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骸骨だらけのクトナーホラのセドレツ納骨堂~1万人の遺骨によるモニュメント 僧侶上田隆弘の世界一周記―チェコ編⑮
4月20日。
今日の目的地はクトナーホラ。
クトナーホラはプラハから車で1時間ほどの距離にある静かな街。
この街で有名なのは何と言っても骸骨だらけの教会、セドレツ納骨堂だ。
ぼくがクトラーホラに向かったのもその姿を見に行くことが目的だ。
セドレツ教会へは現地のツアー会社が何社もツアーを催行している。
鉄道を使って行くこともできるが、現地ツアーを利用した方が手軽に行けるのでぼくはツアーに参加してここを訪れることにした。
クトナーホラの街自体も実は歴史上重要な役割を果たしていた街だ。
この街は銀の採掘地として知られ13世紀から16世紀に銀が枯渇するまではプラハに次ぐ街として繁栄していた。
プラハが繁栄できたのも、この街で生産される銀が大きな役割を果たしていたと言われている。
ここで生産された銀とそれを加工した銀貨は当時のヨーロッパで流通した銀のおよそ3分の1にもあたるそうだ。
その豊富な銀によってプラハとクトナーホラはヨーロッパの中でも随一の街として発展することができたのだ。
そのためクトナーホラには巨大な教会や数多くの歴史的な建造物があり、その街並みは世界遺産にも登録されている。
では、早速そのセドレツ納骨堂を見ていこう。
ここは教会を中心にして周囲を囲むようにお墓が建てられている。
この教会の内部が1万体の遺骨で飾られているのだ。
入り口からすでに骸骨だらけである。
これはレプリカではない。本物の遺骨だ。
教会の中は本当に骸骨だらけだった。
壁一面、そして天井から吊るされたシャンデリアも骨によって装飾されている。
シャンデリアは1本1本の骨が絶妙に組み合わされて作られている。
目立つのは大きな骨だが、細かい部分まで小さな骨で装飾されている。
人間の骨も、よく見れば直線的で太い骨もあれば、丸みを帯びた小さな骨もある。
普段目を反らしてしまう死を、あえてモニュメントの形にすることで直視せざるをえなくする。
メメント・モリ(死を思え)という思想の上でこの骸骨たちは飾られている。
だが、この骸骨による装飾が始められたのは、実はそんなに昔の話ではない。
1870年頃にこの教会の支援者であるシュヴァルツェンベルク家が尋常ならざる内装製作を木彫師のフランティシェク・リントに依頼したのがきっかけだそうだ。
これがそのシュヴァルツェンベルク家の紋章。
紋章まで遺骨で作る徹底ぶりだ。
しかし、ここで疑問に思うのはなぜシュヴァルツェンベルク家が尋常ならざる内装を依頼したかということだ。
わざわざ1万もの遺骨を回収してモニュメントにするという発想は一体どこから出てくるのか。
その鍵となるのがセドレツ納骨堂が歩んできた歴史にある。
セドレツ納骨堂が有名になったのは13世紀にまでさかのぼる。
当時の修道院長が聖地エルサレムから持ち帰った土をこの教会の墓地に撒いたのがきっかけだそうだ。
聖地の土が撒かれた墓地。
これほど魅力的な墓地はヨーロッパ中どこを探しても存在しない。
それを聞きつけた人々はここを聖地とみなし、あっという間にその噂はヨーロッパ中に広がった。
そしてこの墓地に埋葬したいという人が後を絶たなくなったのだ。
これがセドレツの墓地が有名になったきっかけだ。
そしてその後ペストによる大量の死者やフス戦争(フス派とカトリックの戦争)の死者もここに眠るようになる。
しかし、あまりに大量の遺体がここに埋葬されることになり、15世紀頃、ついに埋葬するスペースがなくなってしまう。
そこで遺骨を掘り起こし、その遺骨を教会の地下部分に丁寧に組み上げていくようになった。
その遺骨の数がおよそ4万体分。
途方もない数の遺骨がこの教会内に積み重ねられていくようになったのだ。
このように、すでに教会内で遺骨が大量に積み重ねられるということが行われていた。
そこでシュヴァルツェンベルク家が大量にある遺骨を使って新たなメッセージを生み出したいと考えたのも不思議ではないだろう。
この教会では骨が身近にあることが自然な環境だったのだ。
それにしても、墓地のスペースがなくなるということは、火葬をしないヨーロッパ世界では特に重大な問題だったと想像できる。
キリスト教には復活という教義がある。
だからこそ、火葬して自分の体を滅ぼしてしまうというのはもってのほかだった。
とは言え、日本人皆が火葬するようになったのもそれほど昔の話ではない。
死者をどのように捉えるのか。
死者をどのように死後の世界へ送り出していくのか。
これは文化によって非常に異なる。
改めて葬送文化というものについてしっかりと調べてみたいと感じたセドレツ納骨堂であった。
骸骨だらけの教会ではあったが不思議と恐怖感は少しも感じなかった。
むしろ、モニュメントや芸術品という印象を受けたほどだ。
いずれにせよ、かなりインパクトのある教会であることには変わりはない。
もしお時間があれば、プラハからそう遠くはない場所なので訪ねてみるのもよいかもしれない。
続く
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