牛車と乗馬体験とツアーの裏側―ガイドさんの心の底からのお話 キューバ編⑮

キューバ編

牛車と乗馬体験とツアーの裏側―ガイドさんの心の底からのお話 僧侶上田隆弘の世界一周記―キューバ編⑮

農家さんの小屋での食事を終え、まったりとした時間を過ごす。

都会を離れた静かな農村。さらさらと流れていく優しい風が心地よい。

穏やかな農村の風景に心が癒される。

左側3人がぼくをおもてなししてくれた農家さん一家、そして一番右の方がガイドさんだ。

みなさんとても陽気な方で親切な方達だった。

そして農家さんの家から次の目的地へ。

するとガイドさんがこう言いだした。

「さあ、冒険ですよ」と。

なんのことかさっぱりわからなかったけれども、ちょっと歩いてまさかのものを発見。

牛車である。

そう。これに乗ってしばらく移動するとのことだった。

初めての牛車。

悪路のせいもあるがものすごく揺れる。お尻が痛い。でもなんかいい気分。

坂道だったり泥道だったりでこぼこ道だったり、ひとつひとつがアドベンチャー。

ものすごい揺れが来る度にがらにもなく声を出して楽しんでいる自分がいた。

どうやら少しずつキューバに順応してきているようだ。

農家さんにとっては日常かもしれないが、観光客にとっては特別な体験。

よく考えられたツアーだなと感心する。

20分ほど牛車に乗ったあと、車と合流し次の目的地へと向かう。

さてさて、次の目的地が今日のツアーのラストだ。

旅のラストは乗馬!

