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山下剛『もう一人のメンデルスゾーン』あらすじと感想~作曲家メンデルスゾーンの姉もすごかった!

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山下剛『もう一人のメンデルスゾーン ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼルの生涯』概要と感想~作曲家メンデルスゾーンの姉もすごかった!

今回ご紹介するのは2006年に未知谷より発行された山下剛著『もう一人のメンデルスゾーン ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼルの生涯』です。

これまでの記事で大作曲家メンデルスゾーンの祖父モーゼス、父アブラハムについてお話ししてきました。

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ですが驚異の一族、メンデルスゾーン家にはまだまだ恐るべき才能を持つ人物がいました。

それが今回ご紹介するファニー・メンデルスゾーンです。

ファニー・メンデルスゾーン(1805-1847)Wikipediaより

ファニーは作曲家フェリックス・メンデルスゾーンの4歳年上の姉です。

彼女はフェリックスを凌駕するほどの音楽的才能を持ち、彼の音楽家人生を陰ながら支えた人物です。

ですが、当時の時代背景や社会通念によって女性音楽家として世に出ることはほとんどありませんでした。

そして1847年に彼女は若くして急死してしまいます。そのことにショックを受けたフェリックスは失神し、その半年後には彼女の後を追うように彼も病気で亡くなってしまいます。それほどこの姉妹の結びつきは強いものでした。

そんなファニーについてとてもわかりやすく解説してくれるのが本書『 もう一人のメンデルスゾーン ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼルの生涯』 です。まえがきにファニーとこの本についてわかりやすくまとめられていますので、少し長くなりますがそちらを見ていきたいと思います。

これから紹介するのは、ドイツ・ロマン派の作曲家フェーリクス・メンデルスゾーン・バルトルディの四歳年上の姉ファニー・へンゼル(旧姓メンデルスゾーン・バルトルディ)の生涯である。

ファニーは二〇〇五年に生誕二百年を迎えた。そしてここ二十年ほどは主に女性による研究が進み、作曲家・演奏家としてのファニーの豊かな才能が、ほとんど初めて一般の注目を集めつつある。最近はドイツ本国を中心に一次資料や研究文献、楽譜やCDも次々と発行されるようになり、日本でも女性研究者や女性演奏家による取り組みが本格化し始めている。だが一次資料や作品はまだかなり多くが未発掘、未整理のまま資料館や個人の所蔵物の中に眠っていると言われている。現在知られているファニーの自筆譜は死後、家族の所有となっていたが、二十世紀になってフェーリクスの孫の一人であるフーゴー・フォン・メンデルスゾーン・バルトルティによって受け継がれ、一九六四年にその他の多くの資料とともにベルリン・プロイセン文化財財団(ベルリン国立図書館)に寄贈された。これが翌一九六五年に開かれたメンデルスゾーン文庫の重要な一部を形成することになる。今後、新たな資料が日の目を見るようになると、これまでフェーリクスの栄光の陰で正当に評価されてこなかった従来のファニー像がさらに大きく変わる可能性がある。

メンデルスゾーン家はユダヤ系だったため、十九世紀以降の反ユダヤ主義の潮流の中でその価値が必ずしも正当に評価されてこなかった。中では最も有名なフェーリクスにしても、コンサートで取り上げられるのはその多くの作品のうちの偏ったごく一部にすぎず、現在日本語で読めるまともな評伝は、ハーバード・クッファーバーグ『メンデルスゾーン家の人々―三代のユダヤ人』(横溝亮一訳、東京創元社、一九八五年)やハンス・クリストフ・ヴォルプス『〈大作曲家〉メンデルスゾーン〉(尾山真弓訳、音楽之友社、一九九九年)くらいしかない。その意味では、本書の読者は姉ファニーを媒介にして、知られざるフェーリクス・メンデルスゾーン・バルトルディの姿にも初めて接することになるかもしれない。

ファニーとフェーリクスは幼い頃から音楽に類まれな才能を示し、神童ぶりではファニーの方が弟フェーリクスを凌ぐほどだった。二人はべルリン・ジングアカデミー監督のツェルターに弟子入りし、作曲と音楽理論を教わった。ファニーは自らも作曲活動を行いながら、後見役としてフェーリクスの成長を積極的に後押しした。弟も姉ファニーの才能と審美眼に絶大な信頼を寄せていた。二人はゲーテの作品を愛し、ゲーテも若い二人の才能に目を見張った。メンデルスゾーン家には次々と優秀な家庭教師が雇われ、子どもたちには音楽だけでなく、豊かな教養教育も施された。また自然科学者のアレクサンダー・フォン・フンボルトや作曲家のフンメルやモシェレス、詩人のハインリヒ・ハイネをはじめとして、著名な文化人や音楽家が大勢家に出入りし、子どもたちの成長に大きな刺激を与えた。子どもたちは友人や仲間に固まれ、恵まれた環境の中で幸せな少年時代、青春時代を送った。

