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高木徹『ドキュメント 戦争広告代理店』あらすじと感想~メディアの絶大なる影響力!知られざる紛争の裏側とは

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高木徹『ドキュメント 戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争』概要と感想~メディアの絶大なる影響力!知られざる紛争の裏側とは

今回ご紹介するのは2005年に講談社より発行された 高木徹著『ドキュメント 戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争』 です。

早速この本について見ていきましょう。

「情報を制する国が勝つ」とはどういうことか―。世界中に衝撃を与え、セルビア非難に向かわせた「民族浄化」報道は、実はアメリカの凄腕PRマンの情報操作によるものだった。国際世論をつくり、誘導する情報戦の実態を圧倒的迫力で描き、講談社ノンフィクション賞・新潮ドキュメント賞をW受賞した傑作!

Amazon商品紹介ページより

書名からして刺激的なこの一冊ですが、その内容もかなり強烈です。

上の本紹介にもありますように、ボスニア紛争においてはアメリカのPR会社が背後で絶大な影響を与えていました。

巻末の解説ではこのことについて次のようにまとめられています。

ボスニア紛争では、伝わってくる一つ一つの事象の情報からだけでは、どちらの勢力に責があるとも判断し難かった。それにもかかわらず、事実を解釈する報道や論評は「モスレム人=被害者」「セルビア人=加害者」という分りやすい善玉・悪玉論で塗り込められていった。それがユーゴスラビア連邦への経済制裁や国連追放、NATO軍によるセルビア空爆にまで結びつき、活況を呈するサラエボと停滞しどん底に沈むベオグラードというその後の生活となって、長期にわたる影響を及ぼすことになる。

なぜ国際世論はボスニア支援に雪崩を打って傾いたのか。いかにして国際紛争の「善玉」と「悪玉」がニュース報道の中で決まっていったのか。情報戦争の「勝者」と「敗者」はどこで分かれたのか。

講談社、高木徹『ドキュメント 戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争』 P395-396

ボスニア紛争には非常に複雑な背景があります。たしかにムスリム人側の被害は甚大でしたが、セルビア人側にも多くの犠牲者も出ています。紛争中、互いに村々を奪い合い、悲惨な争いが続いていました。

ですので上の解説にもありますように簡単に善玉悪玉を分けることは本来非常に慎重にならねばならない問題でした。

ですが現実にはセルビア側が民族浄化を繰り返す悪玉として一方的に報道されることになります。それによってセルビア側への厳しい措置につながり、紛争後もそれは尾を引いています。

どうしてそうなってしまったのか。

それこそこの本のタイトルにもあります「戦争広告代理店」の存在なのでした。

引き続き解説を読んでいきましょう。

タイトルも卓抜である。「戦争広告代理店」とあれば、これは手に取ってみる気にもなるだろう。読んでみれば期待以上のものが得られる。「情報操作とボスニア紛争」というサブタイトルとあわせれば、戦争と情報をめぐるありがちな告発ではないか、という先入観を持つ読者もいるかもしれない。しかしこの本はそういった類書とはまったく異なる。「情報操作」というと、政府機関や大企業のような特定の悪意ある主体が情報を捏造し世論を誘導する「デッチあげ」の類をめぐる調査報道と誤解されるかもしれないが、ここで描かれているのはそうではない。

まず、この作品で情報戦争の主体となっているのはアメリカの国務省でも機関でもない。あるPR企業の、一人の有能なビジネスマンに過ぎない。アメリカの大統領や議会は、できるだけ中立を保とうとしていながら、なおもボスニア支持に追い込まれていったのであり、情報操作をする側ではなく、操作される対象である。また、ハーフ(PR企業社員 ※ブログ筆者注)が行っていたのは、決して偽情報を流すことではない。徹頭徹尾事実のみを流す。嘘を流してもやがて発覚し、かえって窮地に立たされる。それぐらいの検証能力や自浄作用は欧米のメディアにはある。事実のうち自分のクライアントにとって有利な側面を、メディアと政界のキーパーソンにいかに効果的に届けるかが勝負となる。「悪意」があってやっていることでもない。あくまでも個別のビジネスの成功を目指しているだけである。成功とはクライアントに有利になるように国際世論を導き、大国の支援を勝ち取ることにほかならない。

