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川合康三『白楽天』あらすじと感想~唐の大詩人の生涯とその作品の特徴をわかりやすく学べるおすすめ本

白楽天
目次

川合康三『白楽天』あらすじと感想~唐の大詩人の生涯や時代背景、作品の特徴をわかりやすく学べるおすすめ本

今回ご紹介するのは2010年に岩波書店より発行された川合康三著『白楽天ー官と隠のはざまで』です。

早速この本について見ていきましょう。

一世を風靡した流行詩人にして、政治の中枢に上りつめた大官僚。玄宗・楊貴妃の愛の詩人にして、身近な言葉で日常の歓びをうたった閑適の詩人。多難な人生の中で、悲観より楽観を選びとるその詩は、中国の文学に新しい地平を切り開いた。官人としての生涯をたどりながら、日本にも広く深く浸透したその多面的な魅力に迫る。

Amazon商品紹介ページより
白居易(772-846)Wikipediaより

本書『白楽天ー官と隠のはざまで』は唐の大詩人白居易のおすすめ入門書です。

白居易(白楽天)は唐時代の後半に生きた詩人です。白居易が生まれた772年は唐を大混乱に陥れた安史の乱の勃発から15年以上経った時代です。

玄宗皇帝の善政で唐が全盛期を迎えるも、楊貴妃との恋によって政治が傾き、その隙をついて安禄山が大反乱を起こしたというその時代の後に白居易は生まれたのでした。

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そしてこの玄宗、楊貴妃の悲劇の恋について詠った詩人こそ白居易になります。そして上の本紹介にもありましたように、白居易は官僚でもありました。白居易といえば詩人をイメージしてしまいがちですが、それとは真逆とすら言える官僚が本職だったというのも面白いですよね。現代人たる私達がイメージする官僚の世界とは異なる文化的背景があったのがかつての中国だったということでしょう。

本書ではそんな白居易の生涯や時代背景をわかりやすく学ぶことができます。また、白居易の詩が従来のものとどのような点が違うのか、その特徴はどこにあるのかということも知ることができます。

白楽天以前の詩人というのは、「自身の苦悩が詩という芸術活動に昇華される」という風潮の下活動していました。「人は苦難の中でこそ感性が研ぎ澄まされるのだ」という見解です。つまり、当時の詩人というのは皆不幸な境遇に生きる人が多かったのです。しかし著者は次のように述べます。

ところが稀有の例外があった。白楽天である。中国士人の一般的な価値観に基づくならば、官人として高位にのぼること、文人として名声を博すること、人として長寿を得ること、そのすべての幸福に彼は恵まれたのだ。昇進が約束される家柄の出でなかったにもかかわらず、官位は宰相の一歩手前にまで至り、富と名誉を手中に収めて悠々自適の長い晩年を存分に楽しんだ。官界に入った当初から詩人としての評判は本人も戸惑うほどに高く、死後も晩唐、五代、宋初を通してー欧陽修・蘇軾らの提起した新しい文学観や文学が擾頭するまでー唐代随一の文学者と称えられた。七十五歳の寿命は唐代の文人としては十分な長寿に数えられる。こうした外的な条件を挙げてみれば、白楽天は詩人としては希にみる幸福な人生を送ったといってよい。

とはいえ、幸福はそもそも客観的に計れるものではない。外的条件だけで彼が幸福であったと決めつけることはできない。白楽天が「幸福な詩人」であったなどと断言できはしないが、確かなことは彼が少なくとも「幸福をうたう、、、詩人」であったということだ。文学が古来、悲しみの感情に満ちあふれていたことは、白楽天も語っている(第四章3節)。それに対して白楽天はよろこびをうたう文学を自分の文学として高らかに掲げる。生きていることのよろこび、日々の暮らしのなかに覚える幸福感、それをこそ自分はうたおう、と。

そのよろこびとはなんら特別なことではない。のんびり朝寝を楽しむ、季節の景物を味わう、友人と酒を酌み交わしながら談笑する、などなど。広大な邸宅のなかに池を設け、舟を浮かべて水のたゆたいに身をまかす楽しみは、わたしたちには手が届かないとしても暖かな布団にくるまって朝寝を楽しんだり、日だまりのなかで心地よくまどろんだり、それなら今すぐにでも体験できる。これまで詩にうたわれることがなかった日常生活のなかで得られるささやかな楽しみ、それを生きていることのよろこびとして味わい、言葉に写し取ったのが、白楽天の文学である。よろこびの感情を自覚的に文学に取り込んだことこそ、白楽天が中国の文学に付与した最も大きな意義であろう。

岩波書店、川合康三『白楽天ー官と隠のはざまで』P5-6

白楽天の文学には一つの理念に徹する厳しさとか、想念の激しい燃焼とか、そういった要素は希薄といわねばならない。が、現実のなかで生活しながら己れの希求を可能な限り満たすことは、それなりに賢明な生きる態度ではある。そこに生じる満足の思い、暮らしのなかで身の回りの人や物を慈しんで味わうよろこび、そうした情感をうたう文学を白楽天は作り上げたのだった。

岩波書店、川合康三『白楽天ー官と隠のはざまで』P9-10

「確かなことは彼が少なくとも「幸福をうたう、、、詩人」であったということだ」

なるほど、白楽天がこうした詩をうたったからこそ現代にもつながる幸福の詩の文化が生まれたのですね。

そしてこうした白居易の斬新な幸福の詩が唐で爆発的に流行し、朝鮮や日本でも人気となったというのも興味深いです。こうした詩が受け入れられるには、そのような詩を受け入れることができるような時代の風潮もなければなりません。こうした幸せの詩を求めるような人々の精神状況がすでにして唐の時代にあったということではないでしょうか。であるならばそうした風潮は詩だけでなく、仏教や道教、儒教にもある程度反映されていてもおかしくありません。

白居易の詩を学ぶことで当時の時代風潮まで考えることができた本書は実に刺激的でした。

入門書として本書『白楽天ー官と隠のはざまで』はとてもおすすめです。白居易その人だけでなく、時代背景も知れる作品です。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「川合康三『白楽天』あらすじと感想~唐の大詩人の生涯とその作品の特徴をわかりやすく学べるおすすめ本」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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