キューバ人の陽気さに付いていけず寝込む。私は陽気で愉快な人間にはなれそうもないことを確信した日。キューバ編⑪
私は陽気で愉快な人間にはなれそうもない。キューバ人の陽気さに付いていけず寝込む 僧侶上田隆弘の世界一周記―キューバ編⑪
ブエナビスタ・ソシアル・クラブのライブからカサに帰ると、いつものようにホストファミリーがリビングでくつろいでいた。※カサについては陽気な音楽が流れるキューバの首都ハバナと旧き良き時代 キューバ編⑨参照
彼らはぼくを見つけるやいなや「ブエナビスタはどうだった?楽しかったかい?」とこれまた陽気に話しかけてくれた。
―いやぁ、実にすばらしかったですよ!キューバのミュージックはノリがよくて元気になりますね!
「よかったよかった!ささ、こっち座ってこっち座って!今飲み物出すから!」
誘われるがままにぼくはホストファミリーたちがくつろぐリビングのソファに腰を下ろした。
彼らはいつも陽気だ。きっと心の底からおしゃべりが好きなのだろう。
そして彼らと混じってお話ししているうちにブエナビスタ・ソシアル・クラブがまた話題に上ってきた。
―それにしてもあのサルサダンサーのステップの軽やかさには驚きました!サルサって素晴らしいですね!
「でしょ?サルサは本当に素晴らしいわ。キューバ人は歌って踊るのが大好きなのよ!」
そう言ってスサンナ(写真右の女性)はおもむろに立ち上がりその場で踊り始めたのである。
「あなたも踊ってみる?楽しいわよ?」
―いえ・・・ぼくは・・・・
「まあまあ、そう言わずに!・・・あ!もしよければ明日、サルサのレッスン受けてみる?」
―え?
「私の友達はサルサの先生なの。呼べばすぐ来てくれるわ。ここでレッスンを受けられるわよ?」
―え?ここでですか?
「そう。ここよ、ここ。」
どうやらこのリビングでレッスンをするということらしい。
「先生と二人、プライベートレッスンでみっちり教えてもらえるわよ!絶対楽しいから!どう?どう!?」
―ええ・・・まぁ・・・はぁ・・・
ぼくは割と、いやかなり地味な気質の人間だと自分では思っている。
みんなでわーっと盛り上がり、クラブで踊るというようなことは苦手中の苦手だ。
ぼくは静かにコーヒーを飲んでゆっくり本でも読めたならそれが1番の幸せのような人間なのだ。
「さあ踊ろうぜ!」みたいなクラブのノリにはどうもついていけない。
実は先のアメリカでもジャズの殿堂ニューヨークの有名店「Blue Note」に行った時も、ライブの途中でなぜかメインのサックスプレイヤーがマイクを握りラップを歌い始め、会場の客が皆立ち上がり踊りだすという機会にも遭遇した。
ぼくはいつものようにそのノリに呆気にとられ、ただ茫然とそれを見守ることしかできなかった。
さっき行ったブエナビスタ・ソシアル・クラブのライブでも、後半は観客みんなが立ち上がって会場中央に集まりダンスを踊るという場面があった。
やはりそこでもぼくは立ち上がることすらできなかった。
踊れることをうらやましいと思っているわけではない。
自分も混じりたいのにそれができないからつらいとか、そういうわけでもない。
ただ、自分はそういうのが苦手で、どうしたらいいかわからなくなってしまう。そしてできれば目立ちたくない、指名されて無理やり踊らされるのは嫌だなと視線を落として嵐が過ぎ去るのを待っているだけだった。
でもせっかくキューバに来たのだからこれも何かの縁かもしれない。
ダンスなんて習ったこともないがプライベートレッスンだったら恥もかくこともないだろう・・・
せっかく陽気なキューバに来たのだ。郷に入れば郷に従え。どうなるかはわからないがとりあえずやってみよう。
うん、ものは試しだ!一丁やってみようではないか!
