田中貴子『安倍晴明の一千年』概要と感想~史実の陰陽師は悪霊と戦わない?晴明人気は平成に作り上げられたという衝撃の事実

田中貴子『安倍晴明の一千年』概要と感想~史実の陰陽師晴明は悪霊と戦わない?晴明人気は平成に作り上げられたという衝撃の事実
今回ご紹介するのは2023年に法藏館より発行された田中貴子著『安倍晴明の一千年「晴明現象」を読む』です。
早速この本について見ていきましょう。
怨霊都市・平安京を護るスーパー陰陽師・安倍晴明。
Amazon商品紹介ページより
そのイメージはどのようにして生まれたのか。平安時代に一官人として生きた晴明が、『今昔物語集』などの中世説話、近世の「狐の子伝説」、歌舞伎、近代から現代にいたる伝奇小説、そしてマンガ・映画・アニメでは美貌の貴公子へと、時代と世相にあわせて刻々と変貌していく「晴明現象」を追い、人々が晴明に何を求め、何を託したのかを探る好著。

安倍晴明(921-1005)といえば私達も陰陽師としてお馴染みの実在の人物です。「陰陽師の安倍晴明」は私達にとっても映画やドラマ、漫画など様々な媒体で目にする存在でありますが、あの藤原道長や紫式部とも同時代人になります。
昨年放映された大河ドラマ『光る君へ』でもユースケ・サンタマリアさんが安倍晴明を演じていますが、陰陽師安倍晴明といえば私達にとって呪力ある不思議な存在というのがそのイメージなのではないでしょうか。あるいは式神や呪文で悪霊と戦うというイメージでしょうか。
私自身、平安時代の宗教事情を知るためにこの安倍晴明と陰陽師という存在に興味を持っていたのですが、この本を読んで驚きました。なんと、私達がイメージする陰陽師安倍晴明は事実とは全く異なるというのです。しかも、そもそも私達の安倍晴明のイメージは極々最近作られたという衝撃の事実も知ることになります。
このことについて著者は冒頭で次のように語っています。少し長くなりますが、本書を読んでいきなり私も度肝を抜かれた箇所ですのでじっくり読んでいきます。
京都の小さな占いの「神さん」
二〇〇三年正月二日、私は久しぶりに地元・京都の晴明神社を訪れた。晴明についての本を書くにあたって、いちおうご挨拶だけでもしておこうという殊勝な心がけ、ではなくて、もう数年訪れていなかった「せーめーさん」の、ブームまっただ中の様子を見ておこうというつもりである。京都のお正月にしては珍しく、綿のような軽い雪がちらつく、しんと寒い日のことだった。
じつは私が晴明神社を訪ねるのは、今回でおおよそ五、六回目になろうか。いちばん初めに「せーめーさん」という奇妙な名前の神さんのことを知ったのは、ごく小さな子どものころのことだった。実家を改築するさい、便所を別の場所に移すことになったのだが、大工さんたちは「便所には神さんがいはるさかい、気軽に手をつけられしまへん」と言うのである。「せーめーさんへでもいかはって、お清めの砂かなんかもろうてきておくれやす。あっこは占いの神さんやさかい」大工の棟梁はまじめな顔で両親に言った。
そこで、私は母に連れられて「せーめーさん」へ赴くことになったのだが、タクシーに乗って行き先を告げると、運転手はしばらく考えて「たしか、堀川上がったとこでしたなあ」とひとりごち、発進させた。そうである。数十年前までは、晴明神社の正確な場所を知る人は京都人のなかでもそう多くはなかったのだ。「せーめーさん」が、あの平安時代の陰陽師である安倍晴明(よみは「はるあきら」、「はるあき」とも)を祀る神社であることを知っている人も、そんなにいなかっただろうと思う。近隣の人々の頭には、「占いの神さん」ということしかインプットされていないのである。
無事神社に着いた私たちは、さっそく社務所の巫女さんに占いを申し込んだ。暗くてさぶい古びた社務所の座敷に通されると、今の宮司さんのお父上だったのだろうか、年配の方が音も立てずに現れて、たぶん「八卦」らしき占いをし、「便所はこの方角でよろしいでしょう。古い方を埋めてしまうとき、このお砂をかけてください」と、「清めの砂」を渡してくれた。社務所から出た私は、見慣れぬ星マークがいっぱいついた社殿に見入っていたが、母がしきりに呼ぶのでしかたなく社を出たのである。
帰りのタクシーのなかで、母は、「なんや、簡単な占いやったなあ」と、少し気の抜けたような顔で言った。「せーめーさん、て、ほんまに効くのやろか」と不埒なことを呟く母に、「なあ、せーめーさんて誰なん」と私は聞いたが、母は「さあ……、昔の偉い人らしいけどな」と答えるにとどまった。清めの砂を古い便所にまいた後、工事は順調に進み、我が家は最新の水洗便所を持つことになった。
平成晴明ブームの始まり
あのときは、まさか、「せーめーさん」が現代人にスーパーヒーローとして受け入れられ、映画やテレビやマンガになるとは思いもしなかった私である。もっとも最近にここを訪れたのは、平安京建都一二〇〇年記念として、JR東海が「そうだ京都、行こう。」というキャンぺーンを展開したおり、「京都魔界めぐりと安倍晴明」というテーマで、東京からのお客さんのガイドを務めたときだった。
