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井筒俊彦『イスラーム生誕』あらすじと感想~イスラム教のはじまりとその背景を解説する名著!

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井筒俊彦『イスラーム生誕』概要と感想~そもそもイスラームとは何なのか。イスラム教のはじまりとその背景を解説する名著!

今回ご紹介するのは1990年に中央公論新社より発行された井筒俊彦著『イスラーム生誕』です。私が読んだのは2015年改版第五刷版の『イスラーム生誕』です。

早速この本について見ていきましょう。

イスラーム教及び創始者ムハンマド(マホメット)の誕生と歴史は、キリスト教のように知り尽くされたとは言い難い。イスラームとは、ムハンマドとは何か。シリア、エジプト、メソポタミア、ペルシア…と瞬くまに宗教的軍事的一大勢力となってキリスト教を席捲した新宗教イスラームの預言者ムハンマドの軌跡を辿る若き日の労作に、イスラーム誕生以前のジャーヒリーヤ時代(無道時代)との関連の歴史的解明と、さらにはコーランの意味論的分析を通じてイスラーム教の思想を叙述する独創的研究を加えた名著。

Amazon商品紹介ページより

この本はイスラム教がどのように生まれてきたのか、そしてそれがどれほど画期的な出来事だったのかを知ることができる名著です。

著者の井筒俊彦氏はこのアラブの歴史の流れ、文化を初学者にもわかりやすい筆致で語ってくれます。7世紀以前のアラブの生活、そして信仰がどのようなものだったかはものすごく興味深かったです。本当はその流れをこの記事でお話ししていきたいのですが、紹介したい箇所があまりにもたくさんあり、それも難しいので特に印象に残った箇所をここで見ていきたいと思います。

砂漠のアラビア人の感覚の鋭さとは

ユダヤ教の聖地マサダ要塞から見たイスラエルの砂漠。奥に見えるのは死海です。「世界遺産マサダ要塞の歴史―ユダヤ迫害の悲劇と殉教の物語 イスラエル編⑪」より

沙漠のアラビア人はもっとはげしい現実主義者だ。彼らは現実の世界から一歩たりとも外へ踏み出すことを頑として承知しない。夢の世界も形而上的世界も彼らには存在しない。現実とはここでは感覚と知覚の世界を意味する。そのかわり、この現実の世界に在るかぎり彼らは王者だ。ベドウィンは実に驚くべき感覚の持主であった。彼らの現実意識の唯一の支柱は感覚と知覚であり、それ以外に何物もなかったが、またそれだけに彼らの感性的認識能力は今の我々から見ると人間のものとは思われないほどの鋭さをもっていた。この強烈な感覚を通して受容された世界は、まるで天地創造の日のようにみずみずしく鮮明だった。

中央公論新社、井筒俊彦著『イスラーム生誕』 P47

ここに出てくるベドウィンとはアラブの遊牧民のことです。

ブログ筆者撮影 世界最古の町エリコ~人類の発展がここから加速する イスラエル編⑥より

2019年に私がイスラエルを訪れた際にも、エルサレム近郊の砂漠で彼らと出会いました。現代でも彼らは遊牧民として生活し続けています。

イスラム教の成立にとってこのベドウィンの精神性というのが非常に大きな意味を持ってきます。

考えてみれば、彼らの感覚の鋭さ、特に視覚と聴覚の異常な発達に何の不思議もありはしない。鋭敏な感覚をもたないで、どうしてあの生活環境に生存して行かれよう。灼熱の太陽に焼ける、涯のない沙漠に漂泊の旅を続けるこの遊牧の民が、もし遥か遠方にしたたる水音を聞きつけ、遥か彼方に仄かにうごめく動物の姿を発見し、あるいはまた地平線に巻起る砂塵を見て直ちにその場で敵の陣形まで察知できないようでは、彼らは忽ちに飲食に窮し、異部族に不意を打たれて絶滅するよりほかはないのだ。昔、古代ギリシアのアテナイの都では「美しく善い」(kalos kagathos)ということが人間の理想像であったが、此処、アラビア沙漠の只中では「眼光射るごとく耳敏き」男が理想的人間であった。

中央公論新社、井筒俊彦著『イスラーム生誕』 P47-48

この箇所は読んでいて「なるほど!」と思わずうなってしまいました。

アラブの過酷な環境を生き抜くためには私達が想像もできないような鋭敏な感覚がなければならないのでした。

そういう環境を生き抜いていた人々と、豊かな自然の中で生きてきた私達とはそれは精神性や文化が違うのは当然ですよね。

イスラム教が生まれていくにしても、こうした過酷な自然環境、そして精神文化が土壌としてあるのです。

そしてさらに興味深いことに、著者の井筒氏はムハンマドがキリスト教やユダヤ教の影響も受けていることを指摘します。

当時のアラブ世界にはキリスト教やイスラム教が入って来ていたのです。よくよく考えてみればそうですよね。ムハンマドが活躍するのは7世紀です。これだけ時間が下ればユダヤ教もキリスト教もどんどん世界中に広がっていきます。

ムハンマドが啓示を受ける前から洞窟にこもり瞑想するようになったのも、キリスト教の修道士の影響があったとこの本では述べられます。

この作品はイスラーム教とはそもそも何なのかということを幅広い視点から見ていくことができる名著です。

伝統的な部族社会が強固であったアラブにおいて、ムハンマドがいかに革新的なことを行ったかがわかります。

そして過酷な自然環境や戦闘が日常茶飯事だった生活。それらがいかにアラブ人たちのメンタリティーを形成していたのかも知ることができます。これはものすごく興味深いです。

文庫本で240頁ほどのコンパクトな1冊の中に驚くほどの事実が詰まっています。ものすごく刺激的な1冊です。

この本もぜひおすすめしたい1冊です。

以上、「井筒俊彦『イスラーム生誕』イスラム教のはじまりとその背景を解説する名著!」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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