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荒井悦代編『内戦後のスリランカ経済』概要と感想~2016年時点の経済状況と内戦について学ぶのにおすすめ

内戦後のスリランカ経済
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荒井悦代編『内戦後のスリランカ経済―持続的発展の諸条件—』概要と感想~2016年時点の経済状況と内戦について学ぶのにおすすめ

今回ご紹介するのは2016年にアジア経済研究書より発行された荒井悦代編『内戦後のスリランカ経済―持続的発展の諸条件—』です。

早速この本について見ていきましょう。

この本は、内戦と内戦にまつわる不安から解放されたスリランカについて、とくに経済について理解していただくためにつくりました。なぜ経済かというと、内戦終結後のスリランカ中央銀行が発表する数字は、私の知っているスリランカとはちがう国なのではないかと疑うレベルのものだったからです。内戦が終了したスリランカで一体何がおこったのでしょうか。また、内戦後のスリランカは、これまでスリランカを知らなかった人たちからも関心をもたれるようになってきたようにも感じていました。スリランカは人口約2000万人、北海道ほどの小さな国ですが、多様性に富んでいます。経済についても同様です。熾烈な価格競争のなかでスリランカのような資源のない国がどうやって生き残っているのか、人的資源は優れているらしいけれども、労働市場や労使関係はどうなっているのか、内戦の原因となった民族問題はどうなっているのかなど、この本がスリランカを知るうえでのひとつのきっかけになってくれればうれしいです。

Amazon商品紹介ページより

スリランカは1983年から2009年まで多数派のシンハラ人と少数派のタミル人との間で内戦状態になっていました。

この内戦の大きなきっかけとなったのはスリランカ人口の大半を占めるシンハラ仏教徒と少数派のヒンドゥー・タミル人の対立です。ですがこの対立もはじめからあったわけではありません。この対立が激化したのはスリランカ仏教とナショナリズムが結びつくというこの国独特の宗教・民族観の生成があったからこそでした。この内戦の背景については以前当ブログでも紹介した澁谷利雄『スリランカ現代誌』や杉本良男『仏教モダニズムの遺産』という本がおすすめです。

これらの本では宗教とナショナリズムについて説かれますが、本書『内戦後のスリランカ経済』は内戦後の経済に特化して学ぶことができます。これまでもスリランカについて様々な本を読んできましたが経済に特化した本というのは初めてで、私にとってもものすごく新鮮でした。

本書について著者は「はじめに」で次のように語っています。

スリランカでは、1983年から2009年まで内戦状態にありました。内戦は北・東部に限定されていたのですが、セキュリティ検査は頻繁におこなわれ、まず空港で、コロンボ市街地の入口で、ホテルの入口で、ショッピングセンターの入口で、と至るところでチェックを受けていました。ただ、コロンボやキャンディでの生活は一見平穏で、人びとは普通の生活を送っているようでした。

みんな長引く内戦のせいで感覚が麻痺しているのか知らん、と考えつつ私はコロンボで安穏と暮らしていました。しかしあるとき、バスでやたらに落ち着きのない女性と隣り合わせました。そのとき私は、もしかしたらこの人は服の下に爆弾を巻いていて、自爆テロに向かう途中なのかもと、怖くなり、目的地の手前でしたが慌ててバスを降りました。少し前に女性の自爆テロ事件があったからです。今考えれば、その女性は家族が急に入院したと知らせを受けて病院に向かう途中だったのかもしれません。自爆テロが発生するかもしれない町に住む、というのは、こういう不安がつきまとうものなのだとそのときようやく実感したのです。

もちろん、現在はこんな心配はいりません。安心して外出できます。海外からの観光客も増えました。大型の観光バスから欧米人観光客が押し出されてくる光景をみるようになりました。内戦時にはマイクロバスがせいぜいでした。キャンディ湖を見下ろすことのできる道沿いは、新しいホテルが雨後の竹の子のように建ちはじめました。

この本は、内戦と内戦にまつわる不安から解放されたスリランカについて、とくに経済について理解していただくためにつくりました。なぜ経済かというと、内戦終結後のスリランカ中央銀行が発表する数字は、私の知っているスリランカとはちがう国なのではないかと疑うレべルのものだったからです。内戦が終了したスリランカで一体何がおこったのでしょうか。

また、内戦後のスリランカは、これまでスリランカを知らなかった人たちからも関心をもたれるようになってきたようにも感じていました。スリランカは人口約2000万人、北海道ほどの小さな国ですが、多様性に富んでいます。経済についても同様です。熾烈な価格競争のなかでスリランカのような資源のない国がどうやって生き残っているのか、人的資源は優れているらしいけれども、労働市場や労使関係はどうなっているのか、内戦の原因となった民族問題はどうなっているのかなど、この本がスリランカを知るうえでのひとつのきっかけになってくれればうれしいです。

アジア経済研究書、荒井悦代編『内戦後のスリランカ経済―持続的発展の諸条件—』Pⅰ-ⅱ

内戦下のスリランカの状況を感じられますよね。

そして本書を読んで驚いたのですがスリランカにおいては内戦中においても堅実な経済成長があったようです。むしろ内戦終結後の方が経済がうまくいっていないというのは驚きでした。スリランカ特有の経済状況に詳しく知れる本書は刺激的です。

特にスーパーマーケットやアパレル業界について書かれた箇所は興味深かったです。後半の漁業の章でも驚きの事実がどんどん出てきました。これまで宗教、特に仏教の観点からスリランカを見てきた私ですが、視点を変えればまだまだ新しい世界が見えてくるのだなという思いになりました。私はこれからスリランカを実際に訪れる予定ですが、この本で書かれていた様々な事例を目で見てきたいと思います。

スリランカを新たな視点で見れた本書には大感謝です。とても刺激的な一冊でした。ぜひ皆さんも手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「荒井悦代編『内戦後のスリランカ経済』~2016年時点の経済状況と内戦について学ぶのにおすすめ」でした。

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内戦後のスリランカ経済: 持続的発展のための諸条件 (アジ研選書 No. 42)

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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