小針由紀隆『クロード・ロラン 一七世紀ローマと理想風景画』あらすじと感想~ドストエフスキーも愛したアルカディア(理想郷)絵画の大家
小針由紀隆『クロード・ロラン 一七世紀ローマと理想風景画』概要と感想~ドストエフスキーも愛したアルカディア(理想郷)絵画の大家
今回ご紹介するのは2018年に論創社より発行された小針由紀隆著『クロード・ロラン 一七世紀と風景画』です。
早速この本について見ていきましょう。
その風景は西欧の理想となった──。カンパーニャを愛し、「誰の目にも美しい」牧歌的な情景を描き続けたクロード・ロラン。自然の探求から「理想風景画」の基盤をつくった画家を軸に、17世紀風景画の成立と展開、そして18世紀自然主義との関連を描き出す。詳細な註と100枚以上の図版を掲載した欧米研究に比肩する専門書。詩情溢れるロラン絵画の世界を堪能できる。
17世紀、多くの古代遺産と温和な自然に恵まれたローマとその近郊で育まれ、その後2世紀にわたって画壇に大きな影響を及ぼし続けた理想風景画。それは、クロード・ロラン(1604/05-1682)のカンパーニャにおける自然研究を基礎にして発展した。画家の描き出す詩情性を持った風景は、後の自然主義、印象派へとつながる絵画史に、いわば触媒のように作用していったのである。ロランを主軸にしつつも、あくまで「風景画論」として、同時代のカラッチ、ドメニキーノ、エルスハイマー、ブリル、タッシ、プッサン、デュゲ、ローザ、19世紀前半のヴァランシエンヌ、ミシャロン、コロー、ターナーなど、多くの画家たちについても考察を加える。
Amazon商品紹介ページより
この本は17世紀以降のヨーロッパの絵画界に巨大な影響を与えた巨匠クロード・ロランの作品の魅力に迫る作品です。
クロード・ロランは17世紀にイタリアで活躍した画家で、後のヨーロッパ美術界に決定的な影響を与えた存在です。
クロード・ロランの理想風景画(過去の理想郷 アルカディアを題材)はイタリア旅行に来たヨーロッパ人を魅了しました。その影響はその後も絶大で、あのドストエフスキーもクロード・ロランの絵に強い関心を抱いていました。その影響は特に彼の晩年の長編『未成年』に見ることができます。
クロード・ロランがヨーロッパに与えた影響について、わかりやすくまとめられたものが木村泰司著『印象派という革命』にありますのでここで紹介します。
イギリス式庭園とも呼ばれるように、風景式庭園はイギリス発祥の庭園様式である。その着想源となったのが、ニコラ・プッサンのローマでの親友であったロレーヌ出身の画家クロード・ロラン(口絵4/1600~82)の作品なのだ。
クロード・ロランが確立したジャンルは「理想的風景画」である。彼は現実的な風景ではなく、秩序立てた構図を踏まえたうえで自由に構成し、古典文学の世界で神々と人間が混在していた時代の理想郷アルカディアを描いた。そして古典文学や聖書を主題にして歴史画の衣をまとわせ、格調高い絵画世界を創造したのである。
彼が描いた叙情的な作品は、ローマ教皇やスぺインのフェリぺ4世(在位1621~65)などヨーロッパの上流階級で愛好された。特に、グランド・ツアー(17~18世紀末までイギリスの上流階級の子弟に対する教育の最終仕上げとして行われた、ヨーロッパ大陸の大修学旅行)でイタリアを訪れ、イタリアに憧れたイギリス人に大人気となったのだ。そして、風景画の規範としてのクロード・ロランの影響は、フランスやイギリスの後世の風景画家たちに脈々と受け継がれていく。イギリスのジヨゼフ・M・W・ターナー(1775~1851)も、深くクロード・ロランに傾倒したことで知られている。
親友のプッサン同様に、フランス古典主義の立役者となったクロード・ロランの影響力は絶大で、19世紀になってもアカデミーにとって「風景画の規範はクロード・ロラン」だったのだ。近代的な価値観とアプローチで風景を描いた印象派への反動として表れることになる。
本来、フランス絵画における風景画の規範は、同じクロードでも印象派のモネではなくロランなのだ。
集英社、木村泰司『印象派という革命』P70-71
グランド・ツアーについては以前紹介した中島俊郎著『英国流 旅の作法 グランド・ツアーから庭園文化まで』に詳しく説かれていますが、クロード・ロランの影響はとてつもないものがありました。
今回ご紹介している小針由紀隆著『クロード・ロラン 十七世紀と風景画』 はそんなクロード・ロランの絵画の美しさや理論について詳しく見ていきます。ですのでクロード・ロランの伝記や画集的な本ではありません。著者はあとがきで次のように述べています。
本書を執筆するにあたって、わたしは一つの選択に迫られていた。風景画家クロード・ロラン論を書くのか、一七世紀ローマで創出された理想風景画論を書くのかという選択である。結果としてわたしは、後者を選ぶことにした。(中略)
クロードは変化してやまない自然のありさまを誰よりも深く知りたいと欲した画家であった。自然からの素描を繰り返す彼は、自然の中での観察・知覚・記憶が想像力をかきたて、アトリエで制作する油彩画に活力を与えうると考えていたに違いない。こうしたことを種々思いめぐらせるうちに、クロードの自然研究が、理想風景画の基盤をつくり、かつ後世の風景画家たちに自然研究のあり方や写生地を示唆したのではないかと考えるようになった。いきおい本書の構成は、ローマだけでなくカンパーニャ全域に広がり、一九世紀の油彩風景スケッチを組み入れることになった。読者の間から、クロードの個人史を逸脱しない方がよいのではという意見が聞こえてきそうだが、クロードの自然からの素描は一九世紀の美術現象と結びついて初めて適切に理解できるように感じている。
論創社、小針由紀隆『クロード・ロラン 十七世紀と風景画』P246-7
ここで著者が述べるように、この本はクロード・ロランの生涯を細かく追っていくのではなく、彼の理想風景画がどのように生まれていったのか、どこにその特徴があるのかということを解説していきます。
クロード・ロランの美しい風景画の源泉はどこにあったのかということを先人の絵なども参考にしながら見ていくのはとても興味深かったです。やはり先人の切り開いた道があったからこそ、新たな道が生まれてくるということを感じることができました。
クロード・ロランの画集的な本ではないので入門書としてはおすすめしにくいですが、もっと彼のことを知りたいという時にこの本はおすすめです。
画集としては以下の『イタリアの光―クロード・ロランと理想風景』がおすすめです。
こちらは1998年に国立美術館で開催された特別展「イタリアの光―クロード・ロランと理想風景」の画集になります。
この本に掲載されている作品はこの展覧会で展示された絵のみになりますので上に紹介した「アキスとガラテイアのいる風景」などの有名な作品は掲載されていませんが、クロード・ロランの特徴を知れるたくさんの絵画を見ることができます。
しかも時代順に解説付きで掲載されているので彼の作風の変化なども感じながら楽しむことができます。入門にはこちらの本がおすすめです。
クロード・ロランはドストエフスキーも好んでいた画家なので私個人としても彼のことを学べたのは非常に興味深かったです。
以上、「小針由紀隆『クロード・ロラン 一七世紀ローマと理想風景画』ドストエフスキーも愛したアルカディア(理想郷)絵画の大家」でした。
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