「どこかに邪悪な意図を持つ陰謀の主体があって、それが情報を操作し人々を欺いて国際政治を動かしているのだ」というありがちな陰謀論と本書がまったく異なることは、改めて確認しておきたい。もちろん国際政治には情報の捏造や隠蔽が行われた例も存在する。それらを暴き糾弾するノンフィクション作品があってもいい。しかし高木徹がここで取り上げているのは、もっと微妙で、日常的に行われており、結果として重大な帰結をもたらしてしまう情報戦略の現場である。

講談社、高木徹『ドキュメント 戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争』 P 398-399

ここはかなり重要な指摘です。彼らはあくまでビジネスとして戦争に関わります。これは陰謀論などとも全く異なります。

では彼らPR会社はどのようにしてメディア戦略を実行していくのでしょうか。

ハーフが用いる情報戦略の手法はあくまで地道なものである。影響力のあるメディア関係者たちにたゆまず情報発信を続け、きめ細かに要望に応えて信頼を築く。クライアントの魅力を最大限引き出して世論に好印象を醸成し、それが議会と政府高官の意思決定に及ぶ瞬間を注意深く待つ。ひとたび高官から有利な発言を引き出せばそれを最大限宣伝して波及効果を狙う。

情報発信もただやみくもに行っているわけではない。「民族浄化エスニック・クレンジング」「強制収容所」といった、欧米社会にとっての「絶対悪」であるナチス・ドイツを想起させる用語を選択し、セルビア側に執拗にかぶせていく。モスレム人によるボスニア政府を「自由」「民主主義」といったアメリカの国家理念を共有するものとして押し出し、ついには流行りの「多民族国家」という概念まで持ち出してくる。この切り札をもっとも効果的な瞬間に切る離れ業によって、アメリカ世論の支持を引き寄せ、国際社会の趨勢を決定づける。

情報発信の積み重ねがある臨界点に達し、状況変化やさまざまな偶然が作用しあったとき、メディアや政界の当事者たちは、もはや新たな情報を提供するまでもなく、自発的に有利な情報を流してくれるようになる。有能で正義感にあふれたジャーナリストたちが、思い込みや虚偽の情報を疑うことなく利用するようになっていく。ハーフはそれらに直接は関与しないが否定もしない。最大限に利用するだけである。この段階になると誤報も含めた各種情報が相互に引証し支えあって「事実」と認定され、巨大な力となって政治や軍事を動かしていく。いったんその歯車が合ってしまえば誰にもその動きを止めることはできない。その「歯車が合った」瞬間をこの作品は見事にとらえている。

講談社、高木徹『ドキュメント 戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争』 P 399-400

こうしたPR会社の仕事を著者の高木徹はボスニア紛争の経過と共に鮮やかに描き出します。この本を読めば国際政治におけるボスニア紛争の流れも知ることができます。

そして解説ではこの本の意義について次のように述べています。こちらも非常に重要な内容ですので少し長くなりますが読んでいきます。

 『戦争広告代理店』はニ〇〇二年に、講談社ノンフィクション賞と新潮ドキュメント賞という、ノンフィクション界の大きな賞をニつも受けている。大宅壮一ノンフィクション賞までほとんどもらいそうになったが、さすがに三つ目まではという異論が出て逃したほどである(次作『大仏破壊』でこの賞をめでたく受賞している)。しかし私は、もっと大きな衝撃をもって受け止められてもよかったとすら思う。

著者が意図したかどうかは別にして、この作品は、日本のノンフィクション界が常道としてきた発想や論法をことごとく外している。そうすることによって画期的な成果を挙げたのである。

そもそも日本のノンフィクション界は国際政治を決定づける場面や瞬間をほとんど扱ってこなかった。そして、たまに国際問題に目を向けると、きわめて分りやすく単調で劇画的な善悪論や勧善懲悪論に流れてしまう。善玉とされるのは通常「発展途上国」「弱者」「被害者」「少数派」「中小企業」「消費者」といったものである。悪玉とされ糾弾されるのはほとんど常に「国家」や「大企業」であり、「先進国」そして何よりも「アメリカ」(あるいは「日本」)である。それらが裏で糸を引く「黒幕」と仮定され、その邪悪な意図と操作の手法を暴く、という分りやすい図式が用いられる。こういった日本のノンフィクションの常道からは、モスレム人(=犠牲者・少数派・弱者)がセルビア人(=邪悪な支配者・強者)の迫害を受けている、という図式はすんなり受け入れられるだろう。悲憤慷慨・糾弾調のルポルタージュを、適切な時期に提示すれば高い評価を受ける。

