奈良時代の仏教と歴史・時代背景を学ぶのにおすすめの参考書12選!
奈良時代の仏教と歴史・時代背景を学ぶのにおすすめの参考書一覧
今回の記事では仏教が日本に本格的に根付いていくことになる奈良時代の仏教やその歴史・時代背景を学ぶのにおすすめの参考書を紹介していきます。
宗教は宗教だけにあらず。
奈良時代に広まった仏教はよく東大寺大仏や国分寺による鎮護国家というイメージで語られますが、実は事はそう単純ではありません。そこには政治経済や国際情勢など様々な要因が絡んでいます。
仏教を教義だけで見てもなかなかその実相は見えてきません。歴史や時代背景と共に見ていくことで先入観とは異なる姿が見えてきます。「え!そうだったのか!」という発見が至る所に現れます。これぞ歴史の醍醐味です。
では、早速始めていきましょう。
木本好信『奈良時代』
平城京への遷都で幕を開けた奈良時代。律令体制の充実期で、台頭する藤原氏はその立役者だった。唐の文物が輸入され、国際色豊かな天平文化も花開く。他方で長屋王の変、藤原広嗣の乱、恵美押勝の内乱など政変が相次ぎ、熾烈な権力闘争が繰り広げられた。飢饉や疫病にも襲われる。仏教を重んじ、遷都を繰り返した聖武天皇、その娘で道鏡の重用など混乱も招いた孝謙(称徳)天皇の治世を軸に、政治と社会が激動した時代を描く。
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本書『奈良時代』は奈良時代の歴史を学ぶのにおすすめの参考書です。これまで飛鳥時代など古代史についての本を読んできましたが、やはり奈良時代頃になると歴史資料も増えてより細やかな歴史を知ることができるようになってきます。私は考古学的なセンスが弱く、古代史には苦手意識があるのですが奈良時代に入ってくるといよいよ人間ドラマが見えてくるようで個人的には一気に楽しくなってきました。
本書はまず天智、天武両天皇について語られ、そこから奈良時代の歴史を見ていくことになります。この天智・天武という二つの系譜が後の平安京遷都へと繋がっていくという大きな流れを本書で知ることができます。私はかつて平安京遷都は奈良の仏教勢力から離れるためと受験時代に習ったのですが、話はそう単純ではなかったのです。実は天武朝の奈良平城京から離脱して新たな天智系の都を作ることこそその大きな理由だったのでした。
やはり宗教は宗教だけにあらず。単に仏教勢力から離れるためという理由ではなかったのです。
本書ではそんな政治の大きな流れや持統、文武、聖武天皇という天皇継承の流れやその意味も詳しく知ることができます。しかも上の引用にもありますように、一般読者でも読めるようわかりやすく解説がなされます。
知っているようで知らない奈良時代の歴史を新たに学べる素晴らしい一冊です。参考図書も多数掲載されていますのでもっと奈良時代について学びたいという方にも有用です。
瀧浪貞子『聖武天皇』
本書は奈良時代を代表する人物、聖武天皇のおすすめ伝記です。
本書について著者は文庫版あとがきで次のように述べています。
二十年前、わたくしが執筆した当時、聖武天皇についての伝記研究といったものはほとんどなかったといってよい。ひ弱な、優柔不断な天皇とのイメージが強く、光明皇后や藤原仲麻呂の傀儡であったという聖武像が固定していた。そんな虚像を覆し、聖武の実像を明らかにしたつもりであったが、聖武に対するイメージは、二十年経ったいまでもあまり変わっていないといってよい。というより、聖武やその時代への関心、取り組みは依然として高まる気配がないように思われる。それほどに聖武像は凝り固まり、定着しているということであろう。
しかし重ねていうが、聖武は、従来の印象とは異なり、きわめて個性的で政治性の強い天皇であった。政治手腕だけではない、文化・芸術、あるいは外交面においても洗練された感覚の持ち主で、まさに〝天平の皇帝〟ともいうべき存在であった。極端にいえば、奈良時代を方向づけただけでなく平安時代の基盤を形づくったともいえる。平安京の始祖として崇敬される桓武天皇でさえ、聖武を手本にしていると思われる行動が少なくないのが、聖武の存在の大きさを物語っている。(中略)
文庫化に際して、聖武の立場と役割の大きさ、そして意志の強さを改めて確認した次第である。
