ひのまどか『ベートーヴェン―運命は扉をたたく―』あらすじと感想~ベートーヴェンの生涯を知るのにおすすめの伝記!
ひのまどか『ベートーヴェン―運命は扉をたたく―』あらすじと感想~ベートーヴェンのおすすめ伝記
今回ご紹介するのは1982年にリブリオ出版より発行されたひのまどか著『ベートーヴェン―運命は扉をたたく―』です。私が読んだのは1999年第18刷版です。
この作品は「作曲家の物語シリーズ」の第3巻目にあたります。このシリーズと出会ったのはチェコの偉大な作曲家スメタナの生涯を知るために手に取ったひのまどか著『スメタナ』がきっかけでした。
クラシック音楽には疎かった私ですが この伝記があまりに面白く、「こんなに面白い伝記が読めるなら当時の時代背景を知るためにももっとこのシリーズを読んでみようかな」と思い、この 「作曲家の物語シリーズ」 を読むことにしたのでありました。
この作曲家の物語シリーズについては巻末に以下のように述べられています。
児童書では初めての音楽家による全巻現地取材
読みながら生の音楽に触れたくなる本。現地取材をした人でなければ書けない重みが伝わってくる。しばらくは、これを越える音楽家の伝記は出てこないのではなかろうか。最近の子ども向き伝記出版では出色である等々……子どもと大人が共有できる入門書として、各方面で最高の評価を得ています。
リブリオ出版、ひのまどか『ベートーヴェン―運命は扉をたたく―』1999年第18刷版
一応は児童書としてこの本は書かれているそうですが、これは大人が読んでも感動する読み応え抜群の作品です。上の解説にもありますように「子どもと大人が共有できる入門書として、各方面で最高の評価を得ています」というのも納得です。
ほとんど知識のない人でも作曲家の人生や当時の時代背景を学べる素晴らしいシリーズとなっています。まさしく入門書として最高の作品がずらりと並んでいます。
そして今回ご紹介する『ベートーヴェン―運命は扉をたたく―』もやはり素晴らしかったです。
ベートーヴェン(1770-1824)はドイツのボン生れの作曲家です。
ベートーヴェンといえば、やはりこれですよね。
交響曲第5番「運命」は誰しもが知る名曲ですよね。
そして当ブログでも以前紹介した栁澤寿男著『バルカンから響け!歓喜の歌』という本の中でもベートーヴェンの交響曲第9番が取り上げられていました。
ベートーヴェンの交響曲第9番は毎年年末のコンサートで演奏されることでも有名です。
そしてこの交響曲にはドイツの偉大な詩人シラーの『歓喜に寄せて』が用いられています。
当ブログではドストエフスキーについてこれまで更新を続けていますが、ドストエフスキーもこの『歓喜の歌』をとても好んでおり、あの『カラマーゾフの兄弟』にも影響を与えるほどでした。そのことについては以前投稿した「シラー『群盗』あらすじ解説―ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』に強烈な影響!」の記事でもお話ししています。この記事では直接『歓喜に寄せて』については言及していませんがシラーとドストエフスキーのつながりについてお話ししていますので興味のある方はぜひご覧ください。
そしてこのベートーヴェンも自らの音楽を完成させるためにドイツの偉大なる詩人シラーの言葉を楽曲に取り込んだのでした。
また、この伝記の中で個人的に興味深かったのはベートーヴェンとゲーテとの交流でした。最初は互いによき理解者として親しんだもののその後にベートーヴェンが一方的にゲーテを嫌い絶交するというエピソードは非常に興味深かったです。ベートーヴェンの人となりがよく表れているように感じました。
また、この本で特に印象に残ったのは次の箇所です。これは天才の苦悩を端的に表した素晴らしい一節です。
ベートーヴェンは孤独だった。
だれもが自分をだまし、だれもが自分を理解しないとうらんだ。
―ロッシーニはたった数週間で書いた軽薄なオぺラでもって、あんなに大金をかせいだ。この私は三〇年以上もかけて交響曲を書き、はした金しか得られなかった。やめればよかった。《第九》をウィーンなんかで初演しなければよかった。人びとは自分が平凡であるがゆえに、平凡でない芸術を理解することができないのだ。もう自分の幸福を人まかせにすることはやめよう。裏切られ、不幸になるだけだ。
