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チャペック『山椒魚戦争』あらすじと感想~ナチスを風刺した驚異の作品!科学技術は人間を救うのか?現代SFの古典的傑作!

目次

チャペック『山椒魚戦争』あらすじと感想~山椒魚がやってくる!第二次世界大戦直前に書かれた傑作SF小説!

今回ご紹介するのは1936年にカレル・チャペックにより出版された『山椒魚戦争』です。

私が読んだのは1978年に岩波書店より発行された栗栖継訳『山椒魚戦争』の2003年第8刷版です。

早速この本について見ていきましょう。

赤道直下のタナ・マサ島の「魔の入江」には二本足で子供のような手をもった真黒な怪物がたくさん棲んでいた。無気味な姿に似ずおとなしい性質で、やがて人間の指図のままにさまざまな労働を肩替りしはじめるが…。この作品を通じてチャペック(1890-1938)は人類の愚行を鋭くつき、科学技術の発達が人類に何をもたらすか、と問いかける。現代SFの古典的傑作。


Amazon商品紹介ページより

この作品はカフカ、ハシェクと並ぶチェコ文学の偉人カレル・チェペックによるSF小説です。

カレル・チャペック(1890-1938)Wikipediaより

チャペックといえば「ロボット」という言葉を生み出した人物として有名です。当ブログでもその言葉が広まるきっかけとなった名作『ロボット』をご紹介しました。そして今回ご紹介する『山椒魚戦争』もその流れを汲んだ作品となります。

これが書かれたのは1936年という、時代的には第二次世界大戦の直前ですが、すでに驚くほど完成度の高いSF作品をチャペックは完成させています。こんな時代からここまで恐ろしい作品を生み出せるチャペックの想像力には驚くしかありません。

巻末の訳者解説ではこの作品について次のように述べられています。

『R・U・R』は、とかくうるさい労働者の代役をつとめさすために、安上がりで文句も言わないロボットを作った人間が、数の増えたロボットに滅ぼされる、という話である。それは、「科学・技術の発展は、果たして人間に幸福をもたらすか。それは幸福をもたらす反面、あるいは幸福をもたらすようでかえって、不幸をもたらし、けっきょく人類を滅亡にみちびくのではないか」という、チャぺックを一生なやました問題をはじめて提起したという点で、きわめて注目すべき作品である。『山椒魚戦争』は、このテーマをさらに発展させたものである。ここでは、やはり安上がりで扱いやすい労働力として飼育された山椒魚が、けっきょく、おびただしく繁殖し、陸地をしだいに水没させて、人類を征服するのである。

岩波書店、カレル・チャペック、栗栖継訳『山椒魚戦争』2003年第8刷版 P441

人間の都合のいいように働かせることができ、莫大な利益を上げる山椒魚。あっという間に山椒魚は想像を絶する数まで膨れ上がり、しかも徐々に知性も身につけていきます。この山椒魚の発見から実用化までの流れがこれまた不気味です。チャペックの本領がものすごく発揮されています。

『山椒魚戦争』を彼に執筆させる直接の動機になったのは、次の二つの思念である。⑴この地球上にこれまで花咲いて来たのは、人間による文明であるが、それを唯一無二のものと考えるのは、思い上がりというものである。他の生物、たとえばミツバチやアリだって、好条件がそろえば、人間以上の文明を、この地球上に創ることができるかも知れない。⑵その生物(それはミツバチやアリではなく、あるいはトカゲかも知れないし、シロアリ、カモメ、ニシンかも知れない、と作者は言う)が。教養の点でも数の上でも、人類を圧倒して、地球上の支配権を要求してきたら、いったいどうすべきか。

けっきょく、チャぺックは人類の支配権をおびやかす生物として、山椒魚をえらんだわけだが、それは、別の生物に仮託して現代人の姿を描くという、この長編における彼のもう一つのモチーフに、たまたま山椒魚がかなっていたからである。このモチーフに関するかぎり、現代人間文明に対するアレゴリー(寓話)あるいは諷刺として、『山椒魚戦争』は戯曲『虫の生活から』の延長線の上にある、と言えるだろう。


岩波書店、カレル・チャペック、栗栖継訳『山椒魚戦争』2003年第8刷版 P 443

1930年代の段階ですでにこうした思考を持っているチャペックの先見性には驚くしかありません。

そしてさらに訳者は続けます。

私はしかし、『山椒魚戦争』をチャぺックに書かせた最大の動因は、初めに書いたように、人間はその発展する途上で、みずから創り出したものによって滅びるのではないか、という恐怖ないし危機感ではないか、と思う。