本書はたんに聖武の生涯を辿ったというのではなく、聖武を通して奈良時代を考え直してみたものである。聖武を抜きにした奈良時代はあり得ないし、それなしに古代史の理解は不可能といってよい。聖武は元明・元正という二人の女帝を中継ぎとして、その期待を一身に背負って即位した。そうした天皇としての役割を担いながら、精一杯使命を果たそうとした聖武の生さ様についても、考えてみたつもりである。
法藏館、瀧浪貞子『聖武天皇「天平の皇帝」とその時代』P373-374
ここで語られますように、本書ではこれまで誤解されてきた聖武天皇の知られざる姿を知ることができます。
「ひ弱な、優柔不断な天皇とのイメージが強く、光明皇后や藤原仲麻呂の傀儡であったという聖武像」
このようなレッテルが貼られていたという聖武天皇ということですが、ただ、正直申しますと私はそのようなイメージすらなくもっとシンプルに「仏教信仰が篤く、奈良の大仏を建立した天皇」というイメージしかありませんでした。聖武天皇という存在に対し、信仰的な面から考えても政治的な側面をイメージすることがなかったというのが正直なところでした。なので「ひ弱、優柔不断、傀儡」というレッテルも今こうして日本史を学び直して初めて知ったくらいです。きっと私と同じ方も多いのではないでしょうか。
ですがその「奈良の大仏のイメージしかない」ということそのものが聖武天皇に対する理解の不十分さを物語っているのかもしれません。
上の引用にもありましたように、聖武天皇はただ大仏を建立した天皇というだけにとどまらず、政治的、文化的にも後の日本に大きな影響を与えた存在でありました。この伝記を読めば驚くような事実がどんどん出てきます。「聖武天皇はそこまで考えていたのか!」とびっくりすると思います。そして従来語られてきた聖武天皇像がいかに不適切であったかを実感することになります。
著者が述べますように、奈良時代を知るには聖武天皇は欠かせぬ存在です。彼の存在無くして奈良時代は語れません。仏教の歴史を学ぶために手に取った本書でしたが、これは刺激的な一冊でした。
瀧浪貞子『光明皇后』
聖武天皇と光明皇后は同い年で幼少期から同じ家で育ったという間柄でした。しかもこの二人は最後まで仲睦まじかったようで、光明皇后が聖武天皇を傀儡のように扱っていたというのは考えにくいことが本書で明らかにされます。
上で紹介した『聖武天皇』では聖武側からの奈良の歴史を、『光明皇后』では光明皇后側からの歴史を学べるので2冊連続で読めば復習にもなり、さらに違う視点からも歴史を見れるのでより深くこの時代を考えることができます。両書ともわかりやすく奈良時代の歴史が解説されていますのでこの時代を学ぶのにとてもおすすめの参考書となっています。
この聖武天皇と光明皇后がいたからこそ正倉院の素晴らしい宝物が現代にも残されることになりました。下で紹介する杉本一樹『正倉院宝物 181点鑑賞ガイド』も本書と合わせて読めばさらに楽しめること間違いなしです。
杉本一樹『正倉院宝物 181点鑑賞ガイド』
これぞ、美のオールスター! 正倉院展を10倍楽しめる必携ガイド。奈良の都にもたらされた約9000点もの国際色豊かな工芸品や文物のなかから、その宝物すべてを誰よりも身近に知る著者が、聖武天皇遺愛の調度や生活道具、楽器、遊戯具、文房具、仏具、染織品などアイテムごとに厳選。見どころや細部までわかりやすく紹介する、これぞ決定版! 全点鑑賞制覇をめざすためのチェックリスト付き。
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本書『正倉院宝物 181点鑑賞ガイド』は奈良時代の至宝たる正倉院宝物を学ぶのにうってつけのガイドブックです。
上の商品紹介にもありましたように、本書では正倉院の所蔵の様々な物品をフルカラーで見ていくことができます。毎年10月下旬から11月上旬頃にかけて開かれる正倉院展のガイドブックとしても非常に役立つ一冊となっています。
私自身、本書を読んで正倉院展にものすごく行きたくなりました。実は私はこれまで正倉院という存在に対してあまり関心がなかったのですがこの本を読んでそれががらりと変わりました。よくよく考えてみれば正倉院宝物にどんなものがあるのか、なぜこの宝物がすごいのかということをこれまで私は考えたこともありませんでしたし、見聞きする機会もなかったのです。ただ、日本史の覚えるべき単語として正倉院やいくつかの宝物名を暗記していただけだったのです。
