細川重男『鎌倉幕府抗争史』概要と感想~大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の副読本としてもおすすめ!

細川重男『鎌倉幕府抗争史 御家人間抗争の二十七年』概要と感想~大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の副読本としてもおすすめ!
今回ご紹介するのは2022年に光文社より発行された細川重男著『鎌倉幕府抗争史 御家人間抗争の二十七年』です。
早速この本について見ていきましょう。
源頼朝亡き後、誕生したばかりの鎌倉幕府は異常ともいえる内紛と流血、果ては将軍までもが非業の最期を遂げる時代を迎える。その質実剛健のイメージとは裏腹に、なぜ「鎌倉武士」たちは仲間うちで殺し合いを繰り返したのか。北条時政、北条義時、梶原景時、和田義盛、比企能員……御家人同士の抗争劇から浮かび上がる鎌倉時代初期の政治史と、武士たちのリアルな生き様を活写する決定版。
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この本では鎌倉幕府成立後の歴史の流れを御家人間の抗争というテーマから見ていくことになります。
この時代と言えば2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』がまさにその時代に相当します。
圧倒的なカリスマで幕府をまとめていた源頼朝が1199年に急死したことでその後の幕府運営は混迷を極めることになります。その権力闘争の流れを本書ではわかりやすく学ぶことができます。
著者は本書について「序」で次のように述べています。
頼朝薨去から承久の乱までの期間は、内紛・内戦の絶えなかった鎌倉幕府史においても異常な時代であった。私は、この期間における御家人たちの戦いをまとめて、「御家人間抗争」と呼んでいる。
しかも、御家人間抗争で殺し合ったのは、十年に及んだ日本史上最初の全国的長期内乱(以仁王の乱~大河兼任の乱)を頼朝の下で共に戦い、いわば同じ戦場の釜の飯を喰った戦友、頼朝を先頭に「都市鎌倉」という「武士の町」を皆で築いた仲間たちであった。
たった一人の男の死を契機に、鎌倉幕府は「最も不幸な時代」に突入したのである。
治承四年十月六日の頼朝の鎌倉入りから数えれば、元弘三年五月二十二日の滅亡まで、鎌倉幕府は百五十三年続いた。
本書は、鎌倉幕府の歴史において、最も悲惨な「殺し合いの時代」、「御家人間抗争」の時代を描くものである。
平安・鎌倉時代の武士たちは、自分たちを「勇士(勇敢な男)」と呼び、他者からもそう呼ばれた。そして勇士たちには「兵の道」と呼ばれる倫理観、理想とする行動規範があった(『今昔物語集』巻第二十五「源宛と平良文と合戦せる語」「源頼信朝臣、平忠恒を責めたる語」)。卑怯なことはしない、女は殺さない、それが「兵の道」であった(同「平維茂、藤原諸任を罰ちたる語」)。
では、鎌倉武士、「兵の道」に生きる「勇士」たちの現実は、いかなるものであったろうか。
光文社、細川重男『鎌倉幕府抗争史 御家人間抗争の二十七年』P25-26
浄土真宗の開祖親鸞聖人も1214年頃から東国に15年以上も滞在しています。まさに鎌倉殿で御家人同士が闘争している中でのご滞在でした。この時の時代背景を知る上でも本書は参考になります。
この本では親族や親友同士でも命令となれば殺し合わねばならない武士の厳しい世界も知ることになります。読みやすく、わかりやすいので歴史入門にもおすすめです。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
以上、「細川重男『鎌倉幕府抗争史』概要と感想~大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の副読本としてもおすすめ!」でした。
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鎌倉幕府抗争史 御家人間抗争の二十七年 (光文社新書 1211)
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