MENU

A・エヴァリット『アウグストゥス ローマ帝国のはじまり』あらすじと感想~カエサル亡き後のローマを知るのにおすすめの伝記

目次

A・エヴァリット『アウグストゥス ローマ帝国のはじまり』概要と感想~カエサル亡き後のローマを知るのにおすすめ!パクス・ロマーナをもたらした初代皇帝のおすすめ伝記

今回ご紹介するのは2013年に白水社より発行されたアントニー・エヴァリット著、伊藤茂訳の『アウグストゥス ローマ帝国のはじまり』です。

早速この本について見ていきましょう。

「西洋文明の創設者たる資格を持つ人物がいるとすれば、それはアウグストゥスである。…今日のリーダーや政治学を学ぶ学生は、きっとアウグストゥスのさまざまな政策や手法に関心を寄せることだろう。」(本文より)

アレクサンドロス大王が大征服をなしとげた後で、何をすべきか困っていたと聞いたアウグストゥスは、こう言ったという。「帝国を勝ち取るよりも、勝ち取った秩序を維持するほうが難しいということに、大王が気づかなかったとは驚きだ」。

アウグストゥスは紀元前63年にユリウス・カエサルの姪の子として生まれ、18歳でその後継者として政治の表舞台に登場した。カエサルのような輝かしい天才こそなかったが、カエサルにない忍耐心と、カエサル暗殺という教訓をもって、熾烈な政治的駆け引きと内戦を勝ち抜き、ローマ帝国五百年の礎となる統治システムをつくり上げた。アウグストゥスの政治へのアプローチのなかで教訓に富む点は、長期的に見ると権力は他者の同意がなければ維持できないことと、その同意は、急進的な政治改革と伝統的な道徳観を結びつけることでうまく勝ち取れることを、よく自覚していた点である。

勤勉な統治者だったアウグストゥスは、私生活でも姉を愛し、自分の子供を産まなかった妻と五十年間幸せに連れ添った。だが同時に、家族はゲームの駒のように扱われ、疲弊し離れていったのだった──
大政治家の激動の生涯を描く一冊。

Amazon商品紹介ページより
アウグストゥス(前63-後14) Wikipediaより

今作の主人公アウグストゥスはあのカエサルの甥にあたる人物です。

前回の記事で紹介した『キケロ もうひとつのローマ史』ではカエサルとほぼ同時代に生きたキケロについてお話ししました。共和制を守るために奮闘していたキケロ。しかしカエサルの独裁を止めることはできず、さらにはその後継者の一人となったアントニウスに暗殺されるという悲劇的な最期を迎えることになります。彼の死はカエサルの死の翌年、紀元前43年のことでした。

紀元前63年に生まれたアウグストゥスはまさにこうした政治悲劇を目撃して若き日々を過ごしていました。

カエサルの甥とはいえ病弱で軍事も苦手だったアウグストゥスは忍耐の日々を過ごしながら徐々に力を蓄え、いつしかローマ帝国のトップにのし上がっていきます。そしてパクス・ロマーナ(ローマの平和)と呼ばれる黄金時代を迎えることになったのでした。ここから哲人君主マルクス・アウレリウスの時代まで200年ほどその繁栄は続くことになります。ローマ帝国の全盛期の始まりはこのアウグストゥスだったのです。

この伝記はそんなアウグストゥスの生涯と当時の時代背景を知れるおすすめの伝記です。

この作品について著者は「まえがき」で次のように述べています。この本の魅力がぎゅっと詰まった箇所ですので少し長くなりますがじっくり読んでいきます。

インペラトル・カエサル・アウグストゥス(適切な呼称を与えるとすれば)は歴史上もっとも影響力のある人物のひとりである。アウグストゥスはローマの初代皇帝として、混乱していた共和政ローマを整然たる皇帝の独裁へと変えた。二千年前に彼が統合したローマ帝国は、その後ヨーロッパがひとつの地域、ひとつの文化としてまとまる基礎となった。西洋文明の創設者たる資格を持つ人物がいるとすれば、それはアウグストゥスである。

その政治的な経歴は権力行使の手本とも言えるものだった。アウグストゥスは権力をどう掌握するかを学んだばかりか、それをどう維持するかも学び取った。過去数百年の歴史が示すように、帝国は勝ち取るのは難しく失うのはたやすい。紀元前一世紀の段階でローマは史上最大の帝国のひとつを支配していたが、愚かな政策に加えて稚拙な統治のために崩壊の危機に瀕していた。そこでアウグストゥスは五百年近く存続できる帝国の統治システムを考案した。歴史がまったく同じ形で繰り返すことはないが、今日のリーダーや政治学を学ぶ学生は、きっとアウグストゥスのさまざまな政策や手法に関心を寄せることだろう。