ですがどうでしょう、この本を読んですっかりその芸術の素晴らしさに驚かされることになりました。そしてさらにその由来や見どころなどもわかりやすく解説されるとなるとありがたいことこの上なしです。
近江俊秀『古代日本の情報戦略』
本書は書名通り、6世紀末頃より整備された駅路による国家情報統制システムについて知れる刺激的な一冊です。
駅路とはもともとは唐の律令体制を支えた道路網のことで、このシステムを日本も導入したということになります。この駅路システムについて本書冒頭では次のように述べられています。
中央集権体制における政治・行政上の意思決定は、原則としてすべて都で行われる。日常的な事柄に対しては、法律で定めているものの、反乱などの重大事件の発生、外交問題、災害や飢饉などの緊急事態発生となると、地方の行政官はいちいち都に方針を諮らなければならなかった。そうした事態に速やかに対応するためには、情報伝達そのものをスピードアップしなければならなかったのである。
そして何よりも、日本が手本とした中国の律令における緊急通信制度(駅制)は、異民族の国境侵入や内乱などの非常事態の発生に対応するため、可能な限り速やかに皇帝のもとに情報を届けられるよう制度設計がなされていた。そのため、中国の制度をとり入れること自体が、スピーテイーな情報伝達方法を獲得できることにつながったのである。
本書では、中央集権体制を実現した古代日本の情報伝達システムとそれを可能にした社会の実態を明らかにする。また、情報が信号化されず人力で伝えられていた時代に、それがどれほどのスピードであったのか。情報伝達の方法や運営システムはどうなっていたのか。どんな情報が飛び交っていたのか。文献資料や考古学の成果から考えていくこととする。
朝日新聞出版、近江俊秀『古代日本の情報戦略』P6
現代を生きる私たちは電話やインターネットの存在により瞬時に情報を伝えることができますが、当然ながら古代にはそのようなシステムが全くありません。それにも関わらずあの巨大な中国を統治していたのが唐なのでありました。よくよく考えてみればこれはとてつもないことですよね。ですがそれを成り立たせることができたのも優れた情報交換システムが存在していたからこそなのでした。
日本がこの唐の情報システムを取り入れるきっかけとなったのは663年の白村江の戦いでの敗戦によるものが大きいとされています。これにより唐や新羅が日本にも侵攻してくるのではないかという現実的な危機感が倭国に共有されたのでした。上の引用にもありましたように、戦争や反乱などの情報は国家運営の最重要案件です。それらの情報がいち早く政府に入って来なければ対応が後手に回ってしまうことになります。そこで唐の駅路システムを導入する運びとなったのでした。
本書では具体的に写真でその駅路システムの跡をみることができるのですが、ここで紹介できないのが残念でなりません。本当に巨大な道路の跡がまっすぐ伸びているのです。これには驚きました。しかもその道路が常に整備もされ、一直線に都に向かっているというのも驚異的でした。七世紀末の日本でこのような道路工事が行われていたというのには驚きました。
また、道路といえばやはり私は古代ローマ帝国を連想してしまいます。
およそ2000年前に全盛期を迎えていたローマ帝国にはそれこそ高度な土木技術が花開いていました。その代表が道路工事であります。「すべての道はローマに通ず」と言われるようにローマ近辺だけならずヨーロッパ中に道路が敷設されました。私も2022年にローマ近郊のアッピア街道で今も残るその道路を見て参りました。その感動は忘れられません。
このローマの道路も軍用であり、情報戦略のための道でありました。
また、時代は変わりますがC・ウォルマー『世界鉄道史 血と鉄と金の世界変革』によれば19世紀にヨーロッパで鉄道が実用化された時もその目的のひとつは軍事・情報戦略のためであったとされています。
こうして見ると、いかに早く情報を収集し伝えるかというのは国家運営において最大の課題であることが見えてきます。古代日本においてもこのことは変わらずその重要性が意識されていたということを本書で学ぶことになりました。
そして興味深いことに、この優れた駅路も律令体制の崩壊と共に姿を消してしまうことになります。なぜこの優れたシステムが消えてしまったのかも本書では学ぶこともできますのでこれは興味深いです。
