竹村牧男『インド仏教の歴史「覚り」と「空」』概要と感想~原始仏教から大乗、唯識までの流れをすっきり学べるおすすめ本
竹村牧男『インド仏教の歴史「覚り」と「空」』概要と感想~原始仏教から大乗、唯識までの流れをすっきり学べるおすすめ本
今回ご紹介するのは2004年に講談社より発行された竹村牧男『インド仏教の歴史「覚り」と「空」』です。
早速この本について見ていきましょう。
2400年の昔、ガンジスの支流域、菩提樹の木陰で、ブッダは何を覚ったか。入滅後、教団分裂の中で精緻に編まれるアビダルマ哲学。やがて大乗仏教が勃興し、中観・唯識により空の理論が体系化される。インド亜大陸を満たし、巨大なアジアの宗教ともなった仏教の流れを、真実のいのちへの「覚り」と一切の「空」というキー・タームのもとに展望する。
Amazon商品紹介ページより
この本はインドにおける仏教の歴史を学ぶのにおすすめの入門書です。文庫一冊でコンパクトにわかりやすく解説された本書は非常に貴重です。
しかも単にコンパクトでわかりやすいだけではなく、読者に対する著者の思いもぐっと来るんです。本書冒頭の「学術文庫版へのまえがき」では次のように述べられています。
今、時代は何も見えていないのかもしれない。生きるということはどういうことなのか、何のために生きるのか、その答えが見つからないままにいるように思う。かつてあった価値観が崩壊し、未だ新しい価値観が定まらない、その意味での閉塞状況にあって、今、人は生きることの意味を切実に尋ねているように思う。
この時代がそうであるだけでなく、もとより仏教は、人は無明長夜の闇路を歩いていると説いてきた。もし我々が今、二重の意味で何も見えていないとするなら、ここはもう心静かに、先徳が深く人生を問うた、その跡を辿ってみたらどうであろうか。幸い、東洋には仏教という、変革期ごとに時代の価値観を創造してきた哲学がある。それは現代の知の批判にも耐え、時代を超えて変らない真理を伝えている。このような時代にこそ、仏教思想は顧られるべきであろう。
本書は、釈尊より大乗仏教の唯識まで、インド仏教の思想史をコンパクトにまとめたものである。釈尊の思想・一切有部の思想・大乗経典の思想・龍樹の思想(中観)・無著と世親の思想(唯識)等を、縦断して描述した。ただし単に知識の列挙ですませたつもりはない。覚体験ともいうべきひとつの宗教体験をもとに、自己と世界との真実を掘り下げてきた仏教者たちの、その問いと思索の展開を追跡したつもりである。
もちろん、けっして詳細を尽くしたものではないにせよ、この拙い思想史の中に、読者の方が何か生きることへのヒントを得てくだされば幸いである。そして現実世界を何ほどか力強く生きていっていただければと思うのである。
なお、私は今、大学において主に日本仏教史を講義しているが、その背景にインド仏教があったことをいつもかみしめている。我々の心のふるさとともいうべき日本仏教の思想と文化を深く味わうためにも、インド仏教の諸思想を知っておくことはとても重要である。本書は、その助けともなってくれることと思う。
講談社、竹村牧男『インド仏教の歴史「覚り」と「空」』P3-4
ここで述べられますように、本書は仏教関係者だけでなく一般読書にも開かれた作品です。この「まえがき」を読んで頂いただけでもわかりますように、竹村牧男氏の語りは非常に読みやすくわかりやすいです。
そして「単に知識の列挙ですませたつもりはない。覚体験ともいうべきひとつの宗教体験をもとに、自己と世界との真実を掘り下げてきた仏教者たちの、その問いと思索の展開を追跡したつもりである。」という言葉は特に重要です。本書の柱と言ってもよいのではないでしょうか。
文献学的な史実重視の仏教史も重要なのはもちろんなのですが、仏教も宗教として修行者や在家信者に信仰されてきた歴史があります。そしてそれらの信仰のカギとなるのが「覚体験」になります。
特に大乗仏教はブッダ滅後数百年経った後に成立した経典ですので、文献学的にはブッダの直説ではありません。では、大乗経典は仏教ではありえないのかというとそうではないのです。竹村氏は大乗仏教も仏教の「覚体験」をベースに仏典を紡いできたことを本書で示していきます。その中でも特に印象に残っているのが次の一節です。
大乗仏教は仏伝文学の仏陀観をそっくり承けついだことがわかる。大乗仏教の諸仏は、実に歴史上の釈尊に範をとるものではなく、文学上の釈尊に範をとるものなのである。
宗教という世界においては、たしかに、客観的な事実や歴史的な真実のみが意味をもつのではない。たとえ神話であれ物語であれ、大事なのは、ひとえにその宗教的意味であり、宗教的真実である。大乗仏教は釈尊を解釈し、掘り下げていくなかで、宗教的真実を体現している仏陀に出会い、その仏陀の核心を弘く伝えようとしたのであった。
講談社、竹村牧男『インド仏教の歴史「覚り」と「空」』P137
大乗経典は、釈尊を鎮仰する菩薩(大乗教徒)たちの宗教体験のメッセージなのであり、特に、大悲に照らされて大悲を転ずる主体を実現していくという、その骨子を見落としてはならない。
講談社、竹村牧男『インド仏教の歴史「覚り」と「空」』P191
「大乗仏教は仏教における宗教体験の物語なのだ」という言葉は私にとって非常に大きな衝撃でした。これは単に文献学的に緻密に読み込んでいく営みとは明らかに異なるベクトルです。ですが私はこの宗教体験こそ、大乗仏教の根幹なのではないかと深く頷くことになりました。
「大乗仏教とはそもそも何なのか」
これは非常に大きな問題です。本書ではそんな大問題をじっくりと歴史の流れと共に考えていくことができる素晴らしい解説書です。僧侶である私にとっても本書は非常に貴重な一冊となりました。
大乗仏教の誕生についてこれまで読んできた『シリーズ大乗仏教 第二巻 大乗仏教の誕生』や佐々木閑著『大乗仏教 ブッダの教えはどこへ向かうのか』などの本と比較しながら読むのも興味深かったです。
ぜひおすすめしたい一冊です。
以上、「竹村牧男『インド仏教の歴史「覚り」と「空」』概要と感想~原始仏教から大乗、唯識までの流れをすっきり学べるおすすめ本」でした。
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