ハリドワールのマンサ・デーヴィー寺院に神々のテーマパークを感じる~ヒンドゥー教の世界観への没入体験
(5)ハリドワールのマンサ・デーヴィー寺院に神々のテーマパークを感じる~ヒンドゥー教の世界観への没入体験
午前11時頃、宿を出発。本日の目的地は街のすぐそばにある山の頂上にあるマンサ・デーヴィー寺院というヒンドゥー教のお寺だ。
この寺院に行くには山の麓から出ているロープウェイが最も便利だということで、私もその乗り場目指してハリドワール市街を歩き始めた。
早朝から降り続いている雨も未だ止まず。口に出すのも億劫であるが色々なものが混ざり合ったぐちゃぐちゃな道を歩いていく。靴もすでに汚れて白っぽい染みでいっぱいである。
バーザールということで、道の両脇に商店がずらりと並んでいるがそれに気を取られている場合ではない。油断しているとリキシャーやらバイクやらが突っ込んでくるのである。ここはまだ道が広いからいい。だが、もっと狭くて人が密集しているところでも構わずバイクは突っ込んでくるのだ。前から後ろからけたたましいクラクションがひっきりなしに鳴り響く。慣れない内はこれがきつかった。サバンナの草食動物の気分である。いつインドに食われてもおかしくない。これもじわりじわりと私の体力をすり減らしていった。
それにしても汚い。どこを見てもゴミがある。一応こうしてまとめられてはいるが、雨のぬかるみと混じりもはや何とも言えない。そして常にではないのだが、時折風に乗って生臭い腐臭のようなものも漂ってくる。これには参った。雨季は汚さに生々しさを与えるのではないか。これは厳しい。インド初心者の私が入門に訪れるにはここはスパルタすぎるのではないかと思い始めてきた。
ロープウェイの乗り場に到着。写真が少しぼやけてしまって申し訳ない。しかし私も後で写真チェックをしていて驚いた。この日撮った写真の多くがこうしてぼやけてしまっていたのである。私の動揺がそのまま写真に現れたとしか思えない。ゆっくり心落ち着けて撮影する余裕すらなかったのである。
ロープウェイと言っても、昔の子ども遊園地のような乗り物だ。不安。非常に不安。今日は風もあるのだ・・・。
だが、思いのほかこのロープウェイは高速で安定感があった。これならなんとか大丈夫と一安心だが、油断は禁物。何せここはインドである。(とはいえできることなど何もないのだが)
ロープウェイからはハリドワールとガンジス川を見渡すことができた。ガートのある部分はあくまで川幅の広いガンジスの岸寄りの一部分なのだということがよくわかった。
ロープウェイを降りて通路を進むとマンサ・デーヴィー寺院へと入っていくことになる。この二つは直結しているのだ。
寺院内に入った瞬間、ムワっとした熱気を感じる。換気が弱いのか人の熱気がこもっているのか、とにかく明らかに空気が変わった。そして雨漏りがひどい。ぽたぽた落ちるというレベルを超えた水の落ち方をしている。もはやここを屋内だと思わない方がよい。寺院内のコンクリートの床はほとんどびちゃびちゃ。至る所に水たまりができている。しかもここからは土足厳禁。裸足で歩かねばならない。
寺院本殿の入り口前には供物をそろえた売店がある。ここで皆供物や花を購入し寺院内へと入っていく。靴を預かってもらうのもここである。もちろん有料だ。
恐る恐る裸足になる。あぁ・・・床が濡れている・・・。この水もどんな水かなんてわからない。絶対に触りたくない。ヴァーラーナシーでは指先にガンジスの水を浸けただけで体調不良になったと言うではないか。それを私は素足で今触ってしまっている・・・。
そろりそろりと進んでいく。冷たい水や細かな砂利、ごみの感覚を足裏に感じる。たまらないのは床に落ちた花のぬちゃっとした感触だ。床に落ちた花に雨水が浸み込んで半液状化しているのだ。今思い返してもぞっとする。
ただ同時にふと思ったこともある。こうして靴を脱いで裸足になることで、足裏の感覚が鋭くなる。それだけではない。漠然としか意識していなかった五感そのものまで敏感になるような気がしたのだ。だからこそ、あのぬちゃっとした足裏の感覚がここまで記憶に残ったのだろう。靴のままだったらそうもいくまい。
インドやスリランカでは神聖な場所はたいてい屋内であろうと屋外であろうと裸足になることを要求される。それは単に礼儀上の問題だけでなくこうして五感そのものを活性化させるという理由もあったのではないだろうか。
ふむふむ、これは興味深い。五感が活性化するならそれは魅力的だ。ならば日本も同じように裸足になればいいのでは?
