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シェイクスピア『リチャード二世』あらすじと感想~雄弁で個性豊かな王と『ヘンリー四世』の前史となる傑作史劇

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シェイクスピア『リチャード二世』あらすじと感想~雄弁で個性豊かな王と『ヘンリー四世』の前史となる傑作史劇

今回ご紹介するのは1597年頃にシェイクスピアによって書かれたとされる『リチャード二世』です。私が読んだのは新潮社の福田恆存訳、Kindle版です。

早速この本について見ていきましょう。

わずか10歳で王位を継承したリチャード二世は、物心つくとほぼ同時に一大王族の長となり、我儘放題に甘やかされて育った。栄華を誇ったリチャード二世が従弟(のちのヘンリー四世)との政争に敗れて国王の座を追われ、暗殺者の手にかかって倒れるまでの転変の運命。シェイクスピアの性格描写の手腕が冴えわたる名作。

Amazon商品紹介ページより
リチャード二世 Wikipediaより

この作品はヘンリー四世が王となるまでイギリスを統治していた、リチャード二世という王を中心とした史劇になります。

この作品の大きな流れは民衆からも貴族たちからもあまり好かれていないリチャード二世の悪政と、それに対して反旗を翻したボリンスブルック(後のヘンリー四世)との戦いが主軸となっていきます。

『ヘンリー四世』はシェイクスピア史劇の中でも非常に有名な作品ですが、そこに直結する時代を描いたのが本作『リチャード二世』になります。

この作品について、前回の記事で紹介した『百年戦争 中世ヨーロッパ最後の闘い』では次のように語られていました。

シェイクスピアの『リチャード二世』(一五九五年頃執筆)は、その数ある劇作のなかでも傑作の一つといわれている。その山場は一三九九年九月二十九日、リチャード廃位の場面である。気品と尊厳を保つ「神聖な王」でありながらも、憤懣と恐怖のなかで荒れ狂う「生身の人間」。廃位に直面する姿の描写からは、西欧中世の王権の特質を分析するための、「王の二つの身体」という有名な理論が導かれたほどだ。

中央公論新社、佐藤猛『百年戦争 中世ヨーロッパ最後の闘い』Kindle版位置No.1737

作中のリチャード二世はまあ喋ること喋ること、ものすごく雄弁です。シェイクスピアらしさ全開のキャラクターと言ってもいいでしょう。そしてここで述べられたように、『気品と尊厳を保つ「神聖な王」でありながらも、憤懣と恐怖のなかで荒れ狂う「生身の人間」』という二面性を持った人物でもあります。とにかく個性的です。

このリチャード二世の独特の個性について訳者の福田恆存は巻末の解題で次のように述べています。

リチャード二世の性格は私には甚だ興味がある。シェイクスピア研究の権威シェンボーム教授に「愛すべき詩人」「統治するより詩作に耽ることに向いてゐる優柔不断な王」といふ言葉が出て来る。実際、文学好きな王であったことは確からしい。しかし、私が『リチャード二世』の性格に興味を惹かれたのはその「幼児性」とでもいふべきものである、「人の善さ」といつてもいい、あるいは「甘えん坊」といつてもいい。リチャードの祖父エドワード三世は男女併せて十数人の子持ちであった。その長子がリチャードの父、勇猛果敢な黒太子であるが、彼は父の死よりも一年早くこの世を去り、リチャードが代つてエドワード三世の死後、わづか十歳でその王位を継いでゐる。殆ど物心つく同時に、一大王族の長として王位に就いた彼は我儘放題に甘やかされて育ったに違ひない。欲しいものは何でも手に入り、誰もが自分に追従し、世界は自分の思ひのままに動くと信じたであらう。自分を抑へることを知らずして王となり、幼児がそのまま大人になったのだ。

シェイクスピアの目は過たずさういふリチャードの性格の核心を射ぬいてゐる。リチャードは得意の時をも失意の時をも、その都度、あたかもそれと戯れるが如く壮大なものにしてしまふ、謂はば自己劇化の名手とでも言ふべき特異な性格の持ち主と云へよう。

新潮社、シェイクスピア、福田恆存訳『リチャード二世』Kindle版位置No.2031

「シェイクスピアの目は過たずさういふリチャードの性格の核心を射ぬいてゐる。リチャードは得意の時をも失意の時をも、その都度、あたかもそれと戯れるが如く壮大なものにしてしまふ、謂はば自己劇化の名手とでも言ふべき特異な性格の持ち主と云へよう。」

これぞまさにシェイクスピアのシェイクスピアたる所以でしょうか。たしかにリチャード二世はものすごく雄弁で劇的人物です。「そんな状況でこんなこと実際に言うわけないではないか」とリアリスティックに観てしまえばそれまでなのですが、それでもやはりシェイクスピア作品にこんなにも惹きつけられてしまうのは、こうした劇的人物の存在があるからではないでしょうか。

『お気に召すまま』では「この世はすべて舞台」という有名なセリフもあるくらいです。

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私たちがこうした劇的な人間を観ることに喜びを感じるのはきっと大きな意味があると思います。それがリアルでなかったとしてもそれが何だと言うのでしょう。(ちなみにトルストイはこうしたシェイクスピアの不自然さに激怒し、『シェイクスピア論および演劇論』という、驚くほど率直なシェイクスピア批判を繰り広げています。非常に興味深い論文なのでぜひおすすめしたいです)

『リチャード二世』はあまりメジャーな作品ではありませんが、リチャード二世の生き生きとしたセリフ回しは非常に魅力的です。

『ヘンリー四世』の前史としても重要な作品です。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「シェイクスピア『リチャード二世』あらすじと感想~雄弁で個性豊かな王と『ヘンリー四世』の前史となる傑作史劇」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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