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ライシャワー『円仁 唐代中国への旅』あらすじと感想~あのマルコポーロを超える!?仏教弾圧下の中国を旅した天台僧の傑作旅行記を解説した名著

円仁
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ライシャワー『円仁 唐代中国への旅 『入唐求法巡礼行記』の研究』あらすじと感想~あのマルコポーロを超える!?仏教弾圧下の中国を旅した天台僧の傑作旅行記を解説した名著

今回ご紹介するのは1999年に講談社より発行されたエドウィン・O・ライシャワー著、田村完誓訳の『円仁 唐代中国への旅 『入唐求法巡礼行記』の研究』です。

早速この本について見ていきましょう。

慈覚大師円仁の著わした『入唐求法巡礼行記』は、日本最古の旅日記で、世界三大旅行記の一つともされる。五台山への巡礼、長安資聖寺での生活、廃仏毀釈の法難。9年半にわたる円仁のさすらいと冒険の旅の記録は、唐代動乱の政治や庶民の生活を克明正確に描写する。本書は、この旅行記の魅力と歴史的価値を存分に論じるライシャワー博士畢生の研究の精華である。

Amazon商品紹介ページより
慈覚大師円仁(794-864)Wikipediaより

本書『円仁 唐代中国への旅 『入唐求法巡礼行記』の研究』は838年から847年に遣唐使として唐を旅した円仁の旅路を知れるおすすめの参考書です。

円仁はその遣唐使としての体験を 『入唐求法巡礼行記』という旅行記に書き記しました。ただ、この書物は現代の日本人にはほとんど馴染みのないものとなっています。ですが、この旅行記こそ実は世界史上とてつもなく大きな意味を持つ作品だったとしたらどうでしょう。

著者は冒頭で本書について次のように述べています。

旅行家としてのマルコ・ポーロの名声は、世界中にとどろいているが、慈覚大師円仁の名前は、彼の故国日本でさえも、わずかに学者の間に知られているに過ぎない。

ヴェニスの商人マルコ・ポーロの世界漫遊の記録は、人々の想像力をそそることによって、歴史の流れに大きな歩みを残したが、円仁の旅行記は今日に至るまで、ほとんど読まれていないばかりか、その名前さえ知られていない。しかしながら、円仁は、イタリア人よりも先に、かの偉大な中国に足跡を印し、ある意味ではマルコ・ポーロの記録に勝る遍歴についての業績を残しているのである。マルコ・ポーロの場合についていえば、旅行が終わってのち数年を経て、文盲の彼が彼の冒険を口移しに伝えたものであるから、非常に茫漠としたものである。しかるに、円仁の変化に富む経験について一日一日克明に記した日記は、世界における当時のユニークな文献であるといわなければならない。

マルコ・ポーロは、全く伝統を異にした文化に属する国から来たので、いきなり当時の中国の高度な文明を見て正当に理解し評価するにふさわしい準備と尺度を、あらかじめもっていたとは思われない。彼がこの国の偉大な文学的遺産について実際気がついていなかったことは明らかであるし、中国に住んだにもかかわらず、当時もなおこの国の大部分を占めていた仏教の信仰についても、〝偶像崇拝〟であるということ以上には、ほとんど何も知らなかったのである。

これに反して、円仁は、中国文化の分家、日本から来たのであるから、少なくとも中国文化の継子のようなものである。彼自身、漢字の複雑な書き方で教育されたし、すぐれた仏教学者であった。マルコ・ポーロは、当時中国人に嫌われた蒙古の征服者の仲間として中国に来たのであるが、円仁は、中国人と同じく、仏教を奉ずるものとして、容易に彼らの生活の核心に飛び込んでゆくことができた。つまり、円仁は中国人の生活を内部から洞察することができたのであり、マルコ・ポーロは外部から眺めたに過ぎない。言い換えれば、円仁は理解ある同胞のまなこをもって眺め、マルコ・ポーロは〝夷狄いてき〟(訳註 元来中国の四囲の蛮族を指す語、英語では〝野蛮人ババリアン〟とあるのをこのように訳出した)の目で対したのである。

講談社、エドウィン・O・ライシャワー、田村完誓訳『円仁 唐代中国への旅 『入唐求法巡礼行記』の研究』P36-37

いかがでしょうか。あのマルコポーロの『東方見聞録』よりも優れた旅行記としてこの『入唐求法巡礼行記』が存在しているというのは驚きですよね。本書ではそんな円仁の旅行記の何が優れているのかということがじっくり解説された後、実際に彼の著作の流れに沿ってその旅路が紹介されていきます。

上の引用にありましたように、円仁は当時の中国を「理解ある同胞のまなこ」をもって観察し、克明にその様子を書き留めています。とはいえ、やはりそれはマルコポーロと比べてのこと。日本人僧侶たる円仁は巨大な異世界たる中国で悪戦苦闘の日々を送ることになります。なんと、彼が唐に滞在した時期というのはちょうど唐の皇帝による仏教弾圧の嵐が吹き荒れていたのでありました。三武一宗の法難と呼ばれる4つの仏教弾圧の中でも最も過酷な845年の会昌の廃仏に円仁は巻き込まれることになったのでした。驚くべきことに彼自身も還俗を強制されるという憂き目に遭っています。

本書でもこの弾圧について詳しく説かれますので、中国仏教史を学ぶ上でも大きな助けとなってくれます。また、弾圧中であっても仏教信仰に篤い民衆や官僚が各地におり、彼らの助けによって円仁が無事に帰国することができたことも知ることができます。皇帝による仏教弾圧といっても、すべての人々の心まで縛り付けることはできません。儒教、道教が優勢な世情ではありましたが、当時の一般民衆にも仏教が広く根付いていたことも知ることになります。

円仁については以前当ブログでも中国史の入門書として紹介した『中国の歴史06 絢爛たる世界帝国 隋唐時代』の本でも語られていましたが、本書『円仁 唐代中国への旅 『入唐求法巡礼行記』の研究』はその円仁の中国滞在をより深く知るためのおすすめ参考書となっています。

当時の仏教弾圧の様子や一般民衆の動きなども知れる刺激的な一冊でした。円仁という人物がいかに巨大な人物だったかを知れる本書はとてもおすすめです。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「ライシャワー『円仁 唐代中国への旅』あらすじと感想~あのマルコポーロを超える!?仏教弾圧下の中国を旅した天台僧の傑作旅行記を解説した名著」でした。

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円仁 唐代中国への旅: 『入唐求法巡礼行記』の研究 (講談社学術文庫 1379)

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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