あ、やっていた。そういえば日本人はいつだって靴を脱ぐ。でも裸足ではない。いや、裸足だと木造建築や畳によくないのかもしれない。正確なことはわからないが、石の文化と木の文化の違いもこうした所に現れるのではないかと興味深く思われたのであった。
さあここからが大変だ。列に並び少しずつ奥へ奥へと進んでいく。
ここでも油断ならない。ちょっとでも前の人と間隔を開けようものならすぐに横入りされる。だから前の人と常にくっつくほどの距離にいなければならない。人と人との距離感がある程度欲しい我々日本人にとってこのゼロ距離での待機はなかなかに精神的負担となる。人間の熱気もにおいもすぐに伝わってくる。インドの生々しさはこういうところでも感じられるように思う。
いよいよ寺院中心部までやって来た。順路はすべて一方通行。この順路に沿って神々の祭壇が組まれている。そしてそのひとつひとつにバラモン(宗教者)がいてお供物やお布施を受け取り、その代わりに我々は額に印を付けてもらったり、祈ってもらえるという仕組みだ。
日本のお寺のように広い本堂があってその奥にご本尊がいるという構造ではない。まさに順路を歩きながら次から次に神様の祭壇を練り歩き、その度に神様にお願いをしていくというスタイルだ。
日本でも知られるように、インドは多神教世界だ。それこそ無数に神様がいる。そしてそれぞれの神様には金運、商売、学問、病気快癒、安産、恋愛などなど様々な得意分野がある。
そんな多種多様な得意分野を持った神様がこのマンサ・デーヴィー寺院で祀られていて、順路に沿って歩けばそれこそあらゆるジャンルの願い事をお祈りすることができるのである。歩きながら、「なるほど、これはうまくできた仕組みだ」と感心してしまった。
もちろん、この寺院はマンサ・デーヴィー寺院という名前の通り、「マンサ・デーヴィー」という何でも願いを叶えてくれる女神様が主神である。巡礼者の多くがその女神様目当てでやって来るのはもちろんのことである。
だが、それに付随して様々な神様の祭壇が道に沿って順繰り祀られているというのも大きな魅力のひとつなのだろう。なぜなら、祈る対象や祈る回数が多ければ多いほど何か願いが叶いそうな気がしてありがたい気持ちになるというのは、古今東西問わず人間の本性だからだ。こればっかりは理屈ではない。これは日本にいる私達にとっても頷ける感覚ではないかと思う。
こうして拝観ルートに沿って祭壇を巡り、その度にお供物とお布施を渡し、バラモンから印と祈りを受け取る。そして順路に沿ってそれを何度も繰り返していく。寺院という閉鎖空間の中で煙と熱気でむんむんの中を、これまた熱気溢れる巡礼者が押し合いへし合いで我先にとバラモンからの祝福を受けようとするその光景はまさに異空間。日常を離れた聖なる空間であることをまざまざと感じさせる。ここは特別なのだ。そう感じさせるに余りある空間だった。
しかし同時に私は思う。ここはまさに「神々のテーマパーク」のようだとも。
つまり、ここはヒンドゥー教というひとつのテーマの下、様々な神々が一堂に会し、それぞれの祭式に沿った祭壇が組まれるヒンドゥー教空間なのだ。そしてその特殊世界の中で巡礼者が定式化されたお祈りを捧げていくのである。まさにヒンドゥー教の世界観に没入するという体験をこの寺院は提供しているのである。
外界の日常世界から遮断された空間、長い待機列、順路沿いの祭壇をひとつひとつ巡っていくシステム、これらは私達が行くテーマパークとも共通するものがあるだろう。また、バラモンからの印や呪文はまさに体験型のアトラクションとも言えるかもしれない。
信仰の聖地を「テーマパーク」、「アトラクション」という言葉で例えていくのは不適切と思われるかもしれない。しかし、宗教は宗教だけにあらず。堅苦しく禁欲的なものだけが宗教なのではないのである。多くの人を惹きつける様々な要素があってこその宗教なのだ。どんな宗教にもこうしたエンタメ的な側面が必ず存在する。それは昨晩見たプージャでもまさにそうであった。
現にそうしたものが存在する以上、それを無視することはできない。こうした側面が宗教にもあることを知ることは私達にとっても有益なことだと私は思う。科学的合理的思考を重んじる現代ならばなおさらだ。何事も分析せずにはいられない現代人にとって、宗教が人々にとってどんな役割を果たしているかを知ることは決して無駄にはならないはずだ。単なる迷信とか昔ながらの古臭いものという観点から宗教を切って捨てるのは人間の歴史や文化そのものを見捨てることに他ならないと私は思うのである。
現にここを訪れているインド人は皆楽しそうなのである。ここが彼らにとって非常に魅力的な場所であるのは明らかだ。こうした彼らのあっけらかんとした楽しそうな顔がとても印象に残っている。
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※以下、この旅行記で参考にしたインド・スリランカの参考書をまとめた記事になります。ぜひご参照ください。
〇「インドの歴史・宗教・文化について知るのにおすすめの参考書一覧」
〇「インド仏教をもっと知りたい方へのおすすめ本一覧」
〇「仏教国スリランカを知るためのおすすめ本一覧」
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