ビニャーレスの雄大な景色を眺めながら馬に乗る。

ローカルなものを見れるのも魅力ではあったが、何よりもこれが楽しみでぼくはこのツアーを予約したのだ。

ただ驚いたのは特に説明やレッスンもなく、いきなり「はい、乗ってください!」と、言われるがまま乗りそのままスタートするというワイルドな展開だったこと。

ぼくは何度か馬に乗ったことがあったからまだよかったが初めての人だったらかなり慌てると思う。

なにせ乗ってすぐ自分で馬を動かさなければならない。

日本だったら最初はガイドさんが馬の手綱を持って誘導してくれたり説明してくれたりするのだがさすがはキューバ。日本の常識は通用しない。

ぼく達の他には誰もいない雄大な景色を馬上から楽しむ。

ビニャーレスの山々も目と鼻の先だ。

馬の上にいるともちろんだが普段とは目線が全くちがう。見える世界がまったく変わってくる。

そして馬の歩く歩調を感じながらバランスを取り、進んで行く。

背筋を伸ばし、爽やかな風を全身に受けながらの乗馬は最高に気持ちのよいものだった。

思えばぼくの旅のスタートはアフリカ・タンザニアの大自然から始まった。

そこから宗教の聖地を巡り、民族紛争で傷付いた国を巡ったり、資本主義の中心アメリカにも訪れたぼくの旅。

そしてその旅の終わりはキューバの大自然での乗馬。

大自然で始まり大自然で終わるというのは宗教の聖地を訪ねる旅においてはなんとも不思議なものではあるが逆に感慨深いというものだ。

そこから始まりそこへと帰っていくのだということを暗に示しているのかもしれない。

乗馬を終える頃にはスコールの気配。

車に戻る頃にはものすごいスコールに遭った。ぎりぎり間に合って本当によかった。

キューバに帰る車中、ぼくはガイドさんに今日のツアーは本当に素晴らしかったですと感謝の言葉を伝えた。

そしてそれに対しガイドさんはこう答えてくれた。

「ここは素晴らしい景色だったでしょう?私もこの景色を愛しています。ピースフルな景色です。

そして隆弘さん(筆者)、日本に帰る前にぜひ知っていってもらいたいことがあります。」

ガイドさんは真剣な顔でぼくに向けて話し出した。

「私の叔父は医者です。

でも、貧しいです。給料は3500円ほどです。

政府から支給される食べ物はわずかなので、農家である私が食べ物をあげたりしてなんとか生活をしています。

足りない分を買うお金すら叔父にはないのです。お医者さんなのに。

また、私たち農家は税として収穫の90%を政府に納めます。

作物の90%は政府に、そして残りの10%は自分のものということになります。

以前、例年にない不作に襲われた年がありました。

私はその時本当に飢えていました。しかも収穫したわずかの作物も90%は政府に納めなければなりません。

だから仕方なく、飼っていた牛を食べようとしたのです。

私たちにとって大切な牛です。できることなら犠牲にしたくはありませんでしたが、それほど飢えていたのです。私たちは。

ですが、それも許されませんでした。

牛も政府のものだからです。

政府はいくら私たちが飢えていても勝手に牛に手を出してはいけないと言うのです。

これはおかしいでしょう?

飢えているのに何も自由にできない。

作った作物も90%取られていく。

牛は政府のものじゃない!私たちのものだ!」

ガイドさんのお話に熱がこもっていく。ぼくも前のめりでその話に耳を傾け続ける。

「私は幸運です。

こうしてガイドをすることができています。

私の会社のボスはとてもいい人です。

私たちの住む村のために仕事を与えてくれます。

私と同じような農家と兼業のガイドがこの辺りの村には何人もいます。

そういう人たちに仕事を分け与え、ローカルな所に観光客を呼び、農家の助けになるようにしてくれているのです。

先程あなたは葉巻とコーヒー豆を買ってくださいましたね。

そのことは私たちにとって本当に助かることなのです。

私たち農家にとって、10%の作物がどうなるのかというのは本当に死活問題なのです。

かつてはその作物も高値で売れることもなく、泣き寝入りの状況でした。

しかしボスがツアー会社を立ち上げたことで、作物を直接外国人観光客の方達に買ってもらうことができるようになりました。

だからあなたがこうしてここまで来てくれたことはとても助かることなのです。

ここまで来てくれて本当にありがとうございます。

そして日本の皆さんにもぜひこのことを伝えてください。」

なるほど・・・だからあの時農家さんはあんなにも喜んでくれたんだ!

ぼくが葉巻とコーヒー豆を買っていきたいと言った瞬間の彼らの弾けるような笑顔は忘れられない。

そうか・・・そういう背景があるからこそのあの笑顔だったんだな。

農家さんたちにとって10%の作物がどうなるのかは死活問題なんだ。

90%が税として消え、飢えで苦しんでいても農家は食べ物を差し出し続けなければならない・・・

やはり都会と田舎は違う。

当たり前だけどその当たり前がどこかに消えてしまってキューバを一括りにしてしまう。

「キューバ人はみんな陽気で人生を楽しんでいる」と。

たしかにここで出会った人たちも陽気だった。人生を楽しむということも彼らは口にしていた。

でも都会の人たちとは少し違う、闇を抱えているような気がした。

ガイドさんのお話はソ連崩壊後の物資不足の時代の話とのこと。アメリカの経済封鎖によってキューバ政府も生産農家に対して余裕のある対応ができなくなってしまったのかもしれない。

カストロの革命によってたしかに国民の生活水準は向上した。

しかしソ連の崩壊後こうしてまた国民の間には様々なひずみが広がっている。

ハバナは首都でありキューバにおける一大消費都市だ。田舎とは違い食べ物から娯楽から何から何までそろっている。(田舎と比べてではあるが)

そこに暮らしている人と農村で暮らしている人ではやはり見えてくる世界も違ってくるし考え方も変わっていくだろう。

もちろんハバナに住む人たちにも心に抱える闇はあるだろう。しかしぼくはハバナにいた時それを感じることはできなかった。彼らの底抜けの陽気さにぼくは度肝を抜かれるばかりであったのだ。

しかし農家さんの小屋を訪ねる今回のローカルツアーでは、ぼくはこれまでとは違ったキューバの姿に触れることになった。

キューバ人の陽気な姿の中から時折ちらりと見え隠れする現実の重い闇・・・

車窓から見えるキューバの濃い緑の景色を眺めながらぼくはもの思いに耽り、キューバ最後の日程を終えていくのであった。

明日はいよいよ帰国だ。

80日にも及ぶぼくの旅が、いよいよ終わりを迎える。

続く

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