ポルドミンスキイ『ロシア絵画の旅 はじまりはトレチャコフ美術館』あらすじと感想~ロシア絵画の流れを物語で知れる名著!
ポルドミンスキイ『ロシア絵画の旅 はじまりはトレチャコフ美術館』~ロシア絵画の流れを物語で知れる名著!
今回ご紹介するのは2012年に群像社より発行されたポルドミンスキイ著、尾家順子訳『ロシア絵画の旅 はじまりはトレチャコフ美術館』です。
早速この本について見ていきましょう。
ロシアの絵画は世界の美術史のなかでも誇るべき地位を占めている―19世紀のモスクワの大商人トレチャコフが始めたロシア絵画の一大コレクション「トレチャコフ美術館」。独自の輝きを放つロシアの絵画とそれを生みだした画家たちの世界を、はじめての人にやさしく語りかける美術案内。ロシア絵画の豊かな水脈をたどり、芸術の国ロシアの美と感性を身近に堪能できる1冊。
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以前紹介した『レーピンとロシア近代画家の煌めき』はロシア絵画入門に最適の1冊でした。
こちらの本はロシアを代表する絵画がオールカラーで大量に掲載され、レーピンだけでなく多くの画家の絵も観ることができ、ロシア絵画全体を眺めることができる作品でした。
それに対し今回ご紹介する『ロシア絵画の旅 はじまりはトレチャコフ美術館』は「絵で見る」というよりは「物語で知る」ロシア絵画入門という形の作品になります。
ここでこの本の特徴を知るためにも著者のプロフィールを紹介します。
ポルドミンスキイ(ウラジーミル・イリイチ)
1928年、モスクワ生まれ。作家、評論家、エッセイスト。特に伝記作家として定評があり、プーシキン、ゴーゴリ、レフ・トルストイなどの作家やゲー、クラムスコイなどの画家の伝記を執筆。ロシア民話の収集に努めたアファナーシエフや辞書編纂者のダーリについての著書もあり、ロシアの古典作家の作品集の編者、注釈者としての仕事も多い。「ポルドミンスキイの描く伝記は、事実を時系列にそって並べた一般の伝記と違って、作品自体が文学として楽しめ、伝える相手への愛情に満ちていて、人生や自分を取りまく世界についてたえず思索を重ねているために歴史的な内容に血が通い、読者は思わず知らず描かれた世界に自分もいる気になることに特徴がある」と評されている。現在、ドイツ在住。
群像社、ポルドミンスキイ、尾家順子訳『ロシア絵画の旅 はじまりはトレチャコフ美術館』より
私はこの本を読んでとにかく驚きました。ロシア絵画の歴史をこんなに面白く物語る本があったのかと度肝を抜かれたのです。上のプロフィールにもありますように、この本はまるで文学です。そして絵画への愛が伝わってきます。そして後の記事でも紹介しますが、この本のある箇所では驚愕の事実に私は鳥肌が止まらなくなりました。
著者の語り口には驚くべきものがあります。ロシア絵画の歴史をたどる解説書というより、これはもはや伝記小説と言えるほどの物語性があります。
この本ではロシア絵画の歴史を彩る画家たちの生涯とハイライトが劇的に語られます。そしてそれぞれの画家たちの物語が章ごとにコンパクトに語られるのでテンポよく読むことができるのもありがたいです。それぞれの画家たちの絵もしっかり掲載されていて、物語と相まってその絵の特徴や背景もイメージできます。
ただ、惜しいのは掲載されている絵がすべて白黒な点です。ですがそれでも絵の素晴らしさは伝わってきます。きっとそれは著者の語る物語があまりに面白いため、より絵に入り込むことができるからではないかと思います。逆に言えばここで白黒だからこそ「本物を観たい!現地に行って生の絵を観てみたい」という気持ちが否応なく高まることになります。白黒で観てもこんなにすごいなら生で観たらどんなことになってしまうのか、そんな気持ちになります。ですので白黒でも正直マイナスにはなりませんでした。
