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氣賀澤保規『則天武后』あらすじと感想~中国史上初の女性皇帝!男社会に風穴を開けた驚異の才覚とは

則天武后
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氣賀澤保規『則天武后』あらすじと感想~中国史上初の女性皇帝!男社会に風穴を開けた驚異の才覚とは

今回ご紹介するのは2016年に講談社より発行された氣賀澤保規著『則天武后』です。

早速この本について見ていきましょう。

秦の始皇帝に始まる二千年余にわたる中華帝国の歴史にその名を刻む唯一の女帝・則天武后(武則天)。男性中心秩序の古代社会に己の才覚と知力で挑み、至尊の座にまで登りつめた女性は、何を目指し、また何が彼女を生み出したのか–。大唐帝国繁栄の礎を築いた冷徹にして情熱的な生涯とその時代を、学術的知見に基づいて鮮やかに描き出す。

Amazon商品紹介ページより

則天武后(624-705)Wikipediaより

本書の主人公、則天武后はとてつもない大人物です。スケールが違います。男性中心社会であった中国王朝においてその才覚によって初の女性皇帝になった則天武后。長い中国史においても明らかに突出した人物です。

また、則天武后は仏教にも深く帰依していたことが知られており、彼女が全土に作らせた大雲経寺は後の日本の国分寺のモデルになったと言われています。そうした意味でも仏教を学ぶ私にとって非常に興味深い人物でありました。

そして本書はそんな傑物則天武后を知るための最高の参考書です。

何より面白い!小説のように語られる則天武后の人生にあっという間に引き込まれてしまいました。ここ最近中国史の本を読み続けていますが、「なぜこんなに名著だらけなのだろう!」と正直驚いています。この本もとてつもない名著でした。

本書冒頭、著者は次のように語っています。少し長くなりますがじっくり読んでいきます。

則天武后は中国史をもっとも激しく駆けぬけ、時代の頂点にまで登りつめた女性である。

数えの十四歳で唐の二代目皇帝太宗の後宮(大奥)にはいり、太宗の死後は、その息子で三代高宗皇帝の皇后の座につき、あげくは史上最初にして最後となる女性皇帝となって、みずからの王朝=武周朝を開いた。これを世に武周革命という。その波乱に富む一生は、同時に彼女の飽くことを知らぬ権勢欲に裏打ちされた堅い信念と才知によって、既存の諸勢力や根強い儒教的観念と格闘し、それら一つひとつにうち勝っていった軌跡であった。

武后は強い女であった。道なきところに道を拓き、どこまでも自己の意志をつらぬこうとした。その通りすぎた跡にはなぎ倒された草木のごとく、犠牲となった者たちの死体が累々と横たわる。それらには政敵ばかりではなく、血肉を分けた身内の者たちもふくまれた。はたしてどれほどの人間が彼女の前に屍をさらしたことか。彼女はこうした行動を、ときに眉ひとつ動かすことなく冷徹に、ときに怒りの感情をむき出しにしておこなった。この強烈な個性の前に、男たちはふり回され、なす術もなく蹴散らされていった。が、同時に、逆にそれに魅きつけられ、手足となって動く新たな一群の勢力も生み出したのであった。

則天武后が権力の座にあったのは、七世紀後半から八世紀初頭までのほぼ半世紀におよぶ。その最後の十五年間(六九〇ー七〇五)が武周政権期となり、これに先立つ皇后、皇太后としての三十有余年は、いわば新王朝を開く準備期間であったといっても過言ではない。武氏政権を樹立するという野望を内に秘め、敵対者を執拗に排除する一方で、自己の政治的基盤の確立にむけて周到に手をうっていったこの期間こそ、彼女の存在をもっとも際だたせる役割をおった。

ちなみにその時期の日本といえば、天智天皇から天武天皇が、大陸から律令制を導入して、天皇権力の確立と当時における「近代化」を目指した時期にあたる。天武の皇后にしてその後をついだ持統天皇が即位したのが、ちょうど武后の在位期と重なる。日本と中国期を同じくして女帝が現れたことは、ひとつの奇縁といえよう。