古代の情報システムという観点から奈良・平安時代を見ていける本書は実に刺激的です。ぜひぜひおすすめしたい一冊です。
東野治之『鑑真』
鑑真といえば私達日本人にとっても馴染み深い存在ですよね。戒律を伝えるために6度目の航海でやっと日本に到着し、その困難な旅によって視力を失ったというあの高僧です。
688年生まれの鑑真が日本にやって来たのは753年。鑑真は65歳という高齢でありながら我が国へと命をかけて渡って下さったのでした。
その鑑真ゆかりのお寺として有名なのがやはり唐招提寺と東大寺戒壇院になります。
私もこの両寺が大好きで奈良に行く時はよく訪れています。特に東大寺戒壇院には有名な四天王像が安置されており私もその仏像の大ファンであります。
奈良の東大寺といえば大仏というイメージが強いかもしれませんが、この戒壇院の仏像のすばらしさがぜひ世に広まることを願っています。
さて、話は少しそれましたが本書ではそんな日本に戒律をもたらした唐の高僧鑑真の生涯を学ぶことができます。本書について著者は冒頭で次のように述べています。
これまで色々な形で語られてきた鑑真の生涯ですが、そのほとんどは鑑真の渡日苦心談に紙数が費やされ、鑑真が日本で何をしようとしたのかは、あまり踏みこんで書かれることがなかったと思います。ただ、鑑真が重大な決心をして来日した背後には。鑑真なりの大きな見取図が用意されていたに違いありません。その中には、日本人に受け入れられたものがある反面、遂に根付かなかったものもあるはずです。それらを全体として振り返り、鑑真の目指したものを検証してみなければ、鑑真の本当の偉大さも見えてこないのではないでしょうか。そういう思いを込めて、私はあの銘文をまとめました。
本書は、鑑真が抱いたその目論見を明らかにしようという試みです。そのため本書では、来日に当たっての苦労話よりも、来日前の鑑真が何を身につけていたのか、また来日後にどのような活動をしたのかを、丁寧に探りました。本書の特色はそこにあると思います。
岩波書店、東野治之『鑑真』Pⅶーⅷ
ここで述べられているように、本書では鑑真の苦難の旅よりも来日前の鑑真はどのような活動をしていたのか、そして来日後どのように過ごしていたかをじっくり見ていくことになります。「鑑真=失明するほどの困難な来日」というイメージが強い中で、これは意外な盲点ですよね。
ただ単に「困難な航海を経て日本に戒律をもたらした」という言葉だけでは伝えきれない鑑真の生涯というものがあります。
本書を読めば当時の日本仏教の実情やなぜ鑑真を日本は強く求めたのかという時代背景も知ることもできます。鑑真を通して8世紀の日本仏教の姿を知ることができる本書はとても刺激的です。
著者の語りも丁寧でわかりやすく、とても読みやすいのもありがたいです。
後の日本仏教にも大きな影響を与えた鑑真の生涯を学べるおすすめ入門書です。
尾田栄章『行基と長屋王の時代』
早速この本について見ていきましょう。
天平の名僧・行基と悲劇の宰相・長屋王の「水」にまつわる意外な絆とは?
「天平十三年記」に記録された行基集団の社会事業を、熟達の河川実務家が史料と現地の状況に即して詳細に読み解く。そこから浮かび上がってきたのは、従来の定説をはるかに超える行基による開墾事業のスケールの大きさと、律令国家創成期の政権内で繰り広げられた歴史の秘められたドラマだった。
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本書の主人公行基(668-749)は日本史を学んだ方には「おっ」となる方も多いかもしれません。奈良時代に民衆のために池や橋など公共施設を作り人々から慕われた僧侶としてその名が出てきます。
私も行基といえばそのようなイメージがありますが、本書ではこの行基という人物についての衝撃の事実を知ることになります。
上の引用にありますように著者は熟練の河川実務家ということで、専門の歴史家ではありません。しかし熟練の河川実務家だからこそ見える行基の土木事業のすごさがあります。これまで歴史家に見過ごされてきた行基の土木作業がいかに巨大な構想の下行われていたのかがよくわかります。私もこの本を読み衝撃を受けました。私達の想像のはるか上をいくスケールです。とんでもないことが奈良時代に行われていました!
