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【インド・スリランカ仏跡紀行】(70)
祇園精舎近くのブッダ昇天の地へ~ブッダが亡き母に会いに天界に昇った丘
前回の記事で祇園精舎についてお話ししたが、その近郊にブッダの生涯において重要な地がもうひとつ存在する。
それが祇園精舎近くの小高い丘だ。
ここは「(68)仏教八大聖地の一つ、サンカシャへ~ブッダの天上からの降臨伝説「三道宝階」の地へ」の記事でもお話しした三道宝階の地サンカシャと対になる場所だ。
というのも、伝説ではブッダは祇園精舎から突如姿を消して天界へと昇り、その後サンカシャで降下したとされている。そのブッダ昇天の地がこれから向かう丘なのである。
こちらがその丘である。祇園精舎からほんのすぐ近くにあり、平野の中にポツンとある小高い丘のようになっている。
ここで改めてこのブッダ昇天伝説についての解説を見ていこう。
人びとに仏法のありがたさを自覚させ、釈尊に頼らなくても教えに従って暮らしてゆく心構えを植え付けるために、釈尊が祗園精舎から突然姿を消すという事件もあった。その間、釈尊は三十三天という天上界に昇り、そこに再生していた生母マーヤーに説法していたが、地上では誰も釈尊のゆくえを知らず、人びとの悲しみや心配はたとえようもないほどであった。やがて三カ月たって、中央が金、右が銀、左が瑠璃でできた三筋の階段(三道宝階)を伝って、ブラフマー、インドラを従えてサンカーシャに降下した時、国王以下大勢の人びとが出迎えたという。
平凡社、肥塚隆著、田枝幹宏共著『美術に見る釈尊の生涯』P88
詳しい解説は以前の記事でもお話ししたので割愛するが、ブッダが亡き母のいる天上へ昇ったというのがこの昇天伝説の重要なポイントである。
ブッダが降下したサンカシャが仏教八大聖地に組み込まれているのに対し、昇天の地たるこの丘はそうではない。祇園精舎の一部という扱いだからだろうか、これは興味深い。
丘の上までやって来た。この丘の頂上には遺構が残っている。
そしてまさにブッダが天へと昇った場所には小さな祭壇が現在残されている。
私はここに来て驚いた。ここから空を見上げてみると「本当にブッダがここから空を飛び天へ昇っていったのだ」と実感することができたのだ。これは理屈ではない。この丘には何かがある。
この丘から見た夕陽も忘れられない。仏伝の中での重要度から言うと、この仏跡はそれほどメジャーなものではない。だがブッダが母のために天へ昇ったという伝説がここから生まれたというのは何か驚くほどの実感を持って私に迫って来たのであった。
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美術に見る釈尊の生涯 (1979年)
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