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森新之助『摂関院政期思想史研究』概要と感想~興福寺奏上を書いた貞慶は法然を守ろうとしていた!?弾圧事件の新たな視点を得られる刺激的一冊!

摂関院政期思想史研究
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森新之助『摂関院政期思想史研究』概要と感想~興福寺奏上を書いた貞慶は法然を守ろうとしていた!?弾圧事件の新たな視点を得られる刺激的一冊!

今回ご紹介するのは2013年に思文閣出版より発行された森新之助著『摂関院政期思想史研究』です。

早速この本について見ていきましょう。

第8回日本思想史学会奨励賞受賞

本書は、摂関院政期における民衆仏教史観の研究史を整理し、当該期の思想家たちや事象の考察および実証研究を深めることにより、通説としての民衆仏教史観と切り結び、その実像を鋭く描き出す。日本の思想史上、極めて重要な時期の一つとされる摂関院政期の思想史叙述に修正を迫る一書。

思文閣出版商品紹介ページより

さて、今回本書を紹介したのは他ではありません。私が衝撃を受けたある新説についてお話ししたかったからです。

百聞は一見に如かず。早速その説を見ていきましょう。

そして翌二年(※ブログ筆者注、1205年のこと)、今度は南都興福寺が鬱訴し、十月に貞慶起草の奏状が進められた。これまで殆んどすべての研究で、この奏状は敵対する貞慶が源空の罪科と専修念仏の禁過を求めたものだとされてきた。だが貞慶の真意は、あくまで源空を擁護しつつ放逸邪見の弟子たちを弾指することにあった。しかも、慚愧を生じさせず破戒を宗とすることが道俗の心に叶ったならば、仏法の滅縁としてこれより大なるはないという危倶は、源空のそれと完全に一致している。

この奏状に沿って、朝廷は同年末に寛宥の宣旨を下した。しかし興福寺内部で意志が統一されていなかったため、翌三年二月、五師三綱は貞慶などと別行動を取り、朝廷に源空とその弟子たちの配流を求めた。交渉に当たった三条長兼の日記『三長記』と、所謂「興福寺奏状」として伝わる史料を照らし合わせると、この訴訟では興福寺から二通の全く異なる奏状が進められていたことが分かる。これは当時、興福寺が専修念仏への対応について大きく分裂していたことを示している。

交渉の結果、法本房行空と安楽房遵西への罪名勘申を命じるとともに、宣旨の文案について然るべき貴族たちに意見を求めた。貴族たちは、邪説偏執や諸宗誹謗を禁逸する宣旨が念仏停止の宣旨と誤解されてしまうことを懸念しつつも、宣下に賛成している。貞慶と同じく事態を正しく認識し、源空とその背師自立の門徒たちを峻別していたと言ってよい。しかし後鳥羽院の叡慮により、両名への罪科は遂に沙汰止みとなった。

改元して翌建永二年(1207)二月、六時礼讃を唱導していた遵西と住蓮が頚を捌ねられ、師の源空は配流に処された。遵西住蓮は後鳥羽院の不在中に女房と夜宿したことで捕縛され、二月上旬に検非違使の独断で斬首されたと考えられる。師の源空は先に怠状を進めていながら弟子の行状を改められなかったため、南海への配流が命じられた。なお、この時に専修念仏者への制止を目的とした宣旨も下されたが、道心の念仏者と偏執のそれとは峻別されており、専修念仏そのものが異端思想として朝廷から禁過されたのでなかった。

源空の配流以後も、一念義や造悪無漸は横行していった。源空は承元三年(1209)に「遣北陸道書状」を認め、一念義との敵対をより鮮明にした。歿後、一部の遺弟たちは造悪無漸の論拠とするため、末法における法滅尽という自由の説も唱えたらしく、延暦寺からの強い反発を招いた。その二通の奏状などによれば、造悪無漸の所行は民衆の切実な自己解放運動などでなく、ただ善悪を顧みずに私欲を恣にしていただけだと評さざるを得ないものであった。

思文閣出版、森新之助『摂関院政期思想史研究』P316-317

いかがでしょうか。

「え!?」と思われた方も多いのではないでしょうか。特に浄土宗や浄土真宗関係の方は特に驚かれたかもしれません。

そうです。浄土宗や浄土真宗系の歴史では弾圧を招いた「興福寺奏上」は法然教団を攻撃した悪しき行為として教わってきました。そしてその大元として当時の興福寺の名僧貞慶がその代表として名指しされることが多かったのです。

ですが、上の引用に説かれていましたように、実は貞慶は法然教団を弾圧から回避させようと動いていた可能性があるのです。本書ではその論拠について詳しく解説がなされるのですが、なるほど、これはたしかに説得力があります。

これまで当ブログでも『解脱房貞慶の世界 『観世音菩薩感応抄』を読み解く』『貞慶『愚迷発心集』を読む』など解脱房貞慶に関する名著を紹介してきました。これらの本を読めば貞慶が自らの利権や政治的工作のために法然を攻撃するというのは想像できません。まして京中で人気のあった法然教団を恨んだなどというのは到底あり得ないことだと思います。それほど真摯な仏道を歩まれていた方でした。その貞慶が法然を擁護し、その上でこの騒動をなんとか収めようとしていたのは私にとってもしっくり来るものがあります。