だが、アウグストゥスは謎の多い人物である。その偉業をめぐって数多くの書物が著されてきたが、いずれもその人物像よりその時代に焦点を当てる傾向がある。私の望みは、アウグストゥスという人物を蘇らせることである。

私はアウグストゥス自身の行動と同じくその生涯も時代の中に位置づけ、彼に影響を及ぼした出来事や人物についても解説する。アウグストゥスの挫折や彼の犠牲になった人々、間一髪の危機、抑えられない性衝動、陸上や海上での戦闘、家族内のスキャンダル、そしてとりわけ飽くことのない絶対的権力の追求等々。アウグストゥスは並外れた、恐ろしいドラマを生き抜いた人物である。(中略)

アウグストゥスはたいへん偉大な人物だったが、ゆっくりと時間をかけて偉大になっていった。彼にはカエサルのような華やかさや偉大な政治的天才(それがカエサルをして妥協を不可能にさせ、殺害される原因になったことも事実である)はなかった。アウグストゥスは身体的には虚弱であったが、自分は勇敢だと言いきかせた。知的で綿密で忍耐強かったが、残忍で冷酷な面もあった。非常に勤勉であり、じっくり考え抜き、試行錯誤を重ねながら、自らの目的を達成していった。

アウグストゥスは時間の経過とともに向上を重ねていった史上稀な人物である。血に飢えた冒険家としてその人生を開始したが、いったん権力の座につくと、尊敬に値する人間になろうと努めた。違法な行動は慎んで、公平で効率的な統治に尽力した。

白水社、アントニー・エヴァリット、伊藤茂訳『アウグストゥス ローマ帝国のはじまり』P9-12

アウグストゥスは英雄カエサルに比べると派手さはありませんが、カエサルにもできなかったことをどんどん成し遂げていきます。そんな彼の力には驚くしかありません。

そしてカエサル亡き後にこのアウグストゥスと熾烈な権力闘争を繰り広げたアントニウスはシェイクスピアの傑作悲劇『アントニーとクレオパトラ』の主人公でもあります。

あわせて読みたい
シェイクスピア『アントニーとクレオパトラ』あらすじと感想~シーザー亡き後のローマ帝国が舞台!愛に... 今作『アントニーとクレオパトラ』は以前紹介した『ジュリアス・シーザー』の続編にあたる作品です。 この作品は『ジュリアス・シーザー』からの流れで読んでいくと、ローマ帝国の壮大な栄枯盛衰を感じられて非常に面白い作品となっています。 この作品だけを単独で読むのはかなり厳しいとは思いますが『ジュリアス・シーザー』を読んだ後にこの作品を読めばその面白さを感じることができるのではないかと思います。 ぜひ『ジュリアス・シーザー』とセットで読んで頂きたい名作です。

私がローマ帝国をもっと学んでみようと思ったきっかけがシェイクスピアのこの作品だったのですが、『アウグストゥス ローマ帝国のはじまり』は時代的にまさにドンピシャの伝記となっています。

シェイクスピアが語ったアントニウスやクレオパトラ、アウグストゥスと実際の歴史はどれくらい違うのかということを考えながら読むのもとても楽しかったです。

と同時に、ローマ帝国の繁栄がどれだけ血に濡れていたのかということも知り戦慄することになりました。共和制を守る、平和な国を創るという理想の下にどれだけの犠牲者がいたのかということを考えさせられました。

前作『キケロ もうひとつのローマ史』に引き続き非常に興味深い作品でした。

以上、「A・エヴァリット『アウグストゥス ローマ帝国のはじまり』~カエサル亡き後のローマを知るのにおすすめの伝記」でした。

Amazon商品ページはこちら↓

アウグストゥス: ローマ帝国のはじまり

アウグストゥス: ローマ帝国のはじまり

次の記事はこちら

あわせて読みたい
カエサル『ガリア戦記』あらすじと感想~ローマ帝国の英雄による不滅の傑作!弁論の達人キケロも羨むそ... ローマの雄弁家キケロが絶賛するしかなかったカエサルの『ガリア戦記』。ぜひその名著を読んでみたいと手に取ってみたのですがこれは大正解。「こんな作品が古代ローマにあったのか」と驚くことになりました。英雄カエサルは文才も超一流でした。

前の記事はこちら

あわせて読みたい
A・エヴァリット『キケロ もうひとつのローマ史』あらすじと感想~古代ローマの哲学者キケロのおすすめ... ローマ帝国と言えばカエサルというイメージが強い中、この本では主人公キケロを中心にローマ史を見ていきます。英雄の物語ではなく、ある意味敗者と言ってもいいキケロから見た古代ローマを見ていけるこの作品は非常に興味深いものがありました。 独裁を目指したカエサル。それに対し共和制を守り、立て直そうとしたキケロ。 この本はこの2人の立場の違いがはっきりとわかる名著です!