ところがその後、ファニーとフェーリクスの人生行路はまったく異なった方向を示すことになる。フェーリクスがイギリス、フランスへと活動の場を広げ、プロの音楽家・作曲家として名声を確立していく一方で、ファニーは生涯を通してほとんどべルリンに留まり、父母や一族の面倒を見ながら、作曲家・音楽家としては「日曜音楽会」という私的なサロン形式の演奏会で自分の実力を試すしかなかったのである。背景には当時の男性中心の世界観や反ユダヤ主義の存在がある。ファニーは自作の出版をめぐってフェーリクスとの確執にも悩まされ、それが彼女の音楽活動に暗い影を落としている。しかしファニーが四十二歳に満たない若さでこの世を去ると、フェーリクスもそのわずか半年後に、姉と同じ脳卒中で後を追うように亡くなっている。フェーリクスにとってそれほど大きな存在だったのである。(中略)

ファニーはあまり社交的とは言えなかったが、幅広い豊かな教養を持ち、芸術に対する鋭敏で的確な鑑定眼により仲間たちも一目置く存在だった。ピアノ演奏の技術は誰もが認めるところだったし、モーツァルトやシューベルトにも匹敵する約五百曲とも言われる作品群も素人芸の域をはるかに超えている。中でも歌曲はフェーリクスのそれ以上に独自の発展を示してもいる。

ファニーが生きた一八〇五年から一八四七年は、後期ドイツ・ロマン派文学の活動期から三月革命勃発の直前の時期に当たり、後にビーダーマイヤー期と呼ばれる時期とほぼ重なっている。これは、十八世紀末にイギリスで起った産業革命が徐々にドイツにも及び、ブルジョワジーが急激に力をつけていくと同時に、家庭における男女の役割分担が固定化していった時期でもあった。政治的には反ナポレオン戦争に続く保守反動の時代であり、その抑圧的な社会から逃れるように、父親を一家の長とする家庭内のささやかな幸せに大きな価値が見出されていった時期でもあった。このような時代の中でファニーのような才能豊かな女性がどのような立場に置かれ、どのように行動したかを振り返ることは、音楽史的のみならず社会史的にも興味深いことだろう。

これまでファニーは主に女性による研究対象であり、今もその状況に基本的に変わりはない。だが、ファニーは女性研究者たちの占有物ではない。ファニーが音楽史の中に正当に位置づけられ、男女の違いを超えて広く受容されることこそが望ましい姿であろう。本書がその一助となれば、これにまさる喜びはない。


未知谷、山下剛『もう一人のメンデルスゾーン ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼルの生涯』P1-5

大銀行メンデルスゾーン家の生れということはそれだけひがみも多く、敵も多かったことでしょう。

さらに音楽家になるということはいわれなき誹謗中傷の嵐にも巻き込まれることになります。弟フェリックス・メンデルスゾーンもそうしたものに一番苦しんでいました。

弟のフェリックスが姉のファニーが世に出ることを望まなかったのも、もしかしたらそういうことに巻き込みたくないという思いがあったからなのかもしれません。

フェリックスがヨーロッパで名声を博し、その姉までも世に出たらどのようなことが起こるのか。

ユダヤ人差別、資産家への敵意、音楽業界の闇、男性中心の世界、体力的な問題、その他多くの問題をフェリックスは危惧したのではないでしょうか。その危険性をすべて背負って音楽家として一族を守ろうとしたのがフェリックスでもあったわけです。フェリックスからすれば、これからも自分を助けてほしい。支えてほしい。そうすれば世の危険からも守られるし、安心できるのではと思ったのかもしれません。

ユダヤ人差別や19世紀半ばの格差社会が広がる中での資本家の危険、政治革命の不穏な空気、音楽家の過酷さ、厳しさがあった上で、大富豪の令嬢として生れた女性がいきなりそうした表舞台に出たらどんな目に遭うのか、それをフェリックスは恐れたのかもしれません。

たしかにフェリックスはファニーが世に出るのをよく思っていませんでした。そしてそれによってファニーが表舞台に出れなかったのはたしかです。

しかし、ファニーが急死した時のフェリックスのショックの受け方は異常です。その後しばらく仕事も全くできなくなり、およそ半年後には姉を追うようになくなってしまいます。フェリックスはファニーに対してどんな気持ちを抱いていたのでしょうか。そしてその死に対して何を思ったのでしょうか。

山下剛著『もう一人のメンデルスゾーン ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼルの生涯』はその辺りのことも中立的に書かれていますし、私がメンデルスゾーンを好きになったきっかけとなったひのまどかさんによる伝記『メンデルスゾーン―美しくも厳しき人生』でもフェリックスの葛藤が描かれています。上のまえがきにも出てきましたハーバード・クッファーバーグ著『メンデルスゾーン家の人々―三代のユダヤ人』 でも時代背景とそれに対する彼ら一族の葛藤が描かれています。

これまで祖父モーゼス、父アブラハムと見てきましたが、姉のファニーもものすごい才能の持ち主でした。メンデルスゾーン一族恐るべしです。

以上、「山下剛『もう一人のメンデルスゾーン ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼルの生涯』作曲家メンデルスゾーンの姉もすごかった!」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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