つまり、『R・U・R』のロボットが、山椒魚に姿を変えただけのことなのである。そしてその山椒魚は、その後、原水爆・核兵器となって、われわれ人類を死滅させようとしている。科学・技術の発展は、さらに「公害」をいたるところに起こし、このままでは、地球上における人間の生存そのものがあやぶまれるほどのゆゆしい大問題になって来た。

チャペックをなやましつづけた夢魔は、いまやすべての人間を不安におとしいれている、と言っても過言ではないであらう。

五十年も前に、この間題をするどい感受性でとらえ、作品化したチャぺックは偉大と言うべきである。カフカを「疎外」の予知者ないし予言者とすれば、チャぺックを何の予知者ないし予言者と呼ぶべきか。こういう二十世紀世界文学の巨人を、チェコが二人まで生んだということは、単なる偶然ではなくて、同国がヨーロッパの十字路として、人類文明のあらゆる矛盾を最も強くその皮膚に感ずる位置にいたことから来たものと思われるのである。
※一部改行しました


岩波書店、カレル・チャペック、栗栖継訳『山椒魚戦争』2003年第8刷版 P 444

さらに以下の点も重要ですので引用します。

『山椒魚戦争』は、一九三五年九月二十一日から、一九三六年一月十二日まで『リドヴェー・ノヴィニ』に連載された。前記ハリークによれば、チャペックは最後の章の草稿の端に、次のような言葉を書き残しているとのことだが、これも、この長編を書いた彼の意図を知る上で参考になるだろう。

「この章の主人公は、民族主義ナショナリズムである。すじはきわめて簡単だ―世界ならびに人間の消滅。論理だけに基づいたうとましい一章である。そう、結末はこうでなくちゃならない。天災によるものではぜったいにない。国家、経済、メンツといった原因によるものなのだ。処置なしである。(つまり、これらの原因を認めないかぎり)」


岩波書店、カレル・チャペック、栗栖継訳『山椒魚戦争』2003年第8刷版 P 444-445

引用による解説が続きましたが、皆さんもお気づきのようにこの作品はとにかく盛りだくさんです。チャペックは人間の問題をこれでもかと詰め込み、風刺し、さらにそれらを見事にまとめ上げ私達に警告してくれます。

しかもこれが小説としても超一級品でものすごく面白いんです。

テンポがいいと言いますか、ぐいぐい物語に引っ張られていく感じです。すいすい読めてしまいます。この先どうなってしまうのかとドキドキしながら読んだり、山椒魚の不気味な生態、そしてその山椒魚の集団に襲われるシーンの緊迫感、ホラー感は凄まじいです。

そして、そもそも山椒魚という存在をチョイスするチャペックの恐るべき才能!

普通、SFもののスリリングな展開なら宇宙人とか怪物、機械などもっと恐ろしいものを選びますよね。ですがチャペックは一味違います。何と言っても山椒魚。正直ちょっとかわいいくらいの存在です。ですがチャペックの筆にかかるとその不気味さは宇宙人や怪物をはるかに超えてきます。

そして上の引用の最後の解説にありますように、この作品が書かれたのは第二次世界大戦が勃発する直前です。ナチスが勢力を強め、チェコは国家存亡の危機に立たされていました。ナチズム、全体主義に対する批判もこの作品に込められています。

「現代SFの古典的傑作」と称賛されるこの作品。ぜひぜひおすすめしたいです。チャペックの天才ぶりを体感できる名作です。

以上、「チャペック『山椒魚戦争』あらすじと感想~ナチスを風刺した驚異の作品!科学技術は人間を救うのか?現代SFの古典的傑作!」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメント一覧 (2件)

  • 「山椒魚戦争」、いきなり話が途切れた上に何の説明もなく二重人格になった作者が作品の会話を進めていくというラストはかなり斬新でしたね。
    チャペックもナチスの驚異を前にして精神的な負担を感じていたようですし、実際に統合失調症か解離性同一性障害のような感じになっていたためあのようなラストになった…というのはちょっと考えすぎですが。

    • バルデネス様、コメントありがとうございます。
      『山椒魚戦争』、ものすごい作品ですよね。
      現実にナチスという脅威が目の前に迫っていたというのは想像を絶する恐怖ですよね・・・

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