目次
シェイクスピア『ヘンリー六世』あらすじと感想~悲惨な内乱、薔薇戦争を描いたシェイクスピアのデビュー作
今回ご紹介するのは年頃にシェイクスピアによって書かれた『ヘンリー六世』です。私が読んだのは筑摩書房版、松岡和子訳です。
早速この本について見ていきましょう。
百年戦争とそれに続く薔薇戦争により疲弊したイングランドで、歴史に翻弄される王ヘンリー六世と王を取り巻く人々を描く長編史劇三部作。敵国フランスを救う魔女ジャンヌ・ダルク、謀略に次ぐ謀略、幾度とない敵味方の寝返り、王妃の不貞―王位をめぐる戦いで、策略に満ちた人々は悪事かぎりをつくし、王侯貴族から庶民までが血で血を洗う骨肉の争いを繰り広げる。
Amazon商品紹介ページより
この作品は何と言ってもシェイクスピアのデビュー作になります。
そのデビュー作たる『ヘンリー六世』は15世紀に起こった薔薇戦争というイギリスを二分した悲惨な内乱がモチーフとなっています。
薔薇戦争については前回の記事「陶山昇平『薔薇戦争』~シェイクスピアの『ヘンリー六世』『リチャード三世』の時代背景を知るのにおすすめの解説書!」で紹介した以下の本で詳しく解説されています。
あわせて読みたい
陶山昇平『薔薇戦争』あらすじと感想~シェイクスピアの『ヘンリー六世』『リチャード三世』の時代背景...
とんでもなく複雑で難しい薔薇戦争というテーマは、普通なら読み進めるのも大変な書物になってしまうでしょう。ですがこの本は違います。たしかに一読して全てを理解するのは難しいとしても、この戦乱の全体像を把握しながらすんなりと最後まで読み進めることができるのです。このこと自体がものすごいことだと思います。
複雑で難しい薔薇戦争について知るならこの本はピカイチだと思います。
正直、この本を読んでおかないと『ヘンリー六世』を読むのはかなり厳しいと思います。
と言いますのも、この作品の舞台となる薔薇戦争はとにかく複雑です。登場人物も多く、似たような名前の人物もどんどん出てきます。しかも誰がどちら側の陣営にいるかもわからないといけません。
これはあらかじめ大まかにでも時代背景を知っておかないと、物語の流れを把握することすら覚束ないことでしょう。私も最初は時代背景を知らずに読み始めたのですが、すぐに挫折してしまいました。
これは『ジュリアス・シーザー』や『アントニーとクレオパトラ』でもそうでした。かつて私はこれらの作品でも挫折しています。
ですがこれらの作品も阿刀田高氏によるシェイクスピアの入門書『シェイクスピアを楽しむために』を読んで時代背景を知ってから読み直してみると面白いのなんの!やはり時代背景や物語の大まかな筋を知っておくことは非常に大切なことだなと思いました。
今回の『ヘンリー六世』もまさにそうです。陶山昇平著『薔薇戦争』で時代背景を知ってから読むとものすごく面白いです。
壮大な規模で戦われた薔薇戦争をシェイクスピアはよくぞこんなにもコンパクトにまとめたものだなと感嘆するしかありません。
そして面白いのが、この作品が続編の『リチャード三世』のプロローグとしての役割も果たしている点です。
『リチャード三世』はまさにこの『ヘンリー六世』で描かれた世界の直後のお話です。『リチャード三世』の主人公グロスター伯(後のリチャード三世)は『ヘンリー六世』の中でもすでに頭角を現し、物語の終盤では明らかにその強力な個性を発揮し始めます。
私たちは『リチャード三世』が『ヘンリー六世』の続編であることをすでに知っています。当時の観客たちも自国イギリスの話ですから重々それを承知しています。私たち日本人が信長たちの戦国時代の流れを知っているのと同じです。
『ヘンリー六世』ではグロスター伯が虎視眈々と獲物を狙っている様がすでに描かれていて、それが続編への期待をものすごく煽ります。これは読んでいてぞくぞくしてきます。デビュー作にしてシェイクスピアはかなりのやり手なようです。当時の人たちも「早く続編が観たい!」とうずうずしていたのではないでしょうか。
デビュー作にイギリス史の根幹である薔薇戦争をチョイスしたという所にもシェイクスピアのセンスのよさがあると思います。
さらに言えばシェイクスピアはエリザベス女王の治世を生きた劇作家です。エリザベス女王はテューダー朝の王です。このテューダー朝というのがまさに薔薇戦争におけるイギリスの混乱を収め新たに誕生した王朝でもあるわけです。
