(33)マルクス『哲学の貧困』とプルードン批判について~ライバルたちとの思想対決がマルクス思想を深化させた
マルクス『哲学の貧困』とプルードン批判「マルクス・エンゲルスの生涯と思想背景に学ぶ」(33)
上の記事ではマルクスとエンゲルスの生涯を年表でざっくりとご紹介しましたが、このシリーズでは「マルクス・エンゲルスの生涯・思想背景に学ぶ」というテーマでより詳しくマルクスとエンゲルスの生涯と思想を見ていきます。
これから参考にしていくのはトリストラム・ハント著『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』というエンゲルスの伝記です。
この本が優れているのは、エンゲルスがどのような思想に影響を受け、そこからどのように彼の著作が生み出されていったかがわかりやすく解説されている点です。
当時の時代背景や流行していた思想などと一緒に学ぶことができるので、歴史の流れが非常にわかりやすいです。エンゲルスとマルクスの思想がいかにして出来上がっていったのかがよくわかります。この本のおかげで次に何を読めばもっとマルクスとエンゲルスのことを知れるかという道筋もつけてもらえます。これはありがたかったです。
そしてこの本を読んだことでいかにエンゲルスがマルクスの著作に影響を与えていたかがわかりました。かなり驚きの内容です。
この本はエンゲルスの伝記ではありますが、マルクスのことも詳しく書かれています。マルクスの伝記や解説書を読むより、この本を読んだ方がよりマルクスのことを知ることができるのではないかと思ってしまうほど素晴らしい伝記でした。
一部マルクスの生涯や興味深いエピソードなどを補うために他のマルクス伝記も用いることもありますが、基本的にはこの本を中心にマルクスとエンゲルスの生涯についてじっくりと見ていきたいと思います。
その他参考書については以下の記事「マルクス伝記おすすめ12作品一覧~マルクス・エンゲルスの生涯・思想をより知るために」でまとめていますのでこちらもぜひご参照ください。
では、早速始めていきましょう。
フランスの社会主義哲学者プルードンとは
前回の記事ではマルクスとエンゲルスが即時の労働者革命に反対だったこと、そしてその統領であるヴァイトリングを厳しく批判した経緯をお話ししました。
今回の記事ではそんなマルクス・エンゲルスが批判したもう一人の人物、プルードンについて紹介していきます。
マルクスとエンゲルスが大陸の共産主義を牽引するうえで同じくらい脅威となったのは、ヴァイトリングのごく初歩的な共産主義のみならず、「真正」もしくは「哲学的」社会主義で、こちらはフランスの哲学者ピエール=ジョゼフ・プルードンを中心とする一派だった。
マルクスもエンゲルスと同様に、当初はプルードンと彼の一八四〇年の著書『財産とは何か』にきわめて感銘を受けていた。プルードンがマルクスに教えたものは、私的所有権の不公正はヴァイトリングが主張したような、怪しげな「財産共有」などでは解決しないということだった。
プルードンはその代わりに、生産的な仕事によらないあらゆる収入を廃止し、公正な交換制度を設立することを提案した。物資が、そこに具体化された労働をもとに公正に取引される制度である。マルクスはプルードンの考え方にすっかり魅了され、一八四六年五月にプルードンに宛ててフランスの代表として共産主義通信委員会に参加してほしいとの招待状を送った。エンゲルスは「追伸」を書き加え、プルードンが彼らの提案した「計画を承認」し、協力を「どうか拒否なさらぬことを」心から願った。
筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P180-181
※一部改行しました
プルードンはフランスで活躍した社会主義思想家です。ロシアの革命家バクーニンや、ゲルツェンなどともつながりがあった人物として知られています。
マルクス・エンゲルスも当初は彼の思想に感銘を受けていたのですが、例のごとく、彼らは仲違いし批判し合うことになります。
『哲学の貧困』~マルクスのプルードン批判
