Smetana, a composer who suffered from slander and malicious obstruction - Consider the examples.

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Smetana, a composer who suffered from slander and malicious obstruction - Consider the examples.

スメタナの肖像画(油絵、1854年)Wikipedia.

前回の記事ではひのまどか著『スメタナー「音楽はチェコ人の命」』という素晴らしい伝記をご紹介しました。

今回の記事ではその中でも特に印象に残った場面を紹介していきたいと思います。

というのも、以前私は当ブログで「悪意ある人はなぜ悪口や誹謗中傷を利用するのか~その仕組みと対処法とは」という記事を書きました。

この記事ではチェコの天才作家チャペックの言葉を参考に、悪意ある人間がいかにして悪口や誹謗中傷を利用して敵をやっつけようとするのかをお話ししました。

Recently, the problem of slander has been getting bigger and bigger.

正当な批判と誹謗中傷との違いを考える上でもこの問題は非常に重要なものとなっています。悪口や誹謗中傷から自分の身を守るためにもとてもおすすめな内容となっています。

そしてこの問題のまさしく実例とも言える出来事がチェコの音楽界でも起こっていました。

それが『モルダウ』で有名なスメタナだったのです。

スメタナは苦労人で、とても真面目な作曲家でした。長い苦労の末、彼はやっとのことでプラハの劇場主席指揮者の地位に立ちます。そしてすぐに大きな実績を上げ、楽団員からの信頼も勝ち得ました。

しかし、そんな幸せも長くは続きませんでした。それがこれから語られる物語です。少し長くなりますが、悪意ある誹謗中傷によって偉大な才能を持つひとりの人間が壊されていく過程をじっくりと見ていきたいと思います。

新聞や雑誌を使ったスメタナ攻撃が本格的に始まったのは、一八七〇年に入って早々のことである。

二月二十二日、スメタナは「ポクロク」紙に載ったある記事を見て唖然とした。執筆者は声楽教師で批評家のピヴォダだった。

『私はスメタナ氏がチェコ・オぺラの創設に最も適した人だと思っていたが、今やこれは全くの間違いだと分かった。チェコ・オぺラの展望は明るくない。なぜならスメタナ氏は自分のオぺラは別として、われわれの有望な作曲家を傍らに追いやっているからだ。われわれがカレル・べンドル氏のオぺラ《レイラ》を長い間聴けないのはこのためだ』

ーピヴォダがなぜこんな記事を?

スメタナは訳がわからなかった。ピヴォダはかつて彼をプラハ音楽院々長に推してくれた人物であり、これまでずっとスメタナに好意的な評を書いてくれていた。

それが豹変したのはなぜか?……と考えると思い当たるのは、昨年スメタナが仮劇場の新しい歌手を探しにブルノやウィーンに行った時、それを知ったピヴォダが怒り狂ったことである。ピヴォダは昨年「ピヴォダ歌唱教室」を開設しており、自分の生徒は当然仮劇場の歌手に起用されるものと思いこんでいた。その当てが外れ、

「スメタナは長年の友人の私を裏切った!」

と激怒したのだ。

スメタナにしてみればこれは裏切りでも何でもなく、ピヴォダが自分の生徒をイタリアの歌唱法で教え、チェコ語で歌う訓練を全くしていなかったので、劇場の方針から言っても、他で歌手を探さなくてはならなかったのだ。

つまりピヴォダはスメタナへの個人的な恨みを、公的な筆で晴らしたのだ。

スメタナは直ちに二十六日付の「国民新聞」で、

『べンドル氏のオペラ《レイラ》の再演が遅れているのは、単に技術上の理由によるものです』

と説明した。するとピヴォダは次に、

『スメタナ氏は劇場の独裁者で極端なワーグナー主義者だ。彼の下でチェコ・オペラを育てるのは絶望的である。彼はチェコの若い作曲家シェボルとそのオぺラ《ドラボミラ》を病的に嫉妬している』

と書いた。そしてスメタナが怒りの反論を再び「国民新聞」に載せると、今度は、

『私はスメタナ氏との泥仕合に加わる気はない。それは教養ある人間にはふさわしくないことだ』

と言ってのけた。スメタナはそれ以上、論争をつづけるのはやめたが、ピヴォダは自分の言葉とは裏腹に、執拗な攻撃をやめなかった。(中略)

やがて、「老チェコ党」の機関紙「ポリティク」は、スメタナを非難・中傷する特集を定期的に組むようになった。

そこにはスメタナが指揮者としてどれほど無能で、どれほど若い作曲家の道を塞いでいるか、といった事実無根の悪口が並べたてられていた。事実無根だとしてもこれを読む人は判断に迷う訳で、プラハ市民は劇場内で巻き起こったこの騒動について議論していた。


リブリオ出版、ひのまどか『スメタナ―音楽はチェコ人の命!』P137-141

この箇所を読んでいて私は驚きました。ここにまさしくチャペックの語る「誹謗中傷の型」がそっくりそのままいくつも出てきているのです。

特に驚いたのはピヴォダの『私はスメタナ氏との泥仕合に加わる気はない。それは教養ある人間にはふさわしくないことだ』This is the word.