関連記事

あわせて読みたい
ローマおすすめ参考書一覧~歴史、文化、宗教、芸術!ローマがもっと面白くなる名著を一挙ご紹介! ローマはあまりに奥が深い。そして知れば知るほどはまってしまう底なし沼のような存在です。私もこのローマの浪漫にすっかりとりつかれてしまいました。
あわせて読みたい
僧侶ならではのローマおすすめ観光スポット15選!王道からマニアックな教会まで美の極致を味わい尽くす! この記事では私も大好きなローマのおすすめ観光スポットをご紹介していきます。 サン・ピエトロ大聖堂やコロッセオなどの有名どころだけではなく、観光客があまり訪れないマニアックな教会もこの記事ではご紹介していきます。 ローマは実に素晴らしい街です。ですがあまりに見どころが多すぎるが故の罠もあります。ぜひ当ブログの記事が皆様のお役に立てれば何よりでございます。
あわせて読みたい
シェイクスピア『ジュリアス・シーザー』あらすじと感想~カエサルの名言「ブルータス、お前もか」で有... 「賽は投げられた」、「ルビコン川を渡る」、「来た、見た、勝った」、「ブルータス、お前もか」 これらを見てピンとくる方もおられると思います。 私自身、ジュリアス・シーザーという名ではピンと来なかったのですが、この人物のローマ式の本名はと言いますと、ガイウス・ユリウス・カエサルとなります。 『ジュリアス・シーザー』は私の中でも強烈な印象を残した作品でした。あらすじや背景を知ってから読むと最高に面白い作品でした。非常におすすめです。
あわせて読みたい
エドワード・ギボン『ローマ帝国衰亡史』あらすじと感想~ローマはなぜ滅びたのかを考察!偉人達も愛し... あれほどの繁栄を誇ったローマ帝国がなぜ崩壊していったのか。 繁栄を謳歌するローマ帝国内で何が起こっていたのか。 それらを考えるのにこの作品はうってつけです。 そして歴史の流れを追いながら現代にも通ずる教訓がこの本では語られます。これが深いのなんの・・・!
あわせて読みたい
ナショナルジオグラフィック『ローマ帝国 誕生・絶頂・滅亡の地図』あらすじと感想~ローマ帝国の歴史を... 古代ローマの歴史を学ぶにはまずこの本でざっくりとした流れを掴んでから他の参考書に進んでいくとスムーズだと思います。 ローマ帝国に興味があるけど何を読んだらわからないという方にぜひともおすすめしたい1冊です。
あわせて読みたい
本村凌二『興亡の世界史第04巻 地中海世界とローマ帝国』あらすじと感想~ハンニバルやカエサルについて... この作品はタイトル通りローマ帝国の興亡の歴史の解説書になります。この本でありがたいのはローマ帝国の歴史はもちろん、ギリシャやカルタゴなど地中海諸国との関係性も網羅している点にあります。 そしてハンニバルやカエサルについての解説も豊富にあるのも嬉しいです。
あわせて読みたい
P・マティザック『古代ローマの日常生活』あらすじと感想~古代ローマ人はどのように暮らしていたのか!... この本は紀元137年、ハドリアヌス帝治世下のローマの一般庶民の生活について語られた作品です。 この本では古代ローマ人の職業や暮らしが生活感たっぷりで語られます。まるで彼らの生活を覗いているかのような気分になれる作品です。 ものすごく面白い本でした。知的好奇心がこれでもかと刺激される逸品です。
あわせて読みたい
ウェルギリウス『アエネーイス』あらすじと感想~古代ローマの建国神話!ギリシアとの関係性も知れるラ... ウェルギリウスはまさしくこの作品でローマ人の誇りを生み出す建国神話を創造したのでした。 『アエネーイス』を読めば、ウェルギリウスが『イリアス』や『オデュッセイア』など、ギリシアを強烈に意識して書いているのがはっきりわかります。
あわせて読みたい
オウィディウス『変身物語』あらすじと感想~ヨーロッパ芸術に巨大な影響を与えた古代ギリシア・ローマ... ウェルギリウスとオウィディウスという二人のローマ詩人の存在は後のヨーロッパ文化に凄まじい影響を与えることになりました。まさにヨーロッパ芸術の源泉たる二人です。その二人の作品を読むことができてとても興味深い体験になりました。 これらを読めばヨーロッパの絵画や彫刻、文学と接した時に「あ、これか!」となる機会が増えること間違いなしです。

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次