そして本書のもうひとりの主人公長屋王ですが、こちらも日本史専攻の方なら記憶にあるかもしれません。奈良時代において有力な政治家であった長屋王ですが、729年に謀反を疑われ自殺に追い込まれた悲劇の人物です。この奈良時代の政界の中心人物と行基が太いパイプでつながり、国家事業として土木工事を行っていたのではないかというのが本書のメインテーマです。
「いやいや、行基の土木工事が国家と繋がっていることの何が問題なの?」と思われるかもしれませんが、ここがポイントです。なぜなら、行基は晩年になるまでは国家から異端の僧侶として弾劾を受けていたからなのです。政府としては国家の法「僧尼令」に基づいて僧侶を管理しようとしていましたが、行基はその枠を超えて独自に民衆の中に入り仏教を説きました。そのため政府から危険分子として非難されていたのです。そのため行基の土木作業は政府とは全く関係のない独自のものと従来は考えられていましたが著者はそれに疑問を呈します。河川実務家の目から見ると、行基の仕事内容は国家クラスの援助がないと不可能なほど巨大な工事だったというのです。
政府から弾劾されていたはずの行基が国家クラスの土木事業を請け負う・・・
この矛盾を解消するのが当時の政権トップたる長屋王との強いつながりだったのでした。
もちろん、行基は後に東大寺大仏建立のために政府から許され重用されることになるのですが、こうした矛盾が生じていた時期があったのも事実です。本書ではその矛盾の実態や行基の驚異的な土木作業のスケールを知ることになります。これは刺激的です。
そして著者はこう語ります。
「行基の事業の素晴らしさをお伝えしたい。闇に隠された真実を探りだす発見の旅の楽しさを共感していただきたい。その二つの思いが本書を取り纏める原動力である。」
どうですかこの熱い思い!著者のこの姿勢に私も思わず熱くなってしまいました。本書を読んでいればこうした著者の熱い思いをひしひしと感じることができます。
そして著者は単に思いつきで行基と長屋王を語っているのではなく、「河川のプロとしての目」と原典を丁寧に読んでいくという両輪の姿勢が本書にはあります。これも本書の素晴らしい点だと思います。これはなかなかできることではありません。
また、治水に関しては以前スリランカ仏教について学んでいた際に中村尚司『スリランカ水利研究序説』という本を読んだことを思い出します。
この本でも厳しい環境で水をいかに管理するかに苦心したスリランカの歴史を知ることになりました。紀元前の段階ですでに高度なダム技術と灌漑システムがあったということに私も驚きました。この本でも歴史家の視点というよりも、現場のプロの目線で説かれていて、普通の歴史本とは異なる古代スリランカを知ることができました。
本書『行基と長屋王の時代』もまさに、当時生きていた人の生活が垣間見えるようなそんな体験ができる一冊です。1000年以上も前の人達がこんなに高度な技術を用い、さらには何万人規模の人員を動員して途方もない巨大工事をしていたというのは衝撃以外の何物でもありません。
教科書に書かれるような有名な歴史だけでなく、そこに生きた人々がいる。そしてそこには現代を生きる私達の想像のはるか上を行く英知があり、たくましく生きていたのだ。私もこの本を読んでそんなことに思いを馳せることになりました。
いや~素晴らしい作品でした。これは刺激的です。著者の熱い思いが込められた素晴らしい参考書です。
『新アジア仏教史11 日本Ⅰ 日本仏教の礎』
これまで当ブログでは『新アジア仏教史』シリーズの第一弾である『新アジア仏教史01インドⅠ 仏教出現の背景』から何冊も紹介してきましたが、その全てが「え!?そうなの!?」という驚きが満載の参考書でした。
そしてその中でも今作『新アジア仏教史11 日本Ⅰ 日本仏教の礎』はトップクラスに刺激的で興味深い内容が語られていました。
私はかつて日本史の授業で日本の仏教伝来は538年あるいは552年と習いました。今でもその語呂合わせの「ゴミはここに」という言葉が強烈に残っています。当時は何の疑問もなく受け取っていましたが、いくら語呂合わせとはいえ仏教を「ゴミはここに」というのはなかなかなものだなと今では苦笑いですがこの552年について本書ではものすごく興味深い解説を聞くことになります。
