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瓜生津隆真『龍樹 空と論理と菩薩の道』概要と感想~『中論』など難解な龍樹思想に挫折した方にもおすすめの入門書

龍樹
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瓜生津隆真『龍樹 空と論理と菩薩の道』概要と感想~『中論』など難解な龍樹思想に挫折した方にもおすすめの入門書

今回ご紹介するのは2004年に大法輪閣より発行された瓜生津隆真著『龍樹 空と論理と菩薩の道』です。

早速この本について見ていきましょう。

「八宗の祖」と言われるように、全ての大乗仏教で釈尊に次ぐ祖師と仰がれる龍樹(ナーガールジュナ)。その鋭い論理を駆使した「空の哲学」は、今や仏教の枠を超えて世界的に評価されている。その一方で、彼は慈悲と内省に生きた大乗仏教の求道者=菩薩だった。 本書は、著者永年の研究成果を踏まえて、新たな視点からその全体像を描き出した、画期的な龍樹論です。

Amazon商品紹介ページより
中央の大きな人物が龍樹 Wikipediaより

龍樹は紀元150年から250年頃に生きたインドの仏教僧です。この龍樹という人物について本書冒頭では次のように解説されていますので、少し長くなりますがじっくリ読んでいきます。浄土真宗に関係のある方には特に読んで頂きたい解説です。

ナーガールジュナ(Nāgārjuna 龍樹 一五〇~二五〇頃)は大乗仏教の大成者であり、インド仏教においては釈尊につぐ最大の論師として尊敬されている。ナーガールジュナは原名であり、中国・日本では龍樹といわれる。また龍猛りゅうみょうと訳すこともある。わが国では「 八宗はっしゅうの祖」と称されているが、「八宗の祖」とは日本仏教のすべての宗派の祖ということで、いずれの宗派も祖師として仰いでいるのである。しかし歴史的人物としての実像は、伝承や伝説はともかくとして、意外にもほとんど知られていない。

ナーガールジュナが南インドの出身であることは、諸伝が一致しているのでほぼ確実と考えてよいであろう。しかし生没年代については中国に伝わる諸伝によっておおよその推定をしているに過ぎず、正確にはわからない。後に論じるが、著述や諸伝の内容、さらに考古学の資料などから、その活躍は二世紀後半から三世紀前半にかけてであったと思われる。

浄土真宗の開祖親鴛(一一七三~一二六三)は、浄土真宗成立までの思想的系譜として、インド・中国・日本の三国にまたがって七人の高僧たちをあげ、そのはじめに龍樹菩薩をおいている。七人の高僧とは、龍樹・天親(世親。以上インド)・曇鸞・道綽・善導(以上中国)・源信・源空(法然。以上日本)であり、「七高僧」と称している。親鸞は『高僧和讃』を作り、これらの高僧たちを順次取り上げてその遺徳をたたえ、それぞれ浄土の教えを発揮・顕彰している、とその要点をまとめている。そのなかでまず龍樹菩薩について十首の和讃を作り、そこで次のように讃仰している。

南天竺に比丘あらん   龍樹菩薩となづくべし
有無の邪見を破すべしと 世尊はかねてときたまふ

本師龍樹菩薩は     大乗無上の法をとき
歓喜地を証してぞ    ひとへに念仏すすめける

龍樹大士世にいでて   難行易行のみちをしへ
流転輪廻のわれらをば  弘誓のふねにのせたまふ

生死の苦海ほとりなし  ひさしくしづめるわれらをば
弥陀弘誓のふねのみぞ  のせてかならずわたしける

これらを見ると、大乗最高の論師といわれるナーガールジュナが自ら「ひさしく生死の苦海にしづむ」われらの自覚に立って、阿弥陀仏の救いに深い帰依を示していたことが推測され、親鸞自身がその龍樹菩薩にいかに帰依を表明していたかがよくわかる。これらの和讃は、他の和讃についてもいえることであるが、親鷺自身の全くの創作ではない。いずれも経典や論書にその根拠があって、上記の和讃のうちはじめの二首は『楞伽経』巻九に「南天の国中において、大徳の比丘あらん。龍樹菩薩と名づけん。よく有無の見を破り、人のために我が乗、大乗無上の法を説き、歓喜地を証得して、安楽国に往生せん」とあるのにより、次の和讃は『十住毘婆沙論』「易行品」第九の所説、第四首目は同じく『十住毘婆沙論』「序品」と「易行品」との記述をうけたものである。親鴛のこれらの和讃は、凡夫往生の救いの道を説く浄土教の立場からのナーガールジュナのとらえ方をよく示しているといえよう。