「OK!じゃあ明日早速先生に来てもらうように連絡するわね!15時にしちゃうけどいいかしら?いいわね!?」
―えぇ!お願いします!
「じゃ、明日15時にここでよろしくね!」
ひょんなことからぼくのサルサ体験が決まってしまったこの夜、不思議と翌日のレッスンを楽しみにしている自分を発見した。
もしかしたら自分もそういう人間に変われるのかもしれない。いつどうなるかなんてやってみないとわからないもんだ。
そう呑気なことを考えながらぼくは眠りについたのである。
―翌日15時。
ぼくは緊張した面持ちで先生を待っていた。
一体どんな先生が来るのだろうか・・・できれば男性のほうがいいな・・・昨日のステップ格好良かったしなぁ・・・でもきっと彼女の友達っていうくらいだからきっと女性だろうな・・・
「!」。チャイムの音が鳴る。どうやら先生のお出ましのようだ。
ぬっとドアから姿を現す先生。
そこでぼくの目の前に現れたのは、かなりいかつい黒人の女性だった。
身長は165センチくらい。肩はかなりがっちりしていて筋肉質。スレンダーというよりはパワー系のアスリートといった体つきだ。
「Hello!Nice to meet you!」
ピカッと光るような笑顔でぼくに話しかける先生。見るからに陽気な雰囲気が漂うもぼくはすでにその迫力に圧倒されてしまっていた。
黒人女性の先生とマンツーマンのレッスン。あまりの緊張に早くもぼくは逃げ出したくなっていた。
レッスンのスタートは基本的なステップの練習から始まる。
手拍子とカウントに合わせて決められたステップを踏んで行くのだがこれがまた難しい。
つい体が硬くなってしまい、動きがぎこちなくなってしまう。
リラックスリラックスと言われた瞬間は力を抜けるのだけども、ステップに集中するとついまた固くなってしまう。
う~む、なかなか難しいもんだな。でもまあ、楽しいかも。
しばらく基本ステップを練習した後、先生がこちらに近づいてくる。
ん?何だ何だ?
「さ、ここからは2人で踊りましょう」
―え!?それは・・・!
「サルサは2人で踊るものよ!当然でしょ?さ、始めましょう!」
あぁ・・・恐れていたことが始まってしまった・・・・
先生とぼくは片手をつなぎ片手を相手の腰にそえて真正面に向かい合う。
「さあ、さっきやった基本ステップで音楽に合わせて踊っていきましょう。」
でも、がっちがちに固まったぼくにそんなことができるわけがない。
「リラックスリラックス!スマイルよ!私の目を見て!」
いやいやいや!それが無理なんですって!!
ぼくは絶望的な目で先生のあごあたりに視線を落として踊り続けた。
だって、そうじゃないか!
ダンス経験もない初心者が初対面の女性といきなり手をつないで踊れるだろうか。それも、ここキューバで!しかもいきなりキューバ人女性とだ!
それに、顔だってものすごく近いのだ。
さっきも言ったがものすごく迫力のある方なのだ。先生は。
ぼくはその迫力に圧倒されてしまいサルサどころではなくなってしまった。
慣れない動きの疲れと精神的なショックでぼくはみるみるうちに弱っていく。
レッスンは1時間の約束。
でも全然時間が進まない!早く終わってくれ!じゃないと倒れてしまう・・・!