仏教伝来が552年とされたのは『日本書紀』の記述がベースになっています。ですがこの『日本書紀』というのが厄介な代物で、単に歴史を編纂したのではなく、国家運営における神話生成という側面が非常に強い書物だったのでした。つまり、ここで語られるものは史実というより、国家神話とでも言うべき歴史なのでありました。
これ以上はここでお話しできませんが、私はこの552年仏教伝来説の裏側を知りまさしく仰天してしまいました。曽我氏、物部氏、聖徳太子、末法など、仏教や日本史に関心のある方には馴染み深い人物や思想が新たな装いで私達の前に現れてきます。これは衝撃です。特に末法思想を国家運営のメインストーリーに据えたというのは目が飛び出そうな衝撃でした。
また、他にも奈良時代、平安時代の仏教についても詳しく知れるのもありがたかったです。最澄や空海などのスーパースターについても学ぶことができます。
そして通俗的に語られがちな神仏習合の歴史が実際にはどのようなものだったのかというのも非常に興味深かったです。よく日本では仏教と神道は共存していたと言われますが、この言い方そのものが実は事実とは異なっているということを知ることになります。私達がイメージする神仏習合、本地垂迹などの説はどこから来てどのような背景から生まれてきたのかもこの本では知ることができます。いやはや、この本は驚くことがありすぎです。もうお腹いっぱいです。
この『新アジア仏教史』シリーズでは各分野の専門家が様々な視点から仏教を見ていきます。ですので私達も普段なかなか意識しない角度から仏教や時代背景、歴史を考えることになります。おすすめの参考書もずらりと掲載されていますので興味のあるジャンルをもっと深めるための案内書としても非常に便利です。私もこのシリーズを通して多くの参考書とつながることができました。
吉田一彦『古代仏教をよみなおす』
本書は仏教の伝来とその受容の過程についてのわかりやすく解説された入門書となっています。特に聖徳太子についての解説は非常に興味深いです。私達が当たり前のように受け取っていた歴史が今や通用しないものになってしまったことに衝撃を受けると思います。これは刺激的です。
この本ではまさに目から鱗の興味深い指摘がどんどんなされます。聖徳太子と国家形成の流れや神仏習合についての解説は特にそれが際立っています。ものすごく面白いです。
私は浄土真宗の僧侶です。浄土真宗の開祖親鸞は平安末期から鎌倉時代に生きた僧侶でした。開祖が生きた時代についてはよく宗門の講義や法話でよく聴く機会があるのですが、それよりもさらに遡った奈良平安以前の時代背景や仏教についてはなかなかそういう機会もありません。そんな私にとって日本仏教の礎ともなったこの時代の仏教と時代背景を知れたのは非常にありがたいものがありました。
著者の語り口も明快でとてもわかりやすくすらすら読んでいくことができます。日本仏教を学ぶ上の入門書としても非常におすすめです。
吉田一彦『民衆の古代史』
今作は奈良時代の僧景戒によって書かれた『日本霊異記』をもとに当時の人々の生活を見ていく作品です。
上で紹介しましたが吉田一彦氏の語りはとてもわかりやすく読みやすいです。また『古代仏教をよみなおす』でもそうでしたが本書も非常に刺激的な内容となっています。吉田氏は私達が当たり前に受け取っていた歴史をひっくり返します。読めばびっくりすることがどんどん出てきます。たとえば次の言葉です。
「(『日本霊異記』には)地域社会に仏教が広まり、民衆たちも熱心に仏教を信仰していた様子が描かれているが、中学・高校の歴史教科書では、古代の仏教は国家仏教で、民衆は仏教から疎外されており、民衆に仏教が広まるのは法然、親鸞、道元、日蓮らの鎌倉新仏教の誕生をまたなくてはならなかったと書かれている。それでは奈良時代のこの民衆たちの仏教をどう理解すればよいのか。」
そう。まさにそうなのです!