ベートーヴェンの怒りやうらみは、創作する人間がだれでもいだくものだった。
それも、まじめな芸術にとりくむ者ほど、大きく。
しかし、これはいたし方のないことだった。
ロッシーニの書くオぺラは娯楽であり、ベートーヴェンの書く交響曲は芸術なのだから。
むかしから、大衆は娯楽には気前よく金を払い、芸術には金をだししぶるものと、相場が決まっていた。
こうしたならいからいえば、《第九》ほどの偉大な芸術を完成させた彼が、孤独感や不信感に落ちこむのは当然のことだった。
ベートーヴェンよ、怒れよ怒れ、なげけよ、なげけ。《第九》に匹敵する金や宝石など、この地上にはないのだ。《第九》ほどの偉大な創作にたいする収支は、何百年、何千年かかろうと、決算されないのだ。
リブリオ出版、ひのまどか『ベートーヴェン―運命は扉をたたく―』1999年第18刷版 P216-217
これは音楽の世界だけでなく文学、美術にも当てはまることですよね。
天才たちは当時の人達が見たことも聞いたこともない、つまり理解のレベルを超えたものを生み出します。それが正当に評価されるようになるにはやはり時間が必要なのです。
発表後間もなく評価され称賛されるということは極々まれで、それはとてつもなく幸運なことなのだということを感じさせられます。天才の苦しみとは何なのかということをこの伝記では考えさせられます。
最後に、ベートーヴェンについて著者があとがきで語っている箇所を引用します。
私はこのべートーヴェンの伝記ものがたりを書くに当って、「人間ベートーヴェン」の姿を追求しようと決心した。
これまでの伝記やその類のもので、ベートーヴェンはひたすら崇高で偉大な人間につくりあげられてしまっている。初の伝記作家となったシントラーが、『偉人ベートーヴェン』に都合のわるい会話帳を片はしからすててしまって以来、この傾向は年とともに高まってきた。ベートーヴェンを偉大な人間にするために、特に甥のカールはどの本でも「不良少年」のレッテルをはられてきている。
しかし最近の徹底的な研究で、どうしようもなかったのはべートーヴェンの方で、まわりの人間は大なり小なり被害者であったことがはっきりしてしまった。そうした視点から見た「人間べートーヴェン」は、狂人に近いめちゃめちゃな人物である。愛情に飢え、孤独に苦しみ、耳の病のために常に人をうたがい傷つけずにはおかなかった弱い存在でもある。
そうした困った人間が、偉大な音楽を生みだすというところに、人間の神秘がある。
ベートーヴェンの音楽が持っている強さや迫力は、ごく普通の人間であったベートーヴェンが、さまざまな苦しみや絶望に痛めつけられ、打ちのめされ、それに耐えて立ち向かってくるところから生まれてきたのではないだろうか。ベートーヴェンの音楽を正しく理解するには、人間べートーヴェンの姿をできるだけくわしく知った方がよいと、私は思う。音楽をきけばきくほど、ベートーヴェンの生活を知れば知るほど、その音楽と、ベートーヴェンの喜びや苦しみが一致していることに気づいたからだ。
こうしたことにもっと早く気づいていれば、私は軽率に、「ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を弾きたい」などとはいわなかっただろう。ベートーヴェンを弾きこなすには、人生体験が山ほど必要なのだ。たとえベートーヴェンが体験したほど強烈なものではないにしても、それは多ければ多いほどよい。
リブリオ出版、ひのまどか『ベートーヴェン―運命は扉をたたく―』1999年第18刷版 P283-285
この伝記を読めばわかるのですがベートーヴェンはかなりめちゃくちゃな人間です。天才は日常生活においては完全なる不適合者であることが伝わってきます。
ですが、やはり人類史上屈指の天才は常人では想像もつかない偉業を成し遂げます。そんな天才の偉業がなされていく過程をこの本ではドラマチックに語っていきます。ものすごく面白いです。
この伝記も非常におすすめです。
以上、「ひのまどか『ベートーヴェン―運命は扉をたたく―』ベートーヴェンの生涯を知るのにおすすめの伝記!」でした。
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