それに、もしカラー版で観たい場合にはそれこそ前回紹介した『レーピンとロシア近代画家の煌めき』 があります。この本と合わせて読めば最強です。私も両方駆使して読んでいました。
ではこの記事の最後に著者による「はじめに」の文章を紹介します。この本の特徴や著者の思いを知れる文章となっています。
この本を開くと、そこはロシア絵画の世界です。本にはロシアの画家とその作品にまつわる物語がつまっています。これから見ていく絵のほとんどはトレチャコフ美術館にあり、それ以外のロシアの美術館にあるものはわずかです。
国立トレチャコフ美術館は世に名高く、モスクワに来た人はだれでも、まずそこへ行こうとすることでしょう。この美術館はよく「トレチャコフカ」と愛称で呼ばれます。とても分かりやすく、親しみやすく、ポピュラーな言葉―「トレチャコフカ」。この言葉は、今から百五十年前に素晴らしい同胞、パーヴェル・ミハイロヴィチ・トレチャコフが基礎を築いたロシア絵画の名高いコレクションはもとより、あらゆる貴重な絵画コレクションの代名詞にもなっています。
若い読者のなかには、この本がロシア絵画との最初の出会い、〈はじめてのトレチャコフカ〉〔本書の原題〕になる人もいるでしょう。
そこでこの本も、美術館のように章を「展示室」に代えて、ひとつの展示室にひとり、あるいは数人の画家の作品を展示することにします。展示室を進んでいけば、聖像画、肖像画、そして実にさまざまなテーマの独自な絵画に出会え、それがだれによって、いつ、どのように描かれたかが分かるでしょう。
どの絵の前にたたずんでも、絵は私たちの目に映るよりはるかに多くのことを語ってくれます。どの作品も、それを描いた画家の生涯と運命についての、そしてロシアの芸術全般の歩みと探求についての物語だからです。
「トレチャコフカ」の展示室をめぐる旅はまた、時代をたどる旅でもあります。足を踏み入れたところは十四世紀末で、美術館に別れを告げるのは十九世紀の終わり。なんと五百年もの長い道のりが私たちを待っているのです。私たちはロシアの絵画史を知り、同時にこの国の歴史の重要で興味深いぺージの数々にも出会うことになります。
これから見ていくどの作品も、世界で起きたことや今起きていることについて、自分自身や、自分の人生と周囲の人たちについて、そして目撃した出来事に自分はどう向きあうかについて、深く考えるよううながしてくれます。
才能豊かな画家の描いた絵が、私たちの生きているこの世界の美しさをより深くより豊かに受けとめ、評価する助けになってくれることはいうまでもありません。
素晴らしい画家、ニコライ・ニコラーエヴィチ・ゲー(この人の作品にはまもなく展示室で出会えます)は切々と語りました。「私たちは皆、芸術を愛しています。だれもが芸術を探し求め、見出し、これでいいということはないようです。芸術はもっともっと多くのことを明らかにしてくれるだろう、と私たちはいつも信じていたいのです……」
この言葉とともに〈はじめてのトレチャコフカ〉の扉を開けて、先へ進みましょう。
群像社、ポルドミンスキイ、尾家順子訳『ロシア絵画の旅 はじまりはトレチャコフ美術館』P5、6
この本は絵画作品に込められた画家たちの物語も知れる素晴らしい作品です。これはぜひぜひおすすめしたい作品です。ロシア文学、音楽とも関わってくる内容もたくさん出てきます。ドストエフスキーを学んでいる私にとってもこれは非常に興味深い内容でした。後の記事でも紹介しますがドストエフスキー、トルストイの肖像画誕生の裏話もこの本では知ることができます。
この本は驚きの一冊でした。素晴らしい作品です。ロシア絵画の歴史を知る上でぜひおすすめしたい入門書です。
以上、「ポルドミンスキイ『ロシア絵画の旅 はじまりはトレチャコフ美術館』~ロシア絵画の流れを物語で知れる名著!」でした。
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