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平林盛得『良源』概要と感想~荒廃した比叡山を復興し、横川の念仏信仰や学問道場を再興した傑僧のおすすめ伝記

良源
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平林盛得『良源』概要と感想~10世紀半頃、荒廃した比叡山を復興し、横川の念仏道場や学問道場を再興した傑僧のおすすめ伝記

今回ご紹介するのは2020年に吉川弘文館より発行された平林盛得著『良源』です。

早速この本について見ていきましょう。

叡山中興の祖。平安中期、第18代天台座主の光と影の生涯と、現代におよぶ元三大師信仰を描く。

吉川弘文館商品紹介ページより
元山大師良源(912-985)Wikipediaより

本伝記は10世紀中頃から後半にかけて活躍した比叡山天台座主良源の生涯や当時の時代背景を知れるおすすめ作品です。

この伝記について著者は冒頭で次のように述べています。

元三大師と俗称される良源は、十世紀に活躍した比叡山延暦寺の高僧である。平将門や藤原純友が叛したいわゆる承平・天慶の乱や、藤原氏の策謀によって右大臣源高明が失脚した安和の変などがおこリ、複雑な政情のなかでしだいに藤原北家、忠平の流による摂関体制が確立して行く時代である。

叡山自身についていえば、開祖最澄についで円仁・円珍の隆盛時が過ぎ、沈滞期を迎えた時期であり、第十八代天台座主として大火災から堂舎の復興整備、経済的基盤の確立、宗学の奨励、綱紀粛正など、叡山中興の事業を完遂し、『往生要集』を著した恵心僧都や檀那院覚超をはじめ多くの名僧を育てた。他面僧兵を創始し、また俗権に姻びてその子弟を優遇、山上を世俗化した張本人としての非難を浴びるのである。有力後見者をもたず入山し、ついに前代奈良朝に東大寺大仏造像の大功を賞された行基以来、当代はじめての大僧正にまで栄進した良源の生涯を、克明に追うのが本書の課題である。

吉川弘文館、平林盛得『良源』P1
良源が復興させた横川中堂

良源は平将門や藤原純友、藤原忠平、藤原師輔等と同時代を生きた僧侶です。藤原忠平、師輔に関しては日本史にかなり詳しい方でないとあまり聞き慣れない名かもしれませんが、摂関政治の道筋を決定づけた大政治家であります。この2人との関係性が良源、ひいては比叡山そのものの運命を決定づけることになります。この辺りの政治事情は以前当ブログでも紹介した佐々木恵介著『天皇の歴史03 天皇と摂政・関白』を事前に読んでおくことを強くおすすめします。

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佐々木恵介『天皇の歴史03 天皇と摂政・関白』概要と感想~藤原道長の栄華に至る歴史の流れを学ぶのにお... 摂関政治の流れを知るのにこの本はベストだと思います。私にとって著者の文章力・解説力にも頭が下がりっぱなしの一冊となりました。複雑な歴史を学術的にしっかり押さえた上でわかりやすくスムーズに伝えるということのすごさを体感した参考書です。

この本を読めば藤原氏の権力掌握の流れや複雑な人間関係がすっきり頭に入ります。ここで時代背景と人物を押さえておけば本書『良源』がもっともっと面白くなります。私もこの順番で読むことができてよかったなと強く思います。そうでなければマイナーな10世紀の政治事情がなかなか見えず苦戦していたかもしれません。

さて、話は戻りますが上の引用にもありましたように若き良源がいた比叡山はすっかり荒廃してしまっていたのでした。比叡山延暦寺というと、開祖の最澄以来ずっと日本の頂点に君臨していたかのようなイメージを持ってしまいがちですが、円仁・円珍というスーパースター亡き後すっかり荒れ果ててしまっていたとのこと。なかなかこうした姿はイメージしにくいですが、ここで良源が現れたことで摂関家と強力に結びつき一気に復活していったことを本書で見ていくことになります。

良源は学問道場の設立に大いに力を込めました。仏法を真摯に学ぶことこそ僧侶の務め。ここを疎かにして復興はありえずと学問研鑽のシステムも構築しました。こうした学問重視の姿勢が弟子の源信を育てあの有名な『往生要集』へと結実していきます。私達浄土真宗僧侶にとってこの事実は非常に重要な意味を持っています。源信を育てた師匠としての良源に私は深い敬意を抱いています。

ただ、上の引用の後半で説かれていましたように良源と摂関家の結びつきは負の側面もありました。それが僧兵の出現や貴族の息子達が第二の世俗世界として仏教界に入ってくるという現象にも繋がってきます。しかし、これも当時の時代背景を考えるとやむを得ない事情があったと考えざるをえません。これから当ブログでもこの時代背景を解説する本を紹介していきますが、知れば知るほど平安、鎌倉時代と動いていく時代の複雑さを感じさせられます。単に仏教界が堕落したという問題では片づけられないものがそこにありました。現代を生きる私達の感覚で歴史を見ては本質を見誤ることになります。平雅行氏の『歴史のなかに見る親鸞』でも述べられているように戦後から昭和後半にかけてマルクス主義史観の影響が強く、仏教堕落論が今も根強く語られますがそうした歴史観が今見直されてきています。私も本を読めば読むほど驚きでした。

歴史の見え方は読み手の時代によって変わっていきます。良源の生涯を時代背景と共に見ていける本書は非常に貴重です。ただ、やはり本書のみですと厳しいと思いますので上で紹介した本などとセットで読んで頂けるとより楽しく学べるのではないかと思います。ぜひセットで手に取って頂けたらと思います。

以上、「平林盛得『良源』概要と感想~10世紀半頃、荒廃した比叡山を復興し、横川の念仏信仰や学問道場を再興した傑僧のおすすめ伝記」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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