だが、マルクスはもう一つささやかな付け足しをする誘惑に勝てず、こうして同委員会の和やかで協力的な仮面はにわかにはずされた。「ところでパリのグリューン氏についてご忠告申しあげなければなりません。あの男は詐欺師の物書き以外の何者ではなく、イカサマ師の一種であり、新しい思想を不正にやりとりしようと狙っています」
あいにく、ブリュッセルの煽動家たち(マルクス・エンゲルスのこと ※ブログ筆者注)は図に乗りすぎていた。プルードンはいわゆる〈真正社会主義〉普及の先頭に立っているカール・グリューンと親しい関係にあったため、マルクスとエンゲルスのやり方は政治的な絶対主義だと決めつけた内容の手紙を書いてよこした。
「ぜひ協力し合って社会の法則を発見する努力をしましよう……ただし、お願いですから、推測にもとづくあらゆる独断を廃止しておいて、今度はわれわれが別の種類の教義を人に吹き込むのはやめましょう……われわれ自身を新たな不寛容の指導者としないように、新しい宗教の唱道者を装うことはないように―たとえこの宗教が論理の宗教、理性そのものの宗教であったとしても」。
マルクスとエンゲルスはこうした批判を快く思わず、つづく数カ月間に正真正銘の癇癪がプルードンにぶつけられた。攻撃が最高潮に達したのは、マルクスの辛辣な小冊子『哲学の貧困』(プルードンの『貧困の哲学』にたいするいつもながら交差的な対応)であった。
そこではプルードンのプチ・ブルジョワ的な哲学者ぶりや、労働交換にたいするユートピア的な計画、資本主義的関係を終わらせるうえでプロレタリアートがはたす歴史的役割を評価できない深刻な能力欠如が攻撃された。
マルクスとエンゲルスの考えでは、これがグリューンとプルードンが考える真正社会主義の概念の問題点だった。
それは労働者階級の歴史的な使命を無視し、共産主義が要求する社会の大変革を把握しそこなった哲学だった。
真正社会主義者は既存のブルジョワ体制の先を見越すことができず、その一方で彼らの姿勢全体は、「ブルジョワ社会それに相応する経済的存在条件、およびそこに適応した政体を前提とするものだった」。それどころか、その偏狭な試みは、国際競争を前にして、プチ・ブルジョワ的生活の質を維持しようとするもので、最終的な共産主義の勝利の訪れを妨げるばかりだった。
それは産業革命以前の協同というロマンチックな概念と結びついた哲学で、産業化の加速によって貧しくなった職人階級の狭量なニーズに卑屈に対応したものだった。真正社会主義の安直な工作にくらべれば、ヴァイトリングの救世主的な平等主義は少なくとも、共産主義プロジェクトが歴史におよぼした甚大さを評価してはいた。
それでも、マルクスの哲学的批判がいかに説得力をもっていたとしても、プルードンとグリューンの信奉者はパリ市民とドイツから亡命してきた労働者階級のあいだに広く存在し、彼らが提唱する協同、適正価格の生産物、完全雇用などの政治的に実現可能な政策は大衆から支持されていた。だからこそ、〈宗教裁判所長〉エンゲルスはそこで戦いを挑まなければならなかったのである。
筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P181-182
※一部改行しました
マルクスは『哲学の貧困』でプルードンを悪しざまに批判しますが、上の引用の最後にありますように、プルードンの思想は多くの人を惹きつけ続けました。
マルクス・エンゲルス側の参考書では当然ながら彼らの敵対者は手ひどく扱われます。
ですが、それらを一概に鵜呑みにしてマルクスの言うことを信じてしまうと、彼らのことを見誤ることになります。
実際に、マルクスを批判的に分析したジャック・バーザン著『ダーウィン、マルクス、ヴァーグナー』という本ではマルクス側とは違ったプルードン評価が出てきます。後に出てくるラッサールも、マルクス側からはひどい罵られようですが、実際に世界に与えた影響という意味では不当に扱われているように思われます。
マルクス・エンゲルスは敵を仕立て上げてそれを徹底的にやっつけるというスタイルで論を進めていくので、彼らのことを鵜呑みにし過ぎるのも危険なのではないかという気がします。
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