―16時。ようやく1時間が過ぎた。
レッスンは終了。なんとか乗り切ったようだ・・・
ぼくはソファに崩れ落ちるように腰を下ろした。もう限界だ。
レッスンを終えてスサンナもやって来た。ぼくらは3人でテーブルを囲み彼女の入れてくれたコーヒーを頂いた。
「どうだった?」とスサンナに聞かれ、「いや~楽しかったよ。ただ、ものすごく疲れたよ」と答えるといつものように彼女は大爆笑していた。何がそんなに面白いのだろう。本当に陽気な人だ。
「先生まだ今日時間あるみたいだからどう?レッスン延長する?」ニヤニヤした顔でスサンナが聞いてきた。なるほど、だから笑ってたのか。
とてもじゃないがレッスン延長なんて無理だ。明日もやるかい?とも聞かれたが丁重にお断りした。もう限界だ。具合が悪くなってきた・・・
トークもほどほどにぼくは自分の部屋に退散した。
とにかく一人になりたかった。文字通りぼくは逃げ出したのだった。
ベッドに倒れこむ。
その瞬間急に頭痛がぼくを襲いだした。
ガンガン響くような痛みが来たかと思えばそのあとはずっと内側から外へ膨張していくようなじんじんした痛み。
身体が重い・・・吐き気もしてきた。
ぼくはこの日ほとんど食欲も出ず、さらには妙に頭がさえてしまってなかなか寝付けない苦しい夜を過ごすことになった。
頭痛は一向に良くならず、肩回りが異常に凝り、全身のだるさがどうしてもとれない。
サルサでここまでやられてしまうとは予想だにもしていなかった。
ベッドで痛みにうめきながら早く日本に帰りたいと何度思ったことだろうか。
すっかりぼくはキューバに疲れてしまったのである。
ぼくがこうなってしまったのはおそらくサルサだけが原因ではない。
キューバに来てから常にカルチャーショックにさらされてきた。日本とはあまりに違う雰囲気に少しずつダメージを受けていたのだろう。
さらにホテルではなくカサに泊まったことで一人の時間も減った。
ホストファミリーのみなさんはとにかく陽気。ぼくはそれに精一杯合わせようと気を張っていた。その無理もたたったのだろう。
そしてサルサの翌日、ぼくの他にもこのカサに泊まっていた夫婦とばったり会うことになり、コーヒーをご一緒することになった。
ご主人はオーストラリア人、奥さんがキューバ人という国際結婚のご夫婦。
ぼくはご主人とお話ししている内に昨日の顛末と頭痛についてお話しすると、彼は爆笑してこう言った。「私もだ」と。
「日本とヨーロッパでは文化がかなり違うだろう?でもここはさらに遠い。もう反対と言ってもいい。びっくりするだろう?
日本人は静かで礼儀正しい。でもキューバ人は何をするにもノープランで陽気。私の妻なんてクラブで3時間も5時間も踊り続けるんだ。付いていけないよ。
君が頭痛くなるのはよ~くわかるよ。私もしばらくは驚きっぱなしだったんだ」
なんだ。オーストラリア人でもキューバ人には驚くのか。
だったらぼくがこうなるのだって仕方のない話なのかもしれない。
ぼくはキューバ人のような陽気な人間にはそう簡単にはなれないということがよ~くわかった。
身体が拒絶反応を起こしてしまうのだ。
結局ぼくはこのあと丸二日間ほとんど動けずに部屋でうなされながら時を過ごすことになってしまった。
文化の違いはやはり大きい。違う文化に生きていれば当然その気質も大きく変わってくる。
さらにその中でも個人個人の生活環境や持って生まれた気質も絡んでくる。
人それぞれ全く違うものを持って生活しているのだ。
違う誰かのようになろうとしたってそれは土台無理なことなのだ。
そんなことは散々いろんなところで言われてきたことではあるけれども、ぼくはここキューバで身をもって痛感した。
頭でわかるのと身体でわかることはまるで違う。
キューバというまるで日本とは正反対の文化を持つ地で、身体でそれを感じることができたのはとてもいい経験になったのではないかと思う。
ブエナビスタ・ソシアル・クラブのライブで感動したサルサダンサーのステップからこんなことになるとはまったく想像もしていなかったがこれも旅の醍醐味。
体調不良という高い勉強代もかかったがそれはそれでまた記憶に残るというものだ。
キューバは実に面白い国であるとつくづく思うのであった。
続く
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