親鷺は若いとき、比叡山での厳しい難行修行を通して、愛欲をはじめ人間の煩悩の断ちがたいことを知り、妄念妄執の虜である自己に深く悩んだという。その体験は、ナーガールジュナが青年時代に友人たちとともに王宮に忍び込んで愛欲をほしいままにし、そのために友人たちは命を失い、自らも危うく一命を失うところであった、と伝記が伝える出家の動機と比較して見るとき、対照的でありつつも一脈通じるものがあり、その点から次の和讃が大いに注目されるであろう。

一切菩薩ののたまはく  われら因地にありしとき
無量劫をへめぐりて   万善諸行を修せしかど

恩愛はなはだたちがたく 生死はなはだつきがたし
念仏三昧行じてぞ    罪障を滅し度脱せし

無上の悟りを目指す求道者(菩薩)たちがいわれるのに、自分たちがまだ不退の位に達していないとき、はかり知れない長い期間にわたってあらゆる善、あらゆる行を修め、煩悩を滅しようとつとめたけれども夫婦や親子などの人間の情愛を断ち切ることができず、そのために生死の迷いを超えることができなかった。しかし、わがはからいを捨て称名念仏の教えに帰してはじめて罪障を脱し、生死の苦海を渡ることができた、というのである。自己(人間)の力ではどうにもできない苦の人生、その現実の苦悩を自らも人間として担いながら歩み、その苦を深く究めるなかから凡夫の救いの道を求めた菩薩であった、と龍樹論師のことをたたえる親鴛に特に注目したい。

大法輪閣、瓜生津隆真『龍樹 空と論理と菩薩の道』P6-9

少し長かったですがいかがでしたでしょうか。私はこの解説を読んで龍樹という存在が一気に身近に感じられるようになりました。

と言いますのも、龍樹の思想はとにかく難しい・・・。特にその主著たる『中論』は私も何度も挑戦したのですがいつも挫折です。その書物が何を言わんとしているのか、その説がなぜ説かれなければならなかったのかもわからなかったのです。

その龍樹の『中論』に関してはすでにレグルス文庫から三枝充悳著『中論: 縁起・空・中の思想 』という本が出ています。

中論: 縁起・空・中の思想 (上) (レグルス文庫 158)

中論: 縁起・空・中の思想 (上) (レグルス文庫 158)

本書でもこの『中論: 縁起・空・中の思想 』について、

筑波大学教授であった三枝充悳博士は、『中論』のテキストの読み下しを綿密な注とともにまとめて刊行され、『中論』偈頌との対照も合わせて載せられた(『中論ー縁起・空・中の思想』上・中・下、レグルス文庫、第三文明社、一九八四年)。同書上巻のはじめにある「解題」には『中論』について詳細に解説されていて、これ以上つけ加えるものはないと思われる。『中論』について詳しく知りたい人は、ぜひ同書いただくことにして、ここでは要点だけを紹介しておく。

大法輪閣、瓜生津隆真『龍樹 空と論理と菩薩の道』P77

と言及されるように、この本は龍樹思想や『中論』を学ぶのであれば必読の書であるのですが、これがまたあまりに難解。私は解説を読んでもギブアップでした。やはり龍樹思想は難しい・・・そんな苦手意識がどんどん膨らんでいた私でありましたが、本書『龍樹 空と論理と菩薩の道』を読んでその苦手意識が少し和らいだように感じます。