則天武后が女帝にまで進みえた第一の条件は、いうまでもなく高宗の皇后であったことがあげられよう。だがそれは重要な契機であっても、決定的な条件ではない。彼女は女の身であり、そのうえ唐室李氏の血筋ではなかった。しかも男たちが牛耳るところの権力抗争の巣窟たる政界があった。これらを越えてみずからの王朝をはじめるには、並の女性のできる業でないことは明らかである。

では、彼女はどのような人物であったか。なぜこの時期、かくも烈しくまた強靭で、存在のある女性が登場しえたのか。このような女性に活動の場を提供した唐という時代、そして社会をどう理解したらよいのか。そのようなことを考えながら、以下、武后の一生を追いかけてみることにしよう。

講談社、氣賀澤保規『則天武后』P3-4

この冒頭の文章を読むだけで本書の面白さが伝わってくるのではないでしょうか。本書は則天武后だけでなく、その時代背景もわかりやすく語られます。しかも物語風に語られるので非常に読みやすいです。無味乾燥な歴史の教科書という雰囲気は一切なく、臨場感たっぷりで読み進めることができます。これはすごい作品です。学術的な歴史の本でこれほど面白く書けるというのは奇跡的なことではないでしょうか。もちろん、学術的な正確さを無視した小説ではありませんのでご安心を。

それにしてもこの則天武后という人物は強烈です。その知恵才覚、胆力は並大抵のものではありません。

自身が皇帝の権力に登るまでどれだけ気の遠くなるほどの策を弄してきたか・・・。

しかも単に権謀術数で他者を貶めるだけではなく、やはり人を動かす圧倒的なカリスマや地道な人心掌握があったのです。これは一朝一夕で真似できるものではありません。

現に、本書最終盤では第二の則天武后たらんとした韋后の失敗についても語られます。武后の成功を皮相的にしか見ることができなかった韋后の失敗は私達すべての人間にとっても大きな教訓となることでしょう。やはり何か大きなことを成すには他者には見えない果てしない鍛錬と我慢の時が必要なのだと思わされます。皮相的なものの見方は一歩間違えば破滅まっしぐら。その例を韋后に見ることになりました。

そして最後にもう1点。則天武后が皇帝となり政治を進めていく上で利用した酷吏という存在についても私は強い印象を受けました。この酷吏というのは文字通り「ひどい官吏」です。彼らこそ悪名高い拷問官だったのです。

則天武后は下々からの意見を汲み上げるという名目で目安箱のようなものを作らせました。そしてこれが密告の温床となったのです。

密告を受けた者は問答無用で拷問され自白を引き出されます。もちろん、冤罪であっても拷問を逃れるためには自白しか手はありません。そしてその自白によってさらに多くの人を巻き込んで拷問するという恐怖政治が始まりました。

こうした密告、拷問を利用した恐怖政治はスペインの異端審問を連想させます。トビー・グリーン『異端審問 大国スペインを蝕んだ恐怖支配』ではまさにそのメカニズムが語られていました。

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則天武后は自身の権力を守るためなら自分の赤子すら平気で殺してしまうほどの人間でした。それほどの権力欲者が権力をさらに強力にするためにはやはりこの密告、拷問という恐怖政治に頼りたくなるのも必然だったのかもしれません。ですが結局この恐怖政治によって国は混乱し則天武后に対する人望も失われていくことになります。そう考えるとこの恐怖政治は悪手だったのではないかと私には思えてしまうのですが、それも当時の時代背景では致し方なかったのでしょう。そうしたことも考えさせられたのが本書『則天武后』でした。いやはやすごい。スケールが大きすぎます。

まだまだ本書についてお話ししたいことがあるのですが、今日はここまでにしておきましょう。

ものすごい本でした。これは名著中の名著です。ぜひぜひおすすめしたい一冊です。

以上、「氣賀澤保規『則天武后』~中国史上初の女性皇帝!男社会に風穴を開けた驚異の才覚とは」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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