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奈良康明『仏教史Ⅰ』概要と感想~インド仏教の流れを大きな視点から見ていけるおすすめ参考書

仏教史Ⅰ
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奈良康明『仏教史Ⅰ』概要と感想~インド仏教の流れを大きな視点から見ていけるおすすめ参考書

今回ご紹介するのは1979年に山川出版社より発行された奈良康明著『仏教史Ⅰ』です。

本書は当ブログでも連載予定の『シン日本仏教史』のインド編においても大変参考にさせて頂いた仏教書です。

この本の特徴は、何と言っても「生活レベルの仏教」を知れることと、インドで始まった仏教が時代を経て世界とどのように関わり変化していったかが知れるところにあります。

本書冒頭で著者はこの本について次のように述べています。少し長くなりますが重要な指摘がなされていますのでじっくり読んでいきます。

本書は文化史の立場からインド仏教史の叙述をこころみたものである。

文化という言葉はさまざまな意味をもっているが、ここでは、ある特定の概念規定のもとに用いている。例えばクラックホーンのいう「文化とは、後天的・歴史的に形成された、外面的および内面的な生活様式の体系であり、集団の全員または特定のメンバーにより共有されるもの」(蒲生正男、祖父江孝男編『文化人類学』有斐閣、一九六九年,八頁)としての文化である。つまり、仏教徒なら仏教徒という社会集団の中に生まれ、学習され、伝持されてゆくところの社会構造から思惟方法、宗教的諸観念や儀礼、生活慣行を含む「生活様式」としての文化である。これは、近時、文化史構築の際の基礎概念として重視されている文化の見方でもある。

従って釈尊や代々の指導者たちの悟りとか正しい生活法、思想の営みなども、むろん、仏教の文化にはちがいない。これは旧来、教理学、教理史として研究され、大きな成果をあげている分野である。しかし、それだけが文化ではない。さまざまな別の関心があり得るのであって、例えば仏典に記されている涅槃やそれに基づく正しい生活が、事実としてどう受けとめられていたのだろうか。仏教はカーストのごとき社会階級制度に反対だというが、果たして昔の、そして現代インドの、仏教徒はカーストなき社会に生きていたのだろうか。祖先崇拝儀礼や死者儀礼、祈願儀礼、呪術などをどのように受容し、行なっていたのか。あるいは隣人のヒンドゥー教徒とはどのようにかかわり、一般のインド人社会の中にどう位置づけられていたのだろうか。

つまり、あるべきすがたとしての理想はそれなりに尊重しつつも、現実に生きている人々の実態が知りたい。いうなれば、建前と本音の両者を合したトータルな形で、仏教徒の文化をみてみたいと私は思う。前者のみなら教理学、教理史で扱えるし、後者は民俗学や民族学の分野である。しかし、両者を統合するところに文化史の課題があるものであろう。

山川出版社、奈良康明『仏教史Ⅰ』P1-2

「あるべきすがたとしての理想はそれなりに尊重しつつも、現実に生きている人々の実態が知りたい」

これは意外と見落とされがちな考え方でもあります。経典に書かれていることは理想的なことであり、現実に生きている修行者や在俗信者たちの生活実態とは異なっていたというのは往々にして起こり得ることです。

本書ではそんな生活レベルの仏教の歴史を知ることができる貴重な参考書となっています。

そして私個人としてもうひとつありがたかったのが、仏教と当時のインド社会の関係性についての記述が充実していた点です。しかもそれがローマ帝国や東南アジアとの交易からも語られるなど、かなりグローバルな観点から仏教の歴史を見ていくことができるのも刺激的でした。

また、上の引用にもありましたように、ヒンドゥー教との関係性についても詳しく知れるのが本書の特徴です。

特に4世紀初頭に成立したヒンドゥー教王朝、グプタ朝の展開は非常にわかりやすく、それがどのように仏教に影響を与えたのかというのは最高にスリリングで興味深いものがありました。これは面白いです。

仏教と社会の関係性を学ぶのに本書は最高の参考書です。

ぜひぜひおすすめしたい一冊となっています。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「奈良康明『仏教史Ⅰ』概要と感想~インド仏教の流れを大きな視点から見ていけるおすすめ参考書」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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