その王朝の誕生史でもあるのが『ヘンリー六世』『リチャード三世』の歴史の流れなのです。そして当時の乱れた世を批判しているのがこれらの作品でもあります。
ということでシェイクスピアは観衆だけではなく、テューダー朝にもしっかりとアピールをしていたことになります。
デビュー作にしてここまで考えて作品を世に出したシェイクスピア。やはりさすがです。
いくらシェイクスピアがその後世界最高の劇作家になろうと、デビュー時は無名です。国家からの後押しを受けることができなければ成功などはかない夢に過ぎません。現代よりもはるかに興行の自由が制限されていた時代です。
そうした背景も考えるとこの『ヘンリー六世』はなかなかに興味深い作品だなと思います。
上の本紹介にもありましたように、物語自体もあのジャンヌ・ダルクが出てきたりと、現代人たる私たちにとっても「おぉ~」となるシーンが幾度となく出てきます。
時代的にも近い当時の観衆たちはそれこそこの物語に強く引き込まれたのではないでしょうか。
続編の『リチャード三世』への期待がものすごく高まる作品です。すぐに読みたくて仕方がなくなります。私もすかさず『リチャード三世』に取り掛かりました。もう間違いないです。これは最高の流れです。
ぜひ、『ヘンリー六世』『リチャード三世』を一息で読むことをおすすめします。
そしてあらかじめ陶山昇平著『薔薇戦争』を読んでおくことを強く強くおすすめします。これがあるかないかで全く別物になると思います。それほど、時代背景や前知識が必要となってくる作品です。参考書を読むというひと手間が大変かもしれませんが、それだけの価値は必ずあります。ぜひセットで読んでみてはいかがでしょうか。
以上、「シェイクスピア『ヘンリー六世』あらすじと感想~悲惨な内乱、薔薇戦争を描いたシェイクスピアのデビュー作」でした。
Amazon商品ページはこちら↓
ヘンリー六世 シェイクスピア全集 19 (ちくま文庫 し 10-19)
次の記事はこちら
あわせて読みたい
シェイクスピア『リチャード三世』あらすじと感想~恐るべき悪のカリスマと運命の輪。初期の傑作史劇!
前作『ヘンリー六世』の段階ですでにグロスター公リチャードはその悪人ぶりを垣間見せていましたが、本作ではその悪のカリスマぶりを遺憾なく発揮します。
『リチャード三世』も劇的なシーンや、力強い言葉に満ちた名作となっています。初期の作品とは思えないほどのクオリティーです。
前の記事はこちら
あわせて読みたい
陶山昇平『薔薇戦争』あらすじと感想~シェイクスピアの『ヘンリー六世』『リチャード三世』の時代背景...
とんでもなく複雑で難しい薔薇戦争というテーマは、普通なら読み進めるのも大変な書物になってしまうでしょう。ですがこの本は違います。たしかに一読して全てを理解するのは難しいとしても、この戦乱の全体像を把握しながらすんなりと最後まで読み進めることができるのです。このこと自体がものすごいことだと思います。
複雑で難しい薔薇戦争について知るならこの本はピカイチだと思います。
関連記事
あわせて読みたい
シェイクスピアおすすめ解説書一覧~知れば知るほど面白いシェイクスピア!演劇の奥深さに感動!
当ブログではこれまで様々なシェイクスピア作品や解説書をご紹介してきましたが、今回の記事ではシェイクスピア作品をもっと楽しむためのおすすめ解説書をご紹介していきます。
それぞれのリンク先ではより詳しくその本についてお話ししていますので興味のある方はぜひそちらもご覧ください。
あわせて読みたい
シェイクスピアのマニアックなおすすめ作品10選~あえて王道とは異なる玄人向けの名作をご紹介
シェイクスピアはその生涯で40作品ほどの劇作品を生み出しています。日本ではあまり知られていない作品の中にも実はたくさんの名作が隠れています。
今回の記事ではそんなマニアックなシェイクスピアおすすめ作品を紹介していきます。
あわせて読みたい
シェイクスピアおすすめ作品12選~舞台も本も面白い!シェイクスピアの魅力をご紹介!
世界文学を考えていく上でシェイクスピアの影響ははかりしれません。
そして何より、シェイクスピア作品は面白い!
本で読んでも素晴らしいし、舞台で生で観劇する感動はといえば言葉にできないほどです。
というわけで、観てよし、読んでよしのシェイクスピアのおすすめ作品をここでは紹介していきたいと思います。
あわせて読みたい
シェイクスピア『ジョン王』あらすじと感想~吉田鋼太郎さんの演出に感動!イングランド史上最悪の王の...
