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トルストイ『吹雪』あらすじと感想~カフカースからの道中、危うく凍死しかけた実体験から生まれた傑作!ツルゲーネフも大絶賛!

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トルストイ『吹雪』あらすじと感想~カフカースからの道中、危うく凍死しかけた実体験から生まれた傑作!ツルゲーネフも大絶賛!

今回ご紹介するのは1856年にトルストイによって発表された『吹雪』です。私が読んだのは河出書房新社より発行された中村白葉訳『トルストイ全集2 初期作品集(上)』1982年第4刷版所収の『吹雪』です。(全集では翻訳の関係で『吹雪』が『雪あらし』という題になっています。)

早速この本について見ていきましょう。

トルストイについては、古くから、「表現の名匠」という呼称があるが、これはまったくこの人の天成というほかはないすばらしさである。

この一編はまさにその見本として提出されたような作品で、ただなんの構成も筋立てもない夜の雪あらしを叙したにすぎないものであるが、そのすぐれた感覚描写によって、この作者の特色を遺憾なく発揮している点に価値がある。

トルストイは一八五四年(二十六歳)一月、将校に昇進するとともにカフカースに別れを告げて、郷里へ帰った。その途中で猛烈な吹雪に会い、一夜橇で雪の曠野をさまよった経験を持っている。

『雪あらし』の一編は、この体験から生まれたものといわれ、後年の名作『主人と下男』における吹雪の夜の名描写の先駆をなすものである。

吹雪の曠野に行きくれて、橇にねむる旅人の夢に、うつつともなくうかぶ故郷の夏の真昼の情景―このコントラストの効果は、心理的にも感覚的にも描写の極致として推賞するに足るものを持っている。
※一部改行しました

河出書房新社、中村白葉訳『トルストイ全集3 初期作品集(下)』1980年第3刷版所収、巻末解説P43

この作品はトルストイが吹雪の中凍死しかけたという実体験から生まれています。

上の解説にありますように、この作品はただただ吹雪の中で右往左往し、どうなるかどうなるかとやきもきするような展開ですが、不思議な迫力があります。

この作品について藤沼貴著『トルストイ』では次のように解説されていました。

トルストイは、一八三ぺージで書いたように、クリミア戦争参加を前にして、カフカースから橇でロシアにもどる途中、五四年一月二十四日夜に猛吹雪に見舞われ、道を見失って、橇は一晩じゅう迷走し、トルストイたちは危うく凍死しそうになった。すぐさまかれは日記に「吹雪という短編を書こうという考えがうかんだ」と書きつけた。それが二年以上たって実現したのが『吹雪』だった。

この作品はツルゲーネフをはじめ多くの人から歓迎されたというより、激賞された。たしかに、『吹雪』は一晩の雪中の彷徨を語っただけの小編だが、緻密でずっしりした重量感のある珠玉の作品である。芸術的に初期作品の筆頭といってよいだろう。

しかも、この上質の芸術品が、この時期のトルストイの立場を凝縮して示しており、意味深い暗示になっている。ここでこの作品についてくわしく述べる紙数はないが、作中の私は御者(民衆)、橇(時勢)、馬(自然)、吹雪(運命)に翻弄され、絶望の淵に立たされながら、馬(自然)の本能的感覚によって道を発見し、生還するのである。
※一部改行しました

第三文明社、藤沼貴著『トルストイ』P209-210

『吹雪』はあのツルゲーネフにも大絶賛された作品でした。ツルゲーネフはトルストイより10歳年上で、この時にはすでにツルゲーネフはロシア文壇のトップに君臨していました。

そのツルゲーネフからここまで絶賛されるというのはやはりトルストイは只者ではありません。作家デビューから数年でここまでの表現力を発揮する彼の天才ぶりには驚くしかありません。

また、上の解説にもありますように、この作品には意味深い暗示が込められています。

トルストイにとってカフカース体験が彼の生涯を貫く大きな経験となったことはこれまでの記事でもお話ししてきました。

そのカフカース体験を「吹雪による遭難」として描くことで「思想」に昇華させたこの作品は強いメッセージ性を感じさせます。

コーカサス(カフカース)山脈 Wikipediaより

カフカースの圧倒的な雄大さ、そこに住む人々の生活、従軍生活を通して学んだ人間観。

そして、この雄大な世界は「吹雪」という自然現象を通してトルストイの命を奪いにきました。

心を持っていかれそうになる圧倒的な自然は、同時にいとも簡単に人間の生命を奪いうる。

圧倒的なものに対する憧れと恐怖。

巨大な自然を前にして人間が抱く感情。

カフカースでの日々はトルストイの生涯にどれだけ多くの影響を与えたことでしょうか。

ヨーロッパの作家の多くが「アルプス体験」を経ているというのは有名なお話です。ドイツの詩人ゲーテもそのひとりです。

ヨーロッパ人にとってアルプスがいかに大きなインスピレーションを与えたのかというのは私にとっても非常に興味深いものがあります。

それと同じように、トルストイにとってもこのカフカース体験が大きな影響があった。

これはトルストイを知る上で見逃せないポイントなのではないかと私は感じたのでありました。

以上、「トルストイ『吹雪』あらすじと感想~カフカースからの道中、危うく凍死しかけた実体験から生まれた傑作!ツルゲーネフも大絶賛!」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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