化的にも仏教はほとんど忘れ去られていました。
ブッダガヤもそうです。
ブッダはヒンドゥー教ではクリシュナ神の化身として親しまれるようになり、もはやヒンドゥー教寺院としてブッダが祀られていたほどでした。そんなヒンドゥー教、イスラーム主体の街の中に突如として仏教聖地が現れることになったのです。
本書ではその歴史と背景を詳しく知ることになります。
19世紀後半にイギリスにによる統治政策の一環でインド全土で仏教遺跡の調査が進められ、その中で発見されたのがブッダガヤの大塔や金剛宝座でした。そして19世紀末からスリランカ僧ダルマパーラによってブッダガヤの大菩提寺奪還運動が始まってきます。
アナガーリカ・ダルマパーラ(1864-1933)Wikipediaより
このダルマパーラは私にとっても「おっ」となる人物です。
と言いますのも私は昨年スリランカ仏教を学び、実際にスリランカを訪れたからです。
このダルマパーラはスリランカ仏教の大物中の大物です。この人物については色々な側面がありここで私が一言で言うのは難しいのですが、以下の杉本良男『仏教モダニズムの遺産』で彼の生涯や思想が詳しく語られています。
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杉本良男『仏教モダニズムの遺産』あらすじと感想~スリランカ内戦はなぜ起こったのか。仏教ナショナリ...
仏教国スリランカにおける仏教とは一体何なのか。
私達が想像する仏教の世界とは全く異なる世界がここにあります。
宗教とは何かを考える上でも本書は非常に興味深い内容が満載の素晴らしい作品です。
スリランカにおいても実は19世紀になってから仏教遺跡が再発見され、新たに聖地が見出されたという歴史があります。それと同じことがインドのブッダガヤにおいても行われていたということを今回改めて知ることとなりました。
正直、本書で書かれている内容は日本人にはかなりショッキングなものかもしれません。私はスリランカである程度耐性ができたため、あぁ・・・やはりここもか・・・というある意味違うショックを受けましたが、「インドはブッダの聖地!」という憧れのある方には精神的にダメージも大きいかもしれません。
もちろん、だからといってブッダの聖地であることの意味が失われることはありませんし、ここが世界中の仏教徒の大事な信仰の地であることも変わりません。
ただ、この地で何が起きていたのかを知ることは決して無駄なことではないと思います。それが仏教徒である私にとっていかに不都合なものでも・・・
他にもお話ししたいことはたくさんあるのですが、この記事ではここまでとさせて頂きます。私は2024年中にブッダガヤを訪れる予定です。その時私が現地で何を思うのか、改めてこのブログでお話ししていきたいと思います。
以上、「前島訓子『遺跡から「聖地」へ—グローバル化を生きる仏教聖地』~ブッダの悟りの聖地ブッダガヤを巡る衝撃の事実とは」でした。
※2024年8月追記
本書で語られたブッダガヤの実情について以下の記事でまとめています。ご参照頂けましたら幸いです。
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ブッダガヤは誰のもの?ブッダガヤ奪還運動の歴史とダルマパーラの大菩提会
この記事ではブッダガヤに関する衝撃の事実をお伝えします。私達がイメージする仏教聖地ブッダガヤの実態に皆さんもショックを受けることでしょう。
・・・これはもしかしたら知らない方が幸せなことなのかもしれません。
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ブッダガヤは仏教の聖地中の聖地です。
ですが私はブッダガヤという地に対して全く感動できなかったのでした。いや、それどころではありません。私はこの地でネガティブな感情に支配されてしまいました・・・
ここで神聖な心境になれない私は仏教僧侶として失格ではないか。私はそんな念に駆られてしまったのです。
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遺跡から「聖地」へ: グローバル化を生きる仏教聖地
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本作『大唐西域記』はそうした玄奘の旅路が記された書物になります。
ただ、この本を読み始めてすぐに気づくのですが、その語りがあまりに淡白・・・
私達がイメージする刺激的な冒険譚とはかなり趣が異なるのです・・・
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