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近いのに絶望的に遠い聖地…ベツレヘムの丘とエルサレム新市街 イスラエル編⑳

ベツレヘム
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近いのに絶望的に遠い聖地…ベツレヘムの丘とエルサレム新市街 僧侶上田隆弘の世界一周記―イスラエル編⑳

マルサバ修道院からの帰り道、見晴らしの良い丘に立ち寄った。

向こうに見えるのはエルサレムの街並みだ。

ベツレヘムとエルサレムはこんなに近いところにあったのか。

ふとガイドさんが静かな声でこう言った。

「みなさん、エルサレムの街がここからよく見えますね。

あそこを見てください。そうです。金の屋根が見えますね。

・・・岩のドームです。

私達パレスチナ人はほとんどがイスラム教徒です。

私もイスラム教徒です。

ここからは岩のドームが見えます。

・・・でも、私達はそこには行けないのです。」

ガイドさんの悲しそうな「私達はそこには行けないのです」の声があまりに重かった。

この写真にも左上の辺りに小さくだが岩のドームの金の屋根が写っている。

肉眼だともっとはっきり見えた。

パレスチナ人にとっては、すぐそこに見えるほど近いのに絶望的に遠い。

エルサレムに近づけば近づくほど、そびえ立つ壁は徐々に視界を奪い、最後は行き止まりだ。

見えているのに壁で閉じ込められている無力感、悔しさ・・・

分離壁で閉じ込められた人たちのことを思わざるをえない。

ぼくはこの丘で見た景色を目に焼き付けた。

ガイドさんとはその後検問所の前でお別れした。とても真面目で知識の豊富なガイドさんだった。彼から話が聞けて本当によかった。

その後エルサレムに向かい、16時半にはエルサレムの宿泊先まで帰ることが出来た。

一休みしてからぼくは新市街の方へ向かって歩き出す。

ここエルサレムに来て1週間が過ぎ、ぼくはこの街に少しずつ慣れてきた。

そして何と言っても、新市街がずいぶんお気に入りの街になってしまったのである。

とにかく清潔で安心で、何より便利だ。

便利さの誘惑には抗えない。

普段の生活とほぼ同じスタイルで過ごすことが出来る。

これは本当にありがたいことだった。

カフェでまったり過ごせる時間が何より心休まる瞬間だったのだ。

夜になっても治安の心配もない。

食事も安心だし、美味しい。

アラブ人街では恐くて屋台のものはなかなか食べる気にならない。

エルサレムに来たばかりの時はこの街にショックを受けていたぼくだったが、今ではこの街のもたらす安心感を手放せなくなっていることに気づく。

そして夕食を食べながらふと思う。

もし今ここでテロが起きてぼくが死んだら、ニュースではこう伝えられるだろう。

「罪もない人間の命がまたテロリストによって失われることになりました」

でも、パレスチナの現実を見たぼくは思う。

「ぼくははたして罪もない人間なのか」と。

パレスチナ人の犠牲の上に、ぼくの安全や平和は確保されている。

たしかに直接手は汚していないのかもしれない。

でも、テロリストからしたら同罪だ。ぼくは罪人だ。

彼らにとって、ぼくは死に値する人間の一人だ。

そんなことを新市街の街並みを眺めながらぼんやりと考えていた。

でも、イスラエル側の言い分も少しわかる気がする。

現にこうして安全に生活できているのは壁を作ったからなのだ。

壁が出来る前は、イスラエル人は毎日なんらかの暴力が自分の身に迫ることを恐れながら生きていたのだ。

イスラエル側だって好きで壁を作ったわけではない。

「仕方なかった」と言うほかない状況だったのかもしれないのだ。

なんて難しい状況なのだろう。どうしてこんなことになってしまったのか・・・

ずっとそんなことを考えていてはさすがに気が重くなる。

でも、ぼくは今イスラエルにいるのだ。

しっかりと考えて向き合わなければならない。

考える時には考えよう。

そしてまた切り替えて色々なものを見ていこう。

今日はエルサレム最後の夜だ。

明日はイスラエルの首都、テルアビブへ向かう。

続く

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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