目次
ハシェク『不埒な人たち』あらすじと感想~チェコの奇才ハシェクの傑作風刺短編集
今回ご紹介するのは2002年に平凡社より発行されたヤロツラフ・ハシェク著、飯島周訳の『不埒な人たち ハシェク風刺短編集』です。
早速この本について見ていきましょう。
本書は、中欧の古都プラハが生んだ文学的奇才ヤロスラフ・ハシェク(Jaroslav Hašek 一八八三-一九ニ三)の、千数百におよぶ短編作品の中から、適宜に選んだ二十五編を訳出したものである。いずれも風刺が利いており、本質的に短編の名手であったハシェクの特徴を、ある程度味わっていただけると思う。
この作家の名前を不朽にしたのは、もちろん大作『よき兵士シュヴェイクの世界戦争中の運命(Osudy dobrého vojáka Švejka za světové války )』(以下『シュヴェイク』と略す)である。この作品に一貫して流れる風刺と反逆の精神は世界各国で高く評価された。愚直なまでに命令を守り、その愚直さによって命令の愚かしさをあばく主人公シュヴェイクは、文学的人間像としてドン・キホーテやガルガンチュア・パンタグリュエルとしばしば対比される。さらにチェコの国民性の一表現ともみなされ、作者ハシェクと同一視するような考え方もある。ハシェクは本国では、同じく世界的作家カレル・チャぺックと並び称され、現在でも次々と作品の復刊・再刊がなされ、人気は衰えていない。
平凡社、ヤロツラフ・ハシェク、飯島周訳『不埒な人たち ハシェク風刺短編集』 P255
今作の著者ハシェクはこれまで紹介してきたカフカ、チャペックとほぼ同時代人です。
ここでハシェクのプロフィールを見ていきましょう。
ヤロスラフ・ハシェク(1883-1923)Wikipedia より
1883年、チェコのプラハに生まれる。 1898年プラハの薬種店に奉公に出た後、99年商業高校に入学。この年より短編作品を書きはじめる。1902年、スラーヴィェ銀行に勤めるが無断欠勤が続き、1年ほどで退職。以後、放浪生活を繰り返しながら、新聞・雑誌に寄稿。権力に対しては常に抵抗し、行い頃から無政府主義運動に参加、第1次世界大戦では召集されたが、その後軍から脱走、ロシアでのチェコ軍団参加、赤軍への転向など、政治的にも様々な変遷を見せた。 代表作『兵士シュヴェイクの冒険』(岩波文庫)の主人公シュヴェイクは、文学的人物像としてドン・キホーテやガルガンチュア・パンタグリュエルとしばしば対比され、また、チェコの国民性の一表現ともみなされている。100を超えるペンネームを用い、注文されれば何でも、注文されなくても何でも、という調子で作品を書きまくり、1923年に39歳で亡くなるまでに、確認されただけで千数百の短編を残した。 カフカ、チャペックと並んでチェコを代表する作家として、国内のみならず、世界中で愛され続けている。
平凡社、ヤロツラフ・ハシェク、飯島周訳『不埒な人たち ハシェク風刺短編集』
100を超えるペンネームを用い、作品を書きまくったというプロフィールはかなりインパクトがありますよね。
今回ご紹介する『不埒な人たち』はその中でも選りすぐりの短編を収録した作品となっています。
収録されている作品は以下の目次の通りです。
かなり多くの作品が収録されているのが分かると思います。
どれもさくっと読める内容、分量なので気軽に読むことができます。
これら短編の中でも私のお気に入りは『正真正銘の見世物興行』『卵を柔らかくゆでる方法』『幸せな家庭』の3作品です。
『正真正銘の見世物興行』は大衆がどんなものを本当に求めているのかということを風刺した作品で、かなり皮肉が効いている作品ですが、これがまたかなり奥深い魅力を秘めています。ぱっと流し読みしてしまえばすーっと通り過ぎかねない物語ですが、よくよく考えてみるとものすごいことをこの作品では述べています。