そのころは、今までの「みやび京都」の裏側を探ろうとする動きが起こっており、今でこそ「京都魔界なんとか」とか「京都異界かんとか」といった似たような書名が書店にぞろりと並んでいるが、その嚆矢は、宝島社の藤原清貴氏(のちに洋泉社)が企画した『京都魔界めぐり』というムックなのである。私もそこに書いている関係で、JR東海のガイドさんを引き受けたのだった。関東からのお客は二十代から三十代の若い人々が多く、私の「とっておき」の場所を案内して、かなり好評を得たのである。そのとき、晴明神社は古い社務所の一間をあけてくれ、晴明の肖像画も見せてもらえ、晴明井戸の水まで飲ませてもらい、たいそう協力的だった。
それが、ニ〇〇三年の今、古い社務所はなくなって駐車場と化しており、反対側には白木の匂いがぷんぷんするような新しい社務所が建っている。映画『陰陽師』のポスターが張られ、原作者の夢枕摸氏をはじめとする「晴明ブーム」の仕掛け人たちの書いた絵馬が展示されている。お賓銭をあげる人々はおのずから列をなし、聞こえてくる言葉には京都以外の方言が混じっていた。
占いのほうも今では希望者が殺到し、何時間も待たされるのだという。もちろん、陰陽師が式盤を使って行うような陰陽道の占いではなく、幼い私が見たような、一般的「八卦占い」であろう。しかし、晴明神社の神主さんが安倍晴明直伝の陰陽師でありそれで占いをするのだと信じている人も少なくないらしい。それほどに、平成の陰陽師晴明ブームは民間に浸透しているといえよう。
ブームのさまざまな要因
私が、「せーめーさん」はじつは平安時代の陰陽師・安倍晴明であることを知ったのは、高校生のとき『今昔物語集』の口語訳を読んでからだった。京都の地元民でさえ、いまだに「せーめーさん」の「正体」を知らない人は多かろう。果たして、このただならぬブームは、どこから来たのだろうか。
長々と論に関係ない思い出話をしたのは、現代の晴明ブームというのがいくつかの特徴を持っていると思えるからである。晴明社は、ブーム以前は京の西陣の片隅にある占いの神さん、という地元神であった。安倍晴明の存在が前面に出ていなかったのに、このようなまでになったブームの原因は、先にも述べたように、平安京建都一二〇〇年という一種の空騒ぎの際、京を代表するような「イコン」が必要だったことが指摘できる。そして、世情不安の折りには、過去の例を見てもわかるように、「あやしさ」、「こわさ」、「占い」などの要素を含んだものがブームになるものなのである。
失礼ながら、「占いの神さん」としてほそぼそと生きながらえてきた神社は、「あの晴明サマのお社」として急激に株をあげていた。つまり、晴明という人物の人気がお社を「超・観光スポット」に変えたわけである。もともとは、ここが晴明の居宅跡といわれていたが、次には京都ブライトンホテルがそこだといわれ、「せいめい」、「ひろまさ」などというカクテルをラウンジバーで出すようになった(二〇二三年現在でも提供されている)。ところが近年、山下克明氏の詳細な研究の結果、ブライトンホテルとはごく一部しか重なっていなかったことがわかっている(「安倍晴明の邸宅とその伝領」、『日本歴史』六三二号、二〇〇一年)。なんだか皮肉なことである。
いずれにしても、晴明ブームの陰の一つには、没落しつつある京都をもう一度活力ある街にしたい、というきわめて資本主義的な要因があると思えてならない。そして、近所のおばあさんが頭を下げて通るような、京都の人々にしてみれば何の変哲もない小さな嗣を「魔界だ、異界だ、京都は不思議に満ちている」と騒ぎ立てる「よそさん」(他所者)と京都の観光業界が提携した光景が、今の晴明ブームの裏に見え隠れしている。
資本主義の聖なるイコン・晴明。朱雀門の前で式神を放ち、都の存立を脅かす「敵」に闘いを挑む強力な陰陽師。白狐を母に持つ超能力者ー。
いったい、なぜこんなブームが生まれたのかを解き明かすのが本書の目的であるが、私の興味は、あらゆるメディアに刻印された晴明ブームという「現象」の生成をたどり、いささかの交通整理を行うことにある。
法藏館、田中貴子『安倍晴明の一千年「晴明現象」を読む』P9-14
いかがでしょうか。皆さんもきっとこの解説を読んで驚かれたのではないでしょうか。特に「晴明ブームの陰の一つには、没落しつつある京都をもう一度活力ある街にしたい、というきわめて資本主義的な要因があると思えてならない」という言葉はかなりの衝撃があったのではないでしょうか。
本書ではここから先にも驚くようなことがどんどん出てきます。
まず最初は近年における晴明ブームの火付け役となった夢枕獏氏による小説『陰陽師』について語られます。
この作品は1988年に発表され多くの読者を獲得し、文庫化、漫画化されることになりました。著者のような専門家の間ではあまりにも史実とかけ離れているために評価されることはありませんでしたが、日本の古典をほとんど知らない人たちは口をそろえて面白いと言っていたと本書では述べられています。
