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松岡和子『深読みシェイクスピア』あらすじと感想~翻訳・演劇の奥深さ、そして役者の力に驚くしかない名著!

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松岡和子『深読みシェイクスピア』概要と感想~翻訳・演劇の奥深さ、そして役者の力に驚くしかない名著!

今回ご紹介するのは2016年に新潮社より発行された松岡和子著『深読みシェイクスピア』です。

早速この本について見ていきましょう。

私の翻訳は、稽古場で完成する――。松たか子が、蒼井優が、唐沢寿明が、芝居を通して教えてくれた、シェイクスピアの言葉の秘密。それは、翻訳家の長年の疑問を氷解させ、まったく新しい解釈へと導いてくれるものだった。『ハムレット』『マクベス』『リア王』『ロミオとジュリエット』『夏の夜の夢』……。訳者と役者が名作の知られざる一面へと迫る、深く楽しく発見に満ちた作品論。

Amazon商品紹介ページより

この本は筑摩書房のシェイクスピア全作品翻訳で有名な松岡和子氏による作品です。

松岡和子氏の作品については以前「松岡和子『すべての季節のシェイクスピア』~シェイクスピア演劇の奥深さ、楽しさを学べる珠玉のエッセイ集!」の記事でも紹介しました。

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松岡和子『すべての季節のシェイクスピア』あらすじと感想~シェイクスピア演劇の奥深さ、楽しさを学べ... 私はこの本を読んでいて、そのシェイクスピア演劇の奥深さと言いますか、無限の幅を感じました。「あ、ここはそう理解していけばいいのか!」「なるほど、ここはそうやって作られていったのか!」「え?そこからそういう解釈の演劇もありなんだ!」という目から鱗の発見がどんどん出てきます。

私はこの本を読んで「もっと松岡さんの本を読んでみたい」強く思い、本書『深読みシェイクスピア』を手に取ったのでした。

そしてこの本もものすごかった・・・!正直、シェイクスピアに対する見方がまたぐっと変わっていくほどのものでした。

そしてタイトルにも書きましたが、何より超一流の役者さんたちの凄まじさたるや!私は以前から役者さんに対する憧れ、尊敬の念があったのですがこの本を読んでますますその思いが強くなりました。

この本の最初のテーマは『ハムレット』なのですが、そこで語られる松たか子さんのエピソードはいきなり私の度肝を抜くものでした。著者の松岡さん自身も「血が逆流するって、あるのね。あれは私の翻訳家人生における最大の衝撃のうちのひとつだったと同時に、役者に対する敬意が頂点に達した瞬間です」と本書で述べていました。

せっかくですのでその一部分をここで紹介したいと思います。

オフィーリアはノーブルか?

―オフィーリアが彼女らしくない言葉を使う。自分の言葉というよりも、むしろ父親である宰相ボローニアスの文体がオフィーリアの台詞には感じられると、以前エッセイにお書きになっていましたね。それは具体的に言うと、どういうところなのでしょうか?

『ハムレット』の三幕一場、いわゆる「尼寺の場」のオフィーリアの台詞に、the noble mindという言葉が出てきます。ノーブルな心、ノーブルな精神の持ち主。ここはハムレットとの対話ですが、文脈からすると、明らかにオフィーリア自身のことを言っている。訳していて違和感を覚えたのが始まりでした。つまり、王子ハムレットを前にして、自分のことをnobleと言うなんて、いくら貴族の娘でも気位が高すぎる、控えめなオフィーリアらしくないな、どうしてだろうと感じたわけです。だけど、翻訳者の私が勝手にオフィーリアらしい言葉遣いに変えるわけにもいかないので、「品位を尊ぶ者」と訳しました。それにしても彼女はなぜ、自分のことをnobleと言うのか?この小さな疑問は私のなかでずっと尾をひいていたのですが、あるとき氷解して、もっと大きな発見へとつながっていきました。

私の疑問をいともあっさり解いてくれたのは、松たか子さん。一九九八年に蜷川幸雄演出による『ハムレット』(初演は一九九五年)がロンドンで再演されたときのことです。バービカン劇場での公演を数日後に控えたある日、ハムレット役の真田広之さん、オフィーリア役の松さんたちと一緒にシェイクスピアの生地ストラットフォート・アポン・エイヴォンへ行さました。名所を巡りながら、お二人といろいろお話しできた。忘れもしない、シェイクスピアの妻アン・ハサウェイの実家の庭でくつろいでいたとき、この noble mind についての私の疑問を松さんにぶつけてみたの。そうしたら彼女の答えが、「私、それ、親に言わされていると思ってやってきす」!それをそばで聞いていた真田さんが間髪を入れずに、「僕はそれを聞いて、裏に親父がいるなって感じるんで、ふっと気持ちが冷めて、『ははあ!お前は貞淑か?』って出るんです」。私はもう血の引く思いがした。「あーーー、そうだったのか」って。私は「オフィーリアらしくない」ということまでは分かったけれど、「じゃあ、誰らしいのか」とまでは考えが及ばなかった。松さんがすごいのは、ここの言葉遣いが「ポローニアスらしい」と看破したことですね。恐れ入って、帰国してからじっくり『ハムレット』を読み直してみた。するとたしかにこの「尼寺の場」は、お前はハムレット様に対してこういうふうにしゃべりなさいと、あらかじめ父親のポローニアスに言われていたものだから、オフィーリアらしくない言葉遣いになっているのだ、そうに違いないと思えてきた。だとしたら、そもそもポローニアスの言葉遣い、ポローニアスの文体とはどういうものなのか?今度はそれを考え始めました。この作品はオフィーリアの父ポローニアスに注目すると、より深く読めるような気がするのです。

新潮社、松岡和子『深読みシェイクスピア』P15-17

訳者松岡さんですら気付けなかったことを役者が演ずる中でそれを体得していた・・・!

松たか子さんのこのエピソードに私も仰天してしまいました。一読者の私ですらこうなのですからご当人の松岡さんの驚きたるやものすごいものがあったことでしょう。「血が逆流」したというのもわかる気がします。

この他にも山﨑努さん、蒼井優さん、唐沢寿明さんのエピソードが出てくるのですがどのお話もとにかく格好良すぎます。超一流の役者さんのすごさにただただ驚くしかありません。

松岡さんが翻訳者として独特なのは原作を翻訳して終わりというのではなく、そこから演劇制作の場に松岡さんも立ち合い、演出家や役者さんたちからのフィードバックを得てさらに翻訳を進化させていくという点にあります。

役者がその役を演じるからこそ見えてくるもの。

とことん演劇という場にこだわった松岡さんの視点が翻訳に反映されています。

いやあ『深読みシェイクスピア』は本当に素晴らしい作品です。

シェイクスピアがいかに人間の機微を緻密に捉えていたかがよくわかります。私自身もこの作品でハッとしたことが満載でした。

私はこれまでシェイクスピア翻訳といえば福田恆存訳を読んできました。今でも福田訳は大好きです。

ですが松岡和子訳でももう一回読み直してみたいなという気持ちが強く浮かんできました。

シェイクスピア、演劇、いや文学そのものについても目が開かれた思いでした。2023年早々、ものすごいショックを受けた作品でした。これはぜひぜひおすすめしたい名著中の名著です。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「松岡和子『深読みシェイクスピア』~翻訳・演劇の奥深さ、そして役者の力に驚くしかない名著!」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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