これはチャペックによれば「特殊用語型」あるいは「第二の型」と呼ばれる手法になります。こちらは正当な根拠を持って理性的に批判、あるいは議論しようとしているにもかかわらず向こうは「不当な言いがかりだ」「こうした低レベルな中傷をする人間達と同じ土俵に立つつもりなどない」などと言い返してくるパターンです。ピヴォダはまさしくこれを使っていますよね。

これは外部の人には一見わかりにくい構図です。こうした返しをしてくる人間が権威を持っている場合は特にそうです。不正があったり、理論の明らかな間違いがあった時などに、こうして追求を逃れようとすることが起こりうると思われます。これは外部の人には事情がわかりにくい非常に厄介な手口になります。そして実際にプラハでは混乱が起きたことが上の引用からもわかります。

『スメタナ氏は極めて尊大だ。彼は自分だけの判断で審判を下してしまう。なぜそのようなたわむれが許されるのか理解できない』

ピヴォダは皮肉たっぷりに追い撃ちをかけた。

『スメタナ氏はオペラをあまり知らなかったので、やりなおす必要があったのだろう』

スメタナはいつの間にか自分が泥仕合に深く引きずりこまれていることに気付いた。

さらに深刻な問題は「ボへミア」紙や「国民新聞」や「ポリティク」紙に繰り返し載る、悪意と偏見に満ちた批評家や記者たちの非難が、否応なしに市民の間に浸透し、人々が今までと違った目でスメタナを見るようになったことである。

たとえば「ポリティク紙」に載ったこのような記事が、プラハ市民のスメタナへの敬愛の念を、著しく損わせたことは間違いなかった。

『スメタナは作曲家として少ししか仕事をしていない。一八六六年までは《ボヘミアにおけるブランデンブルクの人々》と《売られた花嫁》を作ったが、その後は《ダリボル》と《二人のやもめ》を書いただけだ。つまりこの八年間でニつのオペラしか作曲しなかった。しかも《売られた花嫁》以外一つもレパートリーに残っていない。

指揮者としては実際のところ劇場名簿にのっているだけで、大衆はむしろコーヒー店「べンデル」にいる彼の方をよく知っている位だ。彼は苛立った神経を家で治すことができない時は、そこで一日中新聞を読んでいる。彼の神経は指揮棒を取ることも、ましてや練習を行うこともできないほど痛んでいるのだ。彼こそ劇場に養われている勤務不能者、劇場の寄生虫のような人間だ』

このすさまじいまでの個人攻撃の目的は、もはや国民音楽創造の理念や構想とは無関係の、単にスメタナの人格や業績に泥を塗ることにあった。それぞれスメタナに恨みを抱くリーゲル、マイール、ピヴォダは今や共同戦線を張っていたのだ。


リブリオ出版、ひのまどか『スメタナ―音楽はチェコ人の命!』P 147-148

もはやスメタナの音楽や正当性は問題になっていません。スメタナの成功を妬み、個人的な憎しみからこうした悪意ある攻撃がなされていたのです。これは立派な言葉の暴力です。拳で殴るよりもずっとずっと被害者を苦しめることになります。しかし、こうした言葉の暴力が取り締まられることはありません。チャペックもそのことを憂いていました。

そしてスメタナはこうした誹謗中傷や仕事上のあからさまな妨害を受け、精神的にどんどん追い詰められていきます。

He was no longer the same person under stress and strain, and soon suffered from rashes and fevers, as well as intense auditory hallucinations, tinnitus, and dizziness.

More tragically, the disease progressed quickly and he lost his hearing completely. Beethoven is well known as a composer who lost his hearing, and Smetana suffered the same fate.

しかし、こうして聴覚を失った後にも不屈の精神で仕事を続け、あの『モルダウ』を含めた『わが祖国』を完成させたというのですから驚くしかありません。

ただ、スメタナを苦しめたこうした誹謗中傷はやはり読んでいて本当に苦しくなりました。なぜこんなにも真面目でいい人が不当に苦しめられなければならないのかと思わずにはいられません。

「悪意ある人はなぜ悪口や誹謗中傷を利用するのか~その仕組みと対処法とは」 の記事でもお話ししましたが、こうした悪意ある人間達からの攻撃はある意味防ぎようはありません。彼らはこちらが何をしようが誹謗中傷のネタには事欠かないからです。たとえ相手が聖人君子であろうと彼らにはお構いなしなのです。

ですのでこうした被害者が増えないようにするためには、誹謗中傷のやり口を多くの人が知り、それが言葉の暴力であること、不当ないいがかりであることに周囲の人間がいち早く気づき、被害者の味方になることが必要です。ひとりひとりが誹謗中傷にまどわされないこと、流されないことが大事なのではないでしょうか。

音楽家や作家の伝記を読んでいると特にこうした誹謗中傷に出会うことが多いです。歴史に残るほどの天才は皆多かれ少なかれこうした被害に遭っています。伝記を読むことはこうした世の中の仕組みや人間のあり方を考える上でも非常に重要な学びになるなとつくづく感じます。偉人達の苦労には頭が下がるのみです。その栄光の影で信じられないほどの苦難を背負っていることにただただ恐れおののくしかありません。

ひのまどか氏の「作曲家の物語シリーズ」はこうした偉大な作曲家の栄光と苦しみを知ることができる最高の作品ですのでぜひぜひおすすめしたいです。

チャペックの作品と合わせてぜひ読んで頂きたい作品です。

以上、「誹謗中傷、悪意ある妨害に苦しんだ作曲家スメタナ~その実例から考える」でした。

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