また、『卵を柔らかくゆでる方法』ではある紳士が叔母から送られてきた卵を柔らかく煮るために悪戦苦闘するという日常的かつ謎なストーリーなのですが、こちらはくすっと笑ってしまうようなユーモアが散りばめられた作品です。ハシェクのユーモアを味わうにはもってこいな作品でした。
そして『幸せな家庭』。これはかなりどぎつい風刺が特徴です。この作品ではある夫婦の日常が語られるのですがこれがまたなんとも切ない。最近チェコでは『幸せな家庭』誌が大流行で世の奥様方が皆これを読んで「幸せな家庭」を作ろうと奮起しています。その雑誌にはそれぞれの家庭に必要な指示が嵐のごとく吹きまくり、世のいたる所に幸せを広めているとのこと。ですが読んでいてわかるのですが、この雑誌の指示たるや突拍子もないものばかり。明らかに無意味なことが毎回毎回指示され、それを実行すれば幸せになれる、いやこれがなければ私は幸せではないと信じ込み奥様方は日夜せっせと指示を実行しているのでありました。幸せとは何かを考えさせられる恐るべき風刺です。かなり強烈な作品です。
今回紹介したのは収録されている3作品のみですが他にもまだまだ面白い短編は山ほどあります。チェコの作家の短編集といえば『カフカ短編集』 が思い浮かぶ方が多いかもしれませんがこの本も決して負けていません。
気軽に手に取りやすい短編集となっていますのでぜひおすすめしたい作品です。
以上、「ハシェク『不埒な人たち』チェコの奇才ハシェクの傑作風刺短編集」でした。
Amazon商品ページはこちら↓
不埒な人たち: ハシェク風刺短編集
次の記事はこちら
あわせて読みたい
薩摩秀登『プラハの異端者たち』あらすじと感想~15世紀プラハのヤン・フスによる宗教改革について学ぶ...
ヤン・フスは1517年のルターの宗教改革に先立つことおよそ100年前にプラハで宗教改革を始めた人物です。この本ではそんなフスの宗教改革の内容やその前後のチェコの歴史を詳しく見ていきます。
前の記事はこちら
あわせて読みたい
悪意ある人はなぜ悪口や詭弁、誹謗中傷を利用するのか~その仕組みと対処法とは!チェコの天才作家チャ...
この記事では悪意ある人間がいかにして悪口や誹謗中傷を利用して敵をやっつけようとするのかを見ていきます。
最近、誹謗中傷の問題がどんどん大きくなってきています。
悪口や誹謗中傷から自分の身を守るためにもとてもおすすめな内容です
関連記事
あわせて読みたい
チェコの天才チャペックのおすすめ作品一覧~チェコ文学はカフカのみにあらず!
チェコ文学はカフカのみにあらず。
恐るべき人物がここにいました。
カレル・チャペックの作品は衝撃の面白さです。
『ロボット』『山椒魚戦争』『白い病』など、この記事ではそんなチャペックのおすすめ作品を紹介していきます。それぞれのリンク先でより詳しくお話ししていきますのでぜひそちらもご覧ください。
あわせて読みたい
チャペック『山椒魚戦争』あらすじと感想~ナチスを風刺した驚異の作品!科学技術は人間を救うのか?現...
普通、SFもののスリリングな展開なら宇宙人とか怪物、機械などもっと恐ろしいものを選びますよね。ですがチャペックは一味違います。何と言っても山椒魚。正直ちょっとかわいいくらいの存在です。ですがチャペックの筆にかかるとその不気味さは宇宙人や怪物をはるかに超えてきます。そしてナチズム、全体主義に対する批判もこの作品には込められています。
あわせて読みたい
チャペック『マクロプロスの処方箋』あらすじと感想~不老不死は幸せ?人間の根本問題を問う傑作!
素晴らしい素晴らしい素晴らしい!
これぞチャペック!