この夢枕版『陰陽師』が平成以降の安倍晴明像に決定的な影響を与えることになります。式神や呪力で悪霊や敵と戦うというイメージはここにその大きな由来があるようです。より詳しくは本書を読んで頂きたいのですが、小説や漫画、映画の影響力の凄まじさを感じることとなりました。
そしてこの記事の最後にもうひとつ紹介したい箇所があります。それがこちらです。
陰陽師や陰陽道を一般の人々に知らしめたのは、作家たちである。安倍晴明という人物にスポットを当て、一般人読書人に強くアピールをしたのは荒俣宏氏や夢枕獏氏らだった。とくに夢枕氏の書く『陰陽師』シリーズはすでに六冊を超え、私が原稿を書いている間にも数百万部の売り上げを計上しているすごさである(二〇二三年時点で一七作)。
しかし、晴明が小説やマンガによって人口に膾炙した状況には、いくつかの間題点が見出せる。そのもっとも大きなものは、一般読者が、作家やマンガ家の描く虚構の晴明像をあたかも実像であるかのように思い込んでしまったことである。たとえば今、晴明の姿を描くとするならば、多くの人が岡野玲子氏が作り上げたキャラクターである白皙の貴人の姿を無意識に踏襲することだろう。(中略)
こうした背景をうけ、研究者たちは歴史資料を駆使して「安倍晴明の虚像と実像」というテーマで講演したり本を書いたりすることが増えてきた。だが、その多くは幻想の「晴明さま」を慕う人々からそっぽを向かれることが多かった。「晴明は超能力者でもなんでもなく、ただの陰陽寮というお役所の役人だった」と結論づけている諏訪春雄氏の『安倍晴明伝説』(ちくま新書、二〇〇〇年)が版を重ねることなく置き去りにされているのも、ブームを背負っている若い人々からの反発のあかしと思われる。
また、先にも述べたが、鈴木一馨氏は『陰陽道』(講談社選書メチエ、二〇〇二年)のなかで、学生に晴明の実像を講義したら、「自分のイメージしている晴明とあまりにかけ離れているのがショックだった。聞かなければよかった」という趣旨の発言をされたという、悲しいエピソードを披露している。
しかし、研究の本分は読者におもねることではない。もちろん、晴明ブーマーにも読んでほしいけれど、資料にもとづいて考証された晴明の姿を明らかにすることはとても大切なことなのだとわかってほしいのである。
法藏館、田中貴子『安倍晴明の一千年「晴明現象」を読む』P126-128
いかがでしょうか。小説で語られる人物像と史実が全く異なるというのは坂本龍馬などでも問題になりましたよね。それと似たようなことがこの安倍晴明でも行われてたようです。
それにしても、「自分のイメージしている晴明とあまりにかけ離れているのがショックだった。聞かなければよかった」というコメントを受けた先生は気の毒でなりません。この話は私としてもかなり心に来るものがありました。
何かを好きになるのは個々人の自由ですが、歴史上の人物や出来事に関してはやはり小説と史実の違いを理解した上で楽しむというのが大事なのではないでしょうか。それを抜きに「私が好きなものにけちをつけるな」と目をそむき続けるのは危険なことではないかと私も思います。
小説や漫画、映画でその人物や歴史を楽しむことそのものを否定しているのではありません。しかし空想と現実の間がごっちゃになったままそれを史実と思い込むのは歴史認識の歪みにつながるのではないでしょうか。さらに言えば、これは日常生活の認知においても影響を及ぼすのではないかと思います。つまり、面白いことや自分に都合の良いことを言われると鵜呑みにしやすくなってしまうということです。一歩引いて「はたしてこれは本当にそうなのか」と立ち止まることが社会を生きる上で大切なのではないかと私は思います。
皆さんも最近、世の中が極端なように感じませんか?ゼロか100か。好きか嫌いか。グレーゾーンがどんどん小さくなっている気がしませんか。そして「私のお気持ち至上主義」です。私がこう思うのだから正しい。私は傷ついた。周りが悪い。
話がどんどん飛躍してしまいましたが、この本を読んでいると色々なことを考えさせられます。それだけ刺激が多いということです。
これはものすごい本と出会いました。この本を文庫化して新たに世に送り出した法藏館さんはやはりさすがです。今一番勢いのある出版社なのではないでしょうか。それくらい私は信頼しています。
本書『安倍晴明の一千年』は平安時代の陰陽師の実態や、現在の晴明ブームのからくりを知れるおすすめの参考書です。当時の宗教事情を知りたかった私にとっても非常にありがたい一冊でした。ぜひおすすめしたい作品です。
以上、「田中貴子『安倍晴明の一千年』概要と感想~史実の陰陽師は悪霊と戦わない?晴明人気は平成に作り上げられたという衝撃の事実」でした。
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