高木徹はそういった日本で求められる図式と手法を全く意に介さない。その代わりに、ジム・ハーフというPRのプロが、そういった通俗的で単調な善悪論に流れるメディアの特性を熟知して、クライアントを「善」として報じてくれるように仕向け、敵を「悪」の側に追いやっていった情報戦略の一大成功例として注目した。この視点からは、単調な善悪論に自足した日本のノンフィクション界は、国際的なメディア戦略を暴くどころか、むしろ操作され踊らされる側に属するとすら感じられてくる。『戦争広告代理店』の衝撃とは、そこまでの深い問いかけを含むものであり、むしろ「脅威」と認識されてもよかったはずだ。

しかしそういった重大さを認識した論評は、私の知る限りほとんどなかった。作品を評価しつつも情報操作とそれがもたらす不公正な帰結に対して著者に「もっと憤れ」と注文をつけたり、著者が日本の政府や企業の情報戦略の欠如を問う姿勢を訝しみ、「情報操作・隠蔽をしろとでも言うのか」と批判する、といった反応が往々にしてみられた。これらは『戦争広告代理店』という作品とそれが描き出した国際社会についての決定的な無理解から生まれる、大いに見当を外した評書というべきではないだろうか。そしてそういった評の存在こそが、現状の日本のノンフィクションの限界を露呈するものとも感じられてくる。

この本は、通常のノンフィクション書が想定している読者よりも広い範囲に読まれたようであり、それにふさわしい内容である。そしてさらに多くの、ほとんどノンフィクションや活字作品に触れたことのないような人にも読んでほしいと思う。(中略)

『戦争広告代理店』は日本人が目をそむけてきた国際社会の苛酷な現実を、冷静で率直な、無邪気なとすら評したくなるような爽快な文体で描いた。日本が否応なく国際的なPR合戦に巻き込まれ、判断と行動を迫られるに至ったとき、この本は幾たびも思い返されることになるだろう。

講談社、高木徹『ドキュメント 戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争』 P 401-405

私たちはわかりやすい善玉悪玉論に流されてしまいがちです。しかし、ものごとはそんなに単純ではありません。

特に、国際紛争の場ではその複雑さは想像を絶するものです。「こうだからこう」というのが通用しない世界です。

この本ではそうした世界の複雑さを知ることができます。そしてそんな世界においてメディアによるPR戦略がいかに重要であるかも知ることになります。

私たちが日々目にしているニュースというのはそもそもどんなものなのか。どんな意図があってそのニュースは流れているのか。

そもそもニュースとして私達に届けられるというのはとてつもない選別を通して行われることなのです。

知らないことは存在しないことと同じ。知られなければ無視されるのと同じ。

この本は私達が日々接しているニュースそのものについても考えさせられる一冊となっています。

この本では単純な善玉悪玉論の危うさを語っていますが、もちろん、セルビア人側の暴力行為が正当化されているというわけではありません。

私も2019年にボスニアを訪れ、紛争を経験したガイドさんにサラエボ包囲戦やスレブレニツァの虐殺のお話を聞かせて頂きました。

単純な善玉悪玉という分け方はないにしても、やはりそこには暴力によって多くのものを失った人たちの苦しみがあります。

単純に善玉悪玉論で考えてしまうのも間違いですが、「善玉も悪玉はない。どちらも暴力を行っていた」と割り切って終わりにしてしまうのも何か危険を感じてしまいます。

この問題の難しさはいつも感じてしまいます。紛争の複雑さをこの本ではものすごく目の当たりにすることになります。

ぜひ皆さんにも手に取って頂きたい一冊です。とても読みやすい本です。著者の語り口にぐいぐい引き込まれます。上の引用にもありましたように『 大仏破壊 ビンラディン、9.11へのプレリュード』 も非常に面白い一冊です。

どちらもとてもおすすめです。

以上、「高木徹『ドキュメント 戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争』メディアの絶大なる影響力~知られざる紛争の裏側」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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