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近藤昭『絵画の父プッサン』あらすじと感想~フランスアカデミーの規範となった理想風景画の大家の伝記

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近藤昭『絵画の父プッサン』概要と感想~フランスアカデミーの規範となった理想風景画の大家の伝記

今回ご紹介するのは1974年に新潮社より発行された近藤昭著『絵画の父プッサン』です。

早速この本について見ていきましょう。

セザンヌ、ピカソの師、「近代にノロシを上げた最大の画家」プッサン。その絢爛たる歴史、神話画から「寓意」をひき出し、画工時代からルイ十三世の首席国王画家に至る波乱の生涯を、はじめて本格的に追求する。


新潮社、近藤昭『絵画の父プッサン』帯

今回紹介するニコラ・プッサンは前回の「中島俊郎『英国流 旅の作法 グランド・ツアーから庭園文化まで』貴族の必須教養としての世界旅行を解説するおすすめ作品!」の記事でも出てきましたが、17世紀以降のヨーロッパ絵画史に非常に大きな影響を与えたのがこの人物になります。

ニコラ・プッサン(1594-1665)Wikipediaより

プッサンとヨーロッパ(特にフランスアカデミー)への影響についてわかりやすくまとめられた箇所が木村泰司著『印象派という革命』という本にありますので今回はそちらを引用します。

官僚貴族の家柄に生まれたプッサンは、当時のエリート教育であったラテン語教育を受けて育った。この時代、画家になる予定の少年には必要のない教育である。当然のことながら両親の大反対を押し切り、プッサンは画家の道を目指すことになった。

豊かな知識と教養、貴族的な品性と高い道徳観を持つたプッサンは、アカデミーというフィルターを通して、「卑しい」と社会から見なされていた職人階級からの脱却を図ったル・ブランをはじめ会員たちの理想像として映ったのだ。

プッサンは、審美眼がなく教養にも欠ける大衆に迎合することをよしとせず、教会の祭壇画のような公的な仕事をできるだけ避け、裕福で教養のある上流階級の顧客のための私的な作品を制作するようにしていった。その結果、単純に目だけを楽しませるような作品ではなく、知性と理性に訴えて感動させる作品を描くことができたのだ。

そして、「主題は高貴でなければならない」と考えたプッサンは、大衆は単純に色彩に魅了されると見なし、それを俗悪と考えた。そのため彼は絵画制作において、感覚に訴える色彩ではなく、知性と理性に訴えることができる「フォルムと構成」を重視したのである。こうしたプッサンの制作姿勢および理論が、アカテミーの公的な美の規範、すなわちフランス古典主義となったのである。

人生の円熟期のほとんどをローマで過ごしたプッサンであるが、彼は大勢の知識エリートと見なされた友人や顧客をフランスに持ち、彼らを通じてプッサンの作品はフランスにもたらされた。

集英社、木村泰司『印象派という革命』P59-60

プッサンの特徴はここで語られるように、「単純に目だけを楽しませるような作品ではなく、知性と理性に訴えて感動させる作品を描くこと」にあります。

ニコラ・プッサン『アルカディアの牧人たち』Wikipediaより

17世紀に一世を風靡したプッサンの絵画には「寓意」がふんだんに散りばめられています。プッサンの絵は見た瞬間にわかる美しさも圧倒的ですが、古典の知識や絵画における高度な理解がなければわからない「寓意」というものも大きなウエイトを占めています。

この高度な教養と審美眼が求められる奥深さが当時の上流階級に非常に好まれることになったそうです。

『絵画の父プッサン』はそんな作品を生み出したプッサンの生涯を追っていきます。帯にも書かれていましたがプッサンの伝記は非常に貴重です。

1600年代のイタリア絵画のことを知れる本すらそもそも貴重な中で、プッサンの生涯と時代背景も学ぶことができるこの本は非常に興味深かったです。

また、あとがきでは著者は次のように述べています。

フランスでは小学生でも名を知っており、ルーヴル美術館の有名な『オルぺウスとエウリュディケー』などを前にして、「あそこはピカソだ」「いやあれこそマティスだ」と学生がにぎやかに議論を交しているこの巨匠の名前が、わが国ではあまりにも知られなさすぎる。その理由のひとつは、プッサンをいわゆるアカデミックな画家とみなす伝統がまだまだ強靱に根づいており、他のひとつの理由は―最近とくに顕著になってきた傾向だが―彼の作品をバロック的な潮流と結びつけようとする解釈が優先しているためではなかろうか。プッサンの作品が花ひらいたのは、決して宮廷的、教会的な風土の上ではなく、この巨匠の豊潤な寓意と新鮮で近代的な造形上の変容が実を結ぶのは、自由思想家の風土の上であった。彼が生涯の大半を送った当時のローマは、なによりもガリレオのローマであったことを忘れてはならない。私は本書の中で彼とこれら自由思想家との結びつきをとくに強調したつもりである。

彼の神話的風景画を古典主義とよぶのはたやすいし、私も本書の冒頭ではこの問題にかなりふれたはずである。しかし晩年のプッサンの作品は、タブローの枠を重視する古典主義的な原理を厳守しながらも、ひとつの新しい風景のヴィジョンを創造しており、この問題を解明せずに彼が近代絵画に与えた貢献、とくにセザンヌへの影響を論ずるのは不可能であろうと思われる。私が本書の後半であえて危険な賭に挑戦したのもこのためである。


新潮社、近藤昭『絵画の父プッサン』P251

著者はプッサンの魅力は「寓意」だけにあらずと述べます。そもそも絵画としての美しさも素晴らしい。理論的な「寓意」だけに着目するのではなく、彼の絵画の美しさそのものにももっと注目すべきではないのか、その秘密にもっと迫るべきではないかと著者は述べます。

この本を読んでいて気づくのは著者のプッサンへの愛です。この本はそんな著者の並々ならぬプッサン愛も感じられる作品となっています。

プッサン好きの著者によるおすすめのプッサン伝記、プッサン解説書となっています。

ぜひおすすめしたい一冊です。

以上、「近藤昭『絵画の父プッサン』フランスアカデミーの規範となった理想風景画の大家の伝記」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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