本書ではこの「興福寺奏上」の詳しい分析や、当時の法然教団がどのような状況にあったのかということを詳しく見ていくことができます。これは非常に刺激的でした。

ただ、この本については正直気になるところもあります。

以前の記事「平雅行『日本中世の社会と仏教』概要と感想~平安中期から鎌倉初期にかけての僧尼令の実態を知るのにおすすめ!僧侶国家公務員論についての疑問についても」でもお話ししましたが、この平雅行氏と森新之助氏と激しい論争が続いています。私も本書『摂関院政期思想史研究』を読んだ上でこの論争を読んだのですが、部外者の私が困惑するほどのやりとりとなっています。

その論争の最初のやりとりがこちらのPDF「拙著『摂関院政期思想史研究』決議十二箇条ー平雅行「破綻論」に答うー」で読めますので興味のある方は読んでみてください。

繰り返しになりますが、私は正直、困惑しています。私は親鸞聖人や法然上人の生きた時代についてもっと知りたいと思いこうした歴史書を読んでいるのですが、読めば読むほどわからなくなっています。ある出来事に対する正反対の見解が次々と出てくるのです。本書においても法然が弾圧された理由が平氏と森氏では全く異なります。さらにいえば、この弾圧事件そのものの解釈が根本的に異なるのです。

私はこの本を読む数か月前にすでに親鸞聖人に関する平雅行氏と今井雅晴氏の歴史書もできうる限り全て目を通しています。ただ、その時も私は絶望しています。どちらの説を取るかで決定的にその人物像まで変わってしまうのです。親鸞の妻は恵信尼だけでなく、もうひとりいたのか、いたとしてそれは誰なのか、彼女達との関係性はどうだったのか。さらには善鸞義絶事件に対しても全く異なる見解がふたりによって提出され、互いに自説の正当性を主張するまま今も論争が続いています。

つまり、もはや何を信じてよいのかわからないのです。

ただ、これは何も親鸞聖人や法然上人に限った問題ではなく、当時の偉人たちの歴史はわからないことが多すぎるのです。資料が残っていない以上、空白の部分は推測するしかないのです。その空白部分をどう埋めるかで学説が割れています。私はそれを目の当たりにしているのでしょう。

歴史の専門家でもない私にはそうした世界のことはわかりません。

ただ、私ができることと言えば、できる限りそれらの説を学び、信仰の面で私がその歴史をどう受け止めるかということだと思います。歴史学という学問においてはそのような態度はご法度でしょうが、信仰の歴史は「事実そのもの」で繋がれてきたわけではありません。その宗派その宗派で大事にされてきた教えを大切に受け取ることも大事なのではないかと私は思います。(もちろん、現在の考え方にそぐわなすぎるものは見直していかねばなりませんが)

わからないことはわからないままでもいいのではないでしょうか。そこを無理に詮索してもどうしようもないことがあります。これはある意味勇気がいることですが、信仰は理屈だけで生まれるものではありません。人間は時に論理を飛び越えます。

というわけで、私はこれから先親鸞聖人の生涯についてもこのブログで記事を書いていくつもりですが、あまり歴史学に入り込みすぎないようにしようと考えています。もちろんそれを軽視するわけではなく、一般的な親鸞伝よりかはかなり時代背景などについて分量を割く予定です。ただ、どの学説を取るかというのは今も私の中で大きな悩みとなっています。

この悩みを共有してくださる方もきっと多いのではないかと思っています。上で紹介したPDFを読めば私の言うこともさらに伝わるのではないかと思います。

そして改めて本書『摂関院政期思想史研究』に戻りますが、この「興福寺奏上」に関する説は私も非常に説得力を感じたのですが、本書全体を読んでいますと、やはり私も見解の相違を感じてしまう所がありました。「本当にそうなのかな」「それは言い過ぎではないだろうか」と思わざるを得ないところも正直あったのです。

ただ、この本はゴリゴリの研究書です。研究の成果を公に問う作品ということで尖った見解があることはとても大事なことだと思います。こうした新たな見解をドンと提示してくれることで私達読者も「おっ!」と刺激を受けることができます。現に私も「本当にそうかな」「それは言い過ぎではないだろうか」と頭をフル回転しながら著者と対話するがごとく本書を読み進めることになりました。

先ほどもお話ししましたように、歴史には未だわからぬ空白がまだまだあります。それをどう解釈するかは私達ひとりひとりがじっくり考えていくしかありません。

私自身もこれからも変わらず学び続けていきたいと思います。賛否両論色々あるかもしれませんが、私にとっては刺激的な一冊でありました。

以上、「森新之助『摂関院政期思想史研究』概要と感想~興福寺奏上を書いた貞慶は法然を守ろうとしていた!?弾圧事件の新たな視点を得られる刺激的一冊!」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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