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トルストイ『少年時代』あらすじと感想~強烈な自我が目覚め始める瞬間を絶妙に捉えた名作

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トルストイ『少年時代』あらすじと感想~強烈な自我が目覚め始める瞬間を絶妙に捉えた名作

今回ご紹介するのは1854年にトルストイによって発表された『少年時代』です。私が読んだのは岩波書店、藤沼貴訳2006年第9刷版です。

早速この本について見ていきましょう。

「ママの死と同時に,私にとって,しあわせな幼年時代が終り,新しい時代――少年時代がはじまった」.思いがけずかいま見た大人の世界,ふと意識する異性,見慣れたはずの光景がある日突然新たな意味をもって迫ってくる…….誰にも覚えのあるあの少年の日のみずみずしい体験を鮮やかに写しだしたトルストイの自伝小説.

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この作品はトルストイ自伝三部作の2作品目に当たります。

前作『幼年時代』ではタイトル通り、幼い男の子の幸福な生活が描かれ、愛に包まれた美しき思い出が語られました。

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そして今作ではその男の子が新たな段階へ成長していく過程が描かれます。

こうしてお話ししていくと、前作に続いてほのぼのしたストーリーが展開されるかと思いきやそこはトルストイ。ここからなかなかに強烈な展開になっていきます。

何かとんでもない事件に巻き込まれてしまうのでしょうか、それとも波乱万丈な人生が始まっていくのでしょうか。

いえいえ、そんなことはありません。

主人公の少年を取り巻く環境は裕福な貴族としては平凡そのもの。ありきたりな貴族の定番の生活です。

ですが、これがトルストイにかかるとまったく平凡どころではないストーリーと変身してしまうのです。

なぜ彼にはそんな離れ業が可能なのでしょうか。

それこそトルストイの圧倒的な自我の強さにその秘密がありました。トルストイの信じられないほどの感受性、繊細さ、敏感さは「当たり前の生活」を吹き飛ばすほど強烈です。

幼年時代から少年時代を経て、主人公にもそんなトルストイ流の強烈な自我が芽生えていきます。

この強烈な自我、驚異的な感受性がこの作品には充満しています。

その一例として兄ボロージャに対して主人公の少年が感じた箇所を紹介します。

私を何より苦しめたのは、ボロージャが私を理解しているのに、それをかくそうとつとめている―と時たま私には思えた―ことであった。

兄弟、親友、夫婦、主従など、たえず一緒に生活している人々の間で、ことに、その人たちが完全にはうちとけあっていない場合、目につかない微笑、動作、視線にあらわれる、微妙な暗黙の関係に、気づいたことのない人はあるまい。おずおずとためらいがちに目と目が会ったとき、たった一つのふとした視線に、理解されたい―という、ことばで言いつくされていない願いや、思いや、恐れが、どれほどこめられていることだろうか!

しかし、あるいは、私の度をこした感受性と分析癖が、こういった点で私をあざむいていたのかもしれない。もしかすると、私が感じていたことを、ボロージャは全然感じていなかったのかもしれない。かれは激情的で、率直で、熱しやすく、さめやすかった。かれは種々雑多なものに熱中しながら、それに心底から没頭した。

岩波書店、トルストイ、藤沼貴訳『少年時代』2006年第9刷版P35

ここで少年自らが認めているように、「度をこした感受性と分析癖」がこの作品では何度も何度も出てきます。

これはトルストイ自身がまさにそうした性格の持ち主であることも大きな要因として挙げられます。

以前紹介した伝記『トルストイ』にもそのことは書かれていて、トルストイは生涯を通してこうした並外れた感受性と分析癖、真理探究の欲求を持ち続けていました。しかもそれは意図してなされたものではなく、彼固有の抑えがたい激情のようなものだったというからなおさら強烈です。あまりにも規格外。

そんなトルストイ自身のメンタリティーが反映されているのがこの少年であるが故に、やはりこの小説もかなり強烈なものとなっています。

最後に、この小説の中でも最も有名な箇所を紹介します。

読者のみなさん、あなたたちは人生のある時期に、それまで見ていたすべての事物が、まるで不意に別の、未知の面を向けたように、自分のものの見方がすっかり変わってゆくのに、気づかれたことがあるだろうか?そういった種類の精神的変化が、私たちの旅行のときにはじめて私の中に生じた、そこで私は自分の少年時代のはじまりを、この旅行からと見るのである。

私の頭にはじめて、この世に生きているのは私たち、つまり、私たちの家族だけではないし、すべての利害が私たちにまつわりついているわけでもなく、私たちと何ひとつ共通点をもたず、私たちのことを気にかけず、私たちの存在を知りもしない人々の別の人生があるのだ、という考えが現われた。たしかに、私はこういったことを全部、以前から知っていた。しかし、今それを知ったのとは違ったかたちで知っていた、つまり、自覚していなかった、感じとっていなかったのである。

岩波書店、トルストイ、藤沼貴訳『少年時代』2006年第9刷版P30

幼年時代から少年時代へ。

その微妙ながら絶大な変化を巧みに捉えたのがこの作品です。

岩波書店版は挿絵も入っていて、文字も比較的大きめですので読みやすさという点でもおすすめしたいです。

以上、「トルストイ『少年時代』あらすじと感想~強烈な自我が目覚め始める瞬間を絶妙に捉えた名作」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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