本書では奈良時代にしてすでに人々の間で仏教信仰が根付いていたことが明らかにされます。そしてその信仰がどのようなものだったのかということも知ることになります。貴族や僧侶たちではなく、民衆が求めた仏教の救いとは何だったのかということも本書では考えさせられることになります。
本書では『日本霊異記』の様々な話が引かれているのですがそのどれもが興味深く、面白いです!歴史的価値、史料価値云々の前にそもそもシンプルに面白い!これは大きな驚きでした。この本を読んでいると『日本霊異記』そのものにもとても興味が湧いてきます。ぜひ私もこの後『日本霊異記』を読んでいこうと思います。
吉川真司『天皇の歴史02巻 聖武天皇と仏都平城京』
天皇の歴史2 聖武天皇と仏都平城京 (講談社学術文庫 2482)
本書は奈良時代の流れを概観できるおすすめの参考書です。
奈良時代といえば平城京や東大寺の大仏がすぐに浮かんでくると思いますが、それらの歴史を「天皇」という観点から見ていくのが本書のポイントになります。
「天皇」という観点から見るということは、すなわち政治史と言ってもよいでしょう。この本では単に平城京や東大寺の歴史を見ていくのではなく、奈良時代の混沌たる政治状況と絡めて解説されていきます。
特にこの本の後半で語られる平城京から平安京遷都の経緯の箇所はとても刺激的でした。平城京から平安京への遷都は仏教勢力から距離を置くためとよく言われますが、実際にはそうではなく、天皇の皇統転換が大きな要因だったというのは興味深かったです。
また仏都平城京と政治都市平安京の役目の違いなど、ふだんなかなか考えない視点から奈良、平安時代を見ていけるのも面白いです。
本自体もとても読みやすく、すらすら読むことができました。
奈良、平安初期の全体像を掴むためのおすすめの参考書です。
伊藤俊一『荘園 墾田永年私財法から応仁の乱まで』
本作『荘園 墾田永年私財法から応仁の乱まで』は書名通り、日本の歴史に大きな影響を与えた「荘園」にスポットを当てた作品です。「荘園」という切り口から日本史を眺めていくというのはありそうでなかなか目がいかない興味深い視点ですよね。著者はそんな荘園について次のように問題提起をします。
「現代の私たちは中央集権的な近代国家に生きているから、荘園はともすれば土地制度の鬼子扱いで、貴族や寺社が私利私欲で国の土地を囲い込み、国の秩序を乱したように取られることがある。」
たしかにこの指摘は私達にも思い当たるものがあるのではないでしょうか。そのように教えられてきたという場合もあれば、自ずからそのように感じてしまうということもあるかもしれません。
ですが上の引用で語られますように、「荘園」というものが日本の歴史において大きな影響を与えた存在であったことは間違いありません。単に「私利私欲の囲い込み」という面で捉えるのではなく、経済や技術、流通の発展に寄与したプラス面の意義にも目を向けることも重要なのではないかと本書を読んで考えさせられます。
寺院と荘園のつながりは日本仏教を考える上でも大きな意味があります。宗教は宗教だけにあらず。政治経済や時代背景、すべてのものが繋がっています。そうした意味でも大きな経済基盤となり、また情報や技術が発展していく現場となった荘園は大きなポイントとなってくるのではないでしょうか。
奈良時代から中世にかけての流れも知れるおすすめ作品です。
おわりに
以上、奈良時代を知るためのおすすめ参考書12作品をご紹介しました。
日本史の本に取り掛かってからすぐに実感したのが、膨大な数の参考書の存在でした。インドやスリランカ、中国の本に比べるととにかく数が多いのです。それはそうですよね。ここは日本なのですから。研究の蓄積もインドやスリランカに比べると多いのは当然です。ですがその豊富すぎる研究の結果や書店に並ぶ大量の歴史本で、もはや何を読んでよいのか、何を信じてよいか混乱してしまうということが起こってしまいます。
私も大いに迷いました。ですがとにかく様々な本を読み、その中からおすすめの本を厳選して紹介したのが今回の記事になります。ぜひ皆さんのお役に立てましたら幸いでございます。
以上、「奈良時代の仏教と歴史・時代背景を学ぶのにおすすめの参考書12選!」でした。
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