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千田善『ユーゴ紛争』あらすじと感想~ユーゴ紛争はなぜ起こったのかがコンパクトにまとめられたおすすめの参考書

目次

千田善『ユーゴ紛争』概要と感想~ユーゴ紛争はなぜ起こったのかがコンパクトにまとめられたおすすめの参考書

今回ご紹介するのは1993年に講談社より発行された千田善著『ユーゴ紛争 多民族・モザイク国家の悲劇』です。

早速この本について見ていきましょう。

「民族浄化」という狂気のもと、蓄積された民族主義と武器が、かつての隣人を殺戮していく。わずか七三年で崩壊。戦争状態となった“自主管理・非同盟”の国家・旧ユーゴ。悲劇の歴史的背景を辿る。

講談社、千田善『ユーゴ紛争 多民族・モザイク国家の悲劇』表紙より

1991年に始まったユーゴ紛争。

この作品はユーゴ紛争を現地取材したジャーナリスト千田善氏による作品です。

これまで当ブログではボスニア紛争についていくつも記事を書いてきましたが、この作品はボスニア紛争を含むユーゴ紛争の全体像を知るのにおすすめな参考書です。

著者はプロローグでこの紛争について次のように述べています。

建国から七三年たらず。ニ〇世紀の初めに誕生したユーゴは、ニ一世紀を待たずに地球上から消滅した。

かつてユーゴが存在していた地域には、現在、国際的に認められた独立国が五つある。スロべニア、クロアチア、ボスニア・へルツェゴビナ、「新ユーゴ」(セルビアとモンテネグロの連邦)、そしてマケドニアだ。さらに、クロアチアとボスニア・へルツェゴビナの中には、セルビア人が二つ、クロアチア人が一つ、事実上の「国家内国家」を樹立している。これを入れると旧ユーゴは八つに分裂したことになる。

わたしのノートの上では、ユーゴ崩壊の日は一九九一年六月ニ七日である。この日、ユーゴ人民軍(連邦軍=セルビア側主導)は北西部のスロべニア共和国の独立を阻止するために、戦車や戦闘機を出動させ、手痛い反撃にあった。

仮にべオグラードの連邦政府側が武力でなく、平和的な交渉でのぞんでいたら、元のままの「連邦共和国」ではないにしろ、「ユーゴ主権国家連合」あるいは「ユーゴ独立共和国共同体」などの形で、統一は保たれていたかもしれない。ユーゴ崩壊の最大の原因は、統一維持を主張していた、ほかならぬ連邦軍の愚挙にあったと、わたしは思う。

旧ユーゴ崩壊から二年あまりが過ぎ、戦局は泥沼化しているが、いたずらに民族主義をあおるしか能がない各民族の指導者が、武力による支配地拡大一辺倒の対決策を繰り返してきた責任も、問われなければならない。

講談社、千田善『ユーゴ紛争 多民族・モザイク国家の悲劇』13-14

この作品は1993年に書かれたものです。ボスニア戦争が終結したのが1995年ですので、まさに進行中の紛争を著者は取材しています。

ユーゴ紛争はなぜ起こったのか、そしてどのように展開されていったのかを知るのにこの本は最適です。

そしてユーゴ紛争が始まってから30年が経った今もこの紛争についての調査は続いています。

著者が、「旧ユーゴ崩壊から二年あまりが過ぎ、戦局は泥沼化しているが、いたずらに民族主義をあおるしか能がない各民族の指導者が、武力による支配地拡大一辺倒の対決策を繰り返してきた責任も、問われなければならない。」と93年の段階で述べているのが非常に印象的でした。

ユーゴ紛争はなぜ起こったのか、そのきっかけは何だったのか、なぜ泥沼化してしまったのか。それをリアルタイムで取材した著者の言葉は非常に重いです。上にも述べましたが私はボスニア紛争についてはこれまで様々な形で学んできました。そして2019年には現地を訪れ、紛争経験者の方にお話を伺いました。

ですが、こうして改めてユーゴ紛争の全体像を学んでみるとまた違ったものも見えてきたように思えます。

そもそもユーゴ紛争が起きたきっかけとして、スロベニアとクロアチアの独立があり、それを承認するか否かで対応が混乱した国際社会にも大きな原因があったこと。特にドイツがこれら2カ国の独立を拙速にも認めてしまったことがセルビア側を決定的に追いつめてしまったという背景には言葉も出ませんでした・・・これは第二次世界大戦のナチス侵攻のトラウマが残るセルビア人には凄まじい恐怖だったということが想像できます。第二次大戦当時、ナチスと共にクロアチア人側はセルビア人を迫害した過去があります。

詳しいことはここではお話しできませんが、この紛争の複雑な背景をこの本で目の当たりにすることになります。

私がこの本を手に取るきっかけは、これまで当ブログで紹介してきた木村元彦氏の「ユーゴサッカー三部作」でした。

木村元彦氏はこの本を参考文献の一つとして利用しています。

木村元彦氏の『ユーゴサッカー三部作』ではセルビア側から見た紛争のことが書かれています。ユーゴ紛争はメディア宣伝によって「セルビア=悪」という単純な構図で語られてしまった紛争でした。もちろん、セルビア側が犯した残虐行為は許されるものではありません。ですが『ユーゴサッカー三部作』、とくに『悪者見参』ではそうした見方では見えてこない紛争の実態があることを知ることになりました。

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今回紹介した『ユーゴ紛争 多民族・モザイク国家の悲劇』は『ユーゴサッカー三部作』と共に非常におすすめしたい作品です。

ロシア・ウクライナ戦争について知るために学び始めたユーゴ紛争でしたが、この本も非常に参考になりました。

以上、『千田善『ユーゴ紛争』ユーゴ紛争はなぜ起こったのかがコンパクトにまとめられたおすすめの参考書』でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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