『ジョン王』は戦争を舞台にした作品でありますが、その戦争の勝敗が武力よりも「言葉」によって決するという珍しい展開が続きます。そして私生児フィリップの活躍も見逃せません。そんな「言葉、言葉、言葉」の欺瞞の世界に一石を投じる彼のセリフには「お見事!」としか言いようがありません。
そして2023年1月現在、彩の国シェイクスピア・シリーズで『ジョン王』が公演中です。吉田鋼太郎さん演出、小栗旬さん主演の超豪華な『ジョン王』!私も先日観劇に行って参りました!その感想もこの記事でお話ししていきます。
あわせて読みたい
シェイクスピア『ヘンリー八世』あらすじと感想~世継ぎを求め苦悩する王と側近たちの栄枯盛衰。エリザ...
ヘンリー八世は1509年から死去する1547年までイングランド王として在位した実在の人物です。
そして男の世継ぎを生めなかったキャサリン妃との離婚問題からバチカンと対立しそのままイギリス国教会を設立したという、イギリスの歴史においても屈指の重大事件を巻き起こした人物でもあります。
今作『ヘンリー八世』ではそんな彼の離婚問題を中心に王の苦悩と側近たちの栄枯盛衰の物語が語られることになります。
あわせて読みたい
佐藤猛『百年戦争 中世ヨーロッパ最後の闘い』あらすじと感想~シェイクスピア史劇の時代背景を知るのに...
今回ご紹介する『百年戦争 中世ヨーロッパ最後の闘い』はシェイクスピアの『リチャード二世』の時代背景を知る上でとても参考になる作品です。
この本を読めばシェイクスピア史劇をより楽しめること間違いなしです。
あわせて読みたい
陶山昇平『ヘンリー八世 暴君かカリスマか』あらすじと感想~王の離婚問題とイギリス国教会創設の流れを...
この本はシェイクスピアファンにも強くおすすめしたいです。この王の娘が後のエリザベス女王であり、その治世で活躍したのがシェイクスピアです。彼が生きた時代背景を知ればもっとシェイクスピア作品を楽しむことができます。時代背景を離れた芸術はありません。私にとってもこの伝記は非常にありがたいものとなりました。
あわせて読みたい
石鍋真澄『教皇たちのローマ』あらすじと感想~15~17世紀のローマ美術とバチカンの時代背景がつながる...
私はこの本に衝撃を受けました。それは私の中にあった常識が覆されたかのような凄まじいショックでした。
この本ではそんな衝撃のローマ史が語られます
あわせて読みたい
松岡和子『すべての季節のシェイクスピア』あらすじと感想~シェイクスピア演劇の奥深さ、楽しさを学べ...
私はこの本を読んでいて、そのシェイクスピア演劇の奥深さと言いますか、無限の幅を感じました。「あ、ここはそう理解していけばいいのか!」「なるほど、ここはそうやって作られていったのか!」「え?そこからそういう解釈の演劇もありなんだ!」という目から鱗の発見がどんどん出てきます。
あわせて読みたい
福田恆存『人間・この劇的なるもの』あらすじと感想~シェイクスピア翻訳で有名な劇作家による名著!「...
この本は1956年に初めて刊行され、今でも重版されている名著中の名著です。現代においてもまったく古さを感じません。
自分とは何か、個性とは何か、自由とは何か。
私たちの根源に迫るおすすめの1冊です。非常におすすめです!ぜひ手に取って頂ければなと思います。
あわせて読みたい
中野好夫『シェイクスピアの面白さ』あらすじと感想~シェイクスピアがぐっと身近になる名著!思わず東...
この作品は「名翻訳家が語るシェイクスピアの面白さ」という、直球ど真ん中、ものすごく面白い作品です。
この本はシェイクスピアを楽しむ上で非常にありがたい作品となっています。シェイクスピアが身近になること間違いなしです。ぜひおすすめしたい作品です。
あわせて読みたい
シェイクスピア『リチャード二世』あらすじと感想~雄弁で個性豊かな王と『ヘンリー四世』の前史となる...
この作品はヘンリー四世が王となるまでイギリスを統治していた、リチャード二世という王を中心とした史劇になります。
『ヘンリー四世』はシェイクスピア史劇の中でも非常に有名な作品ですが、そこに直結する時代を描いたのが本作『リチャード二世』になります。
あわせて読みたい
シェイクスピア『ヘンリー四世』あらすじと感想~ハル王子とフォルスタッフ、名キャラクターが生まれた...
この作品の見どころは何と言っても名キャラクター、ハル王子、フォルスタッフの存在です。特にフォルスタッフはシェイクスピアの生み出した最も優れたキャラクターとして知られています。
実際読んでみて納得、これは面白いです。たしかにフォルスタッフの存在感は圧倒的です。
コメント