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宮崎市定『隋の煬帝』あらすじと感想~暴君は凡庸?中国王朝の独特な歴史について知れる刺激的な一冊!

隋の煬帝
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宮崎市定『隋の煬帝』概要と感想~暴君は凡庸?中国王朝の独特な歴史について知れる刺激的な一冊!

今回ご紹介するのは1965年に人物往来社より発行された宮崎市定著『隋の煬帝』です。

早速この本について見ていきましょう。

父文帝を殺して即位した隋第二代皇帝煬帝。中国史上最も悪名高い皇帝の矛盾にみちた生涯を検証しつつ、混迷の南北朝を統一した意義を詳察した名著。

中央公論社商品紹介ページより(このページは再出版された文庫版のものです)

煬帝(在位604-618)Wikipediaより

本書は隋の歴史を知るのにおすすめの一冊です。特に本書タイトルにありますように、隋の皇帝、煬帝について詳しく知ることができます。

煬帝といえば隋の最初の皇帝、文帝の跡を継いだ二代目の皇帝です。日本人にとって隋といえば遣隋使の小野妹子や「日出ずる処の天子」の手紙のイメージがあると思いますが、その隋の政治事情を知ることができるのが本書になります。

そして本書の大きな特徴として煬帝に対する著者の独特な視点が挙げられます。そのことについて知るためにも本書冒頭の次の箇所を引用します。

隋の煬帝といえば、誰しもすぐ連想することは、中国史上に稀にみる淫乱暴虐な君主で、大昔の殷の紂王を再生させたような天子だというイメージであろう。それはある程度まで事実であるが、ただ注意しなければならぬのは、彼は何も根っからの大悪人ではなかったということである。

彼はきわめて平凡な、同時にいろいろな弱点をそなえた人間であった。そして彼をとりまく当時の環境は、社会自身に何らの理想がなく、みんなの人がてんでに争って権力を崇拝し、権力を追求し、そして権力を乱用する世の中であった。そういう環境におかれると、凡庸な君主ほど、大きな過失を犯しやすいのである。だから淫乱暴虐な天子は、その当時、他にも数えきれぬほど多く出たのであって、いわばそれが時代の風潮であった。煬帝はその中の一人にすぎなかったのである。実に恐ろしい世の中もあったものである。

※スマホ等でも見やすいように一部改行しました

人物往来社、宮崎市定『隋の煬帝』P9

「凡庸な君主ほど、大きな過失を犯しやすいのである。だから淫乱暴虐な天子は、その当時、他にも数えきれぬほど多く出たのであって、いわばそれが時代の風潮であった」

煬帝は隋を崩壊させた暴君として語られがちですが、事はそう単純ではありません。なぜ煬帝が暴君のような振る舞いをしたのかというのも時代背景が大きく関係していました。さらに、上の言葉にありますように「凡庸な君主ほど、大きな過失を犯しやすい」というのも強烈です。私達は暴君といえばその人自身に問題がある異常な存在のように思ってしまいがちですが、実は凡庸な普通の人間だからこそ特殊な環境に置かれるとそうなってしまうということが本書では明らかにされます。

上の引用の直後にこのことについて著者は次のように述べています。

隋という王朝は、中国の歴史上において、最も大きな混乱の時代である南北朝(四二〇-五八九)の末に現われて、南北の分裂を久しぶりに統一した王朝である。もっとも南北朝といっても、たんに中国が南と北、すなわち揚子江流域と、黄河流域とに分かれただけでなく、南北朝も末期になると、さらに分裂が深まって、黄河流域がまた上流地方の関中と、下流地方の山東とに分裂した。そこで中国本部におよそ三つの独立政権が鼎立して、百年近くも互いに覇を争って戦争しあったのである。

この戦争のために、物質的な困窮に加えて、民間の人気はいっそう荒くなり、その中からのし上がって帝位についた君主は、非行少年そこのけの暴力天子となるのである。南北朝という時代の特徴は、まず暴力天子の多い点があげられる。そして彼らは後の隋の煬帝に対して、ありがたくない実物の手本を示したわけである。

※スマホ等でも見やすいように一部改行しました

人物往来社、宮崎市定『隋の煬帝』P10

これまで当ブログでは中国史に関する様々な本を紹介してきましたが、まさにこの指摘通り、とんでもない暴君暗君が次から次へと出てきます。たしかにこれは個の問題ではなく制度や社会の仕組みにどこか問題があるというのも納得です。

本書ではそんな中国の歴史に絡めて隋の文帝、煬帝が語られていきます。

暴君と呼ばれがちな煬帝ですが、なぜ彼はそのようになってしまったのか。そして彼が単なる暴君ではなく、巨大な仕事も成し遂げたのではないかということも解説されていきます。もちろん、本書は「煬帝が実は善い人間だった」という単なる擁護論ではありません。そうではなく、一方的に暴君とレッテルを張りそこでストップするのではなく、実際はどうだったのかということを見ていく一冊です。これは名著間違いなしです。

暴君といえばかつて私もドストエフスキーを学んだ流れでロシアの暴君イヴァン雷帝についての本をいくつか読みました。

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中国と同じく、ロシアも暴君が多く出た国として有名です。

このイヴァン雷帝もすさまじい暴君です。しかしその異常さを個人の問題だけに帰するわけにはいきません。上の記事で紹介した本でもまさにそのことが説かれていました。やはり個は社会との関係性で形成されます。個だけを見ても、社会だけを見ても足りないのです。

そして暴君とは何ぞやを知ることは私達ひとりひとりの人間性を知ることにもつながります。私達ひとりひとりの中にも暴君性が存在しているのです。そしてそれは決して逃れられるものではありません。煬帝もイヴァン雷帝も、たしかに私達とはスケールの違う人物かもしれませんが、彼らも私達と全く違う人間かと言われるとそうではないのです。置かれた場所の違いによってこうも人は変わるのだということを感じさせられます。

『隋の煬帝』は素晴らしい名著です。さすが中国史の本には面白い本が多い!これは刺激的な読書になりました。ぜひぜひおすすめしたい一冊です。

以上、「宮崎市定『隋の煬帝』~暴君は凡庸?中国王朝の独特な歴史について知れる刺激的な一冊!」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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