上の長い引用を読んで頂いて皆さんも感じて頂けたかと思いますが、本書の著者は浄土真宗と繋がりのある学者です。親鸞聖人と繋がりがあるからこその視点が本書でも生かされているため、難解な哲学書とは異なる趣が感じられます。著者はあとがきでこのことについて次のように述べています。

ナーガールジュナ研究を進めながら気づいたことは、従来のナーガールジュナ研究においては、「空の哲学者」というイメージが強いが、むしろ大乗菩薩道の修行者としてのナーガールジュナの姿に注目する必要がある、ということであった。その動機をあたえてくれたのは、当時南インドに覇を唱えていたサータヴァーハナ王に宛てて書かれたという『宝行王正論』であって、これを読んで、空の論理をもって論述した『中論』を中心にしたナーガールジュナ研究とともに、大乗菩薩道の自利利他の行をはじめ、深く仏教信仰による内省、礼拝、懺悔などを説く『菩提資糧論』『十住毘婆沙論』などの研究を進めることの重要性を感じたのである。またそのことが哲学的・論理的なナーガールジュナ研究ではうかがうことの困難な「空の思想」の理解にもつながるのではないか、と考えたのである。

その一例として、本書のはじめに取り上げた、『楞伽経』懸記における釈尊の予言によって「有無の邪見を破すべし」と龍樹菩薩(ナーガールジュナ)を讃詠された親鸞の和讃のことばを取り上げることができるであろう。そうしてこの和讃の一句は、「後に龍樹菩薩が出られて、有るとか無いとかととらわれる我ら人間の歪んだ考えを打ち破られるであろう。この有無にとらわれないということを説き明かしているのが空の思想である」というように理解することができ、このように理解するとき、難解な空の思想の論理的解明とは違って、私たちは容易にナーガールジュナの教えに近づくことができるのではないかと思う。

大法輪閣、瓜生津隆真『龍樹 空と論理と菩薩の道』P372閣、瓜生津隆真『龍樹 空と論理と菩薩の道』P372

この引用の最後に「難解な空の思想の論理的解明とは違って、私たちは容易にナーガールジュナの教えに近づくことができるのではないか」と述べられるように、本書は龍樹の入門書に非常におすすめです。

難解な哲学の奥深くに入っていくのではなく、なぜ龍樹が『中論』で「空」の思想を説いたのか、なぜ『中論』は難しいのかという、そもそもの大前提となる問題を本書では丁寧に追っていくことになります。こうした根本的な問題を考えた上で龍樹がなぜ大乗仏教の「八宗の祖」と仰がれるのかということも後半で解説されていきますので、私のような挫折者にとっても非常にありがたい構成となっています。

もちろん、この本を読んで難解な龍樹思想がすべてわかるというわけではありませんが、まずはそのスタート地点に立つことができるという点でこの解説書は実に画期的なものだと私は思います。

それにしても、仏教哲学の奥深さ、難解さにはいつになっても恐れおののくばかりです。独学で本を読んだからといってどうにかなる問題ではありません。やはり全身全霊を懸け、良き師匠の下専門的な指導を受け何年何十年も専心せねば体得できない境地なのだろうと頭が下がるばかりです。

本書はそんな深遠な龍樹思想の入門書たるおすすめの一冊です。浄土真宗関係の方には特におすすめしたい参考書です。龍樹に挫折した私にとってこの本は本当にありがたい一冊でした。

また、同じく真宗僧侶の方にもう一冊龍樹に関連しておすすめしたいのが三枝充悳著『龍樹・親鸞ノート』という本です。

龍樹・親鸞ノート

龍樹・親鸞ノート

仏教文献学者から見た親鸞や龍樹との関係、また刺激的な問題提起の数々がこの本で語られます。ぜひ本書とセットで読んでみてはいかがでしょうか。

以上、「瓜生津隆真『龍樹 空と論理と菩薩の道』概要と感想~『中論』など難解な龍樹思想に挫折した方にもおすすめの入門書」でした。

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新装版 龍 樹(ナーガールジュナ): 空の論理と菩薩の道

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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