今この本が出版された意味はとてつもなく大きいのではないでしょうか!
なんたる読後感!!あぁ!!
とにかくすごいです。これは仏教書としてもぜひ推薦したいです。読めばわかります。凄まじい作品です。
私はカフカも好きですが正直チャペックにはとにかく驚かされました。「こんなすごい人がチェコにいたのか!」と度肝を抜かれたほどです。ぜひこの偉大な作家の素晴らしい作品を知って頂けたらなと思います。
あわせて読みたい
チャペックおすすめ作品『ロボット(R.U.R)』あらすじと感想~ロボットの語源はこの作品!衝撃の面白さ!
私は時間も忘れて一気に読んでしまいました。これほどの作品に出会えるのはなかなかありません。これは名作中の名作と言っても過言ではありません。凄まじい作品です。
私はカフカ作品も好きですが、正直、このチャペックには参ってしまいました。ジャンルは違いますが『変身』と比べてもまったく遜色ない位素晴らしい作品だと思います。
あわせて読みたい
チャペック『絶対製造工場』あらすじと感想~氾濫する「絶対=神」が世界を崩壊させる?ドストエフスキ...
チャペックはこの作品でドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の「大審問官の章」を意識しています。「大審問官の章」は神の絶対性や真理と人間の問題をこれ以上ない位に鋭くえぐり出しています。『カラマーゾフの兄弟』を読んだ方ならきっと驚くと思います。前回の記事で紹介した『ロボット』も驚くべき作品でしたがこの作品も衝撃的でした
あわせて読みたい
飯島周『カレル・チャペック 小さな国の大きな作家』あらすじと感想~チェコの天才作家チャペックを知れ...
この作品はチェコを代表する作家チャペックのことを知るには最適です。「ロボット」という言葉の生みの親である彼の生涯や思想、作品をわかりやすく解説してくれます。
チャペック作品と合わせてこの本を読むことでよりチャペック作品を楽しむことができます。
とてもわかりやすく、読みやすい本ですのでおすすめです。
あわせて読みたい
『カレル・チャペックの闘争』あらすじと感想~ジャーナリスト・チャペックのファシズム・共産主義批判...
チャペックは作家としてだけでなく、ジャーナリストとしての顔もありました。 そして彼は第二次世界大戦直前、ナチスに呑み込まれゆくチェコを憂い、筆で抵抗を続けました。 この本ではそうしたチャペックのファシズム批判や共産主義批判を読むことができます。
あわせて読みたい
ローラン・ビネ『HHhH』あらすじと感想~ナチス占領下プラハでのナチ高官暗殺作戦を描く傑作小説!
この作品も非常におすすめです!歴史を学ぶために手を取ったこの作品でしたが、そもそも小説としてのクオリティーが尋常ではありません。刺激的で面白い小説をお探しの方にもかなりぐっとくるものがあると思います。暗殺シーンや最後の戦闘シーンなんてもう映画のようです。手に汗握る描写です。これはぜひとも体感して頂きたいです。
あわせて読みたい
大鷹節子『チェコとドイツ 愛と憎しみの関係』あらすじと感想~大国ドイツとチェコの複雑な関係とは
この本はとにかくショッキングでした。ドイツに対する見方が変わりました。いや、国際政治の恐ろしさそのものを改めて感じたと言えるでしょう。
プラハの苦難の歴史を知れるだけでなく、国際政治を考える上でも非常に素晴らしい作品です。ぜひぜひおすすめしたい一冊です。
あわせて読みたい
カフカおすすめ作品一覧~プラハが生んだ天才作家の魅力をご紹介!
「プラハといえばカフカ」というくらい、カフカは有名な作家ですよね。
彼の代表作『変身』は世界中で最も読まれた小説のひとつと言うことができるでしょう。私もカフカの不思議な世界観が大好きです。
この記事ではそんなカフカのおすすめ作品とカフカをもっと知るためにおすすめの解説書をご紹介します。
コメント