『中国の歴史02 都市国家から中華へ 殷周 春秋戦国』~秦の始皇帝や孔子、諸子百家が生まれた時代を学ぶのにおすすめ

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『中国の歴史02 都市国家から中華へ 殷周 春秋戦国』概要と感想~秦の始皇帝や孔子、諸子百家が生まれた時代を学ぶのにおすすめ

今回ご紹介するのは2005年に講談社より発行された平㔟隆郎著『中国の歴史02 都市国家から中華へ 殷周 春秋戦国』です。

早速この本について見ていきましょう。

興亡果てなき動乱時代初めて書かれた殷周 春秋戦国の虚実
文王・武王・周公の理想?孟嘗君・蘇秦・蘇代の合従連衡?

漢代以後の史書や注釈によって語られてきた夏殷周三代と春秋戦国。しかし、それらは後代の建て前や常識に規制され、そもそもはなかった内容までが付け加えられている。何が付加されたのか。どこに事実が隠されているのか……。戦国時代の史書をもとに「わかる事実」を探り、事実探求の道筋をたどる。

Amazon商品紹介ページより
秦の始皇帝(前259-210)Wikipediaより

この本では秦の始皇帝が中国を統一するまでの時代を学ぶことができます。人気漫画『キングダム』で語られる世界はまさにこの時代がベースとなっています。

また、中国の思想や宗教を学ぶ上でもこの時代は孔子や諸子百家が出てきた重要な時期となります。思想や文化も時代背景を離れて存在しえません。当時の中国の大まかな歴史を学ぶのにこの本は最適です。

そしてこの本の前半ではいきなり興味深いことが語られます。上の本紹介にもありましたが「わかる時代」、「わからない時代」が中国史にはあると言うのです。では、その箇所を見ていきましょう。少し長くなりますが重要な指摘ですのでじっくり読んでいきます。

本書で扱う夏王朝・殷王朝・周王朝の三王朝の時代は、「わからない」時代である。これに対し、続く春秋時代は「わかる」時代である。では、何が「わかる」のか、そして何が「わからない」のか。

春秋時代は、新石器時代以来の文化地域の中で、「大国」がどう興亡をくりかえしたかが「わかる」時代である。これに対し、夏王朝・殷王朝・周王朝の時代は、それが「わからない」時代である。

では、なぜ「わかる」のか、そしてなぜ「わからない」のか。

漢字の有無が関わるからである。漢字は殷王朝で使われていた。いわゆる甲骨文と殷金文である。他の都市国家にも、その漢字がもたらされた形跡があるが、定着してはいないようである。

周王朝の時代は、西周金文を鋳込んだ青銅器が各国に与えられている。しかし、この鋳込む技術が周王朝に独占された結果、各国では独自に文章を鋳込むことができなかった。異国の文字は、必ずしも興味関心の対象とはなりえず、興味をもった国が仮にあっても勝手に使うということにはならなかったわけである。

漢字があるところでは、その漢字による記録が残される。しかし、漢字がないところではその記録は残されない。当たり前のことである。だから、殷王朝や周王朝の時代の記録は、殷や周のことに限られている。

周王朝は、各国に銘文入りの青銅器を与えた。その銘文は諸国のことに言及する。だから、殷代に比べれば、諸国の事情は残されるようになった。しかし、その銘文は、周王朝の立場から、各国の事情に言及したものであり、かつとても零細である。

以上のような事情があるから、殷王朝・周王朝の時代は、殷・周以外の各国の状況が「わからない」。

「わからない」のに「わかった」ように説明するわけにはいかない。『史記』の時代には、われわれよりも多くの「事実」が目の前にあったに違いないが、太古以来の天下を説明する部分など、作り出された「事実」を使うことと「わかる」ことはまったく別のことである。(中略)

殷代に先行するいわゆる夏王朝の時代は、まだ文字が発見されていない。だから、この時代も「わからない」としか言いようがないところが多い。

しかしながら、春秋時代には、漢字が各国に伝播し根付いていった。この時代は、戦乱にあけくれた時代どころか、漢字発展の歴史にあっては、広域的漢字圏の形成という画期的な意味をもつ時代である。

そのため、この春秋時代には、各国の歴史を語るための材料が、比較的多く残されている。結果として、各国の事情が格段に「わかる」ようになった。

続く戦国時代は、もっと「わかる」時代になる。

では、何が「わかる」のか。なぜ「わかる」のか。

戦国時代には、鉄器の普及がもたらした社会構造の変化が基礎となって、官僚制度が定着する。それぞれの文化地域ごとに、一つないしニ、三の領域国家が形成され、それぞれに中央から派遣された官僚が、かつての「国」を統治するようになった。

文字は、官僚制度を支える道具に変身した。その制度を支える法体系、いわゆる律令も次第にととのっていった。

その道具としての文字によって、様々な記録が残されている。中国史上初めての史書も作られた。領域国家ごとにそれらは整備された。だから、様々なまなざしによる様々な性格の記録が参照できる。この時代は、様々なことがより「わかる」時代になった。

この時代は、春秋時代に根付いた漢字が、文書行政の道具に変身するという、これら漢字発展の歴史において一大画期をなす時代である。けっして戦乱にあけくれたと説明すべき時代ではない。

講談社、平㔟隆郎『中国の歴史02 都市国家から中華へ 殷周 春秋戦国』P36-38

漢字の存在があったから歴史は書かれ、無い場所ではそもそも歴史が書き残されることはありえない。書かれない歴史は無視され、殷、周のみの歴史が編まれていく。

当たり前と言われれば当たり前ですが意外とこれは盲点ですよね。文字を持った側が圧倒的に優位な立場で歴史を編めるのです。

そして春秋戦国時代に中国全域に漢字が広がっていったことで官僚システムによる統治が可能になり、より大規模な国家運営が可能になる道筋が立った。こうした背景があったからこそ秦の始皇帝が中国統一を成し遂げることができたというのも興味深いです。

また、文字文化が広がったことで知識の蓄積や伝播も一気に広がることになったことも見逃せません。こうした背景があったからこそ孔子や諸子百家など優秀な頭脳がどんどん生まれてくることになります。漢字の存在と歴史、思想、文化のつながりが知れて非常に興味深かったです。

そしてもう一つ述べるとすれば上の引用にもあった鉄器の普及です。

当ブログではこれまで古代インドについての本も多数紹介してきましたが、古代インドにおいても鉄器の普及が思想や文化が生まれる転換点として重要な役目を果たしていました。ブッダが生まれてきたのもこうした歴史的背景が大きな意味を持っています。古代インドの時代背景については中村元先生の『古代インド』がおすすめです。当時の人々の生活や大きな歴史の流れを知れる名著中の名著です。古代インドと中国の共通点を感じられた刺激的な読書でした。

中国史の入門書としてはかなり骨太の作品ですがじっくりと向き合う価値のある名著です。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「『中国の歴史02 都市国家から中華へ 殷周 春秋戦国』~秦の始皇帝や孔子、諸子百家が生まれた時代を学ぶのにおすすめ」でした。

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