塩谷菊美『語られた親鸞』概要と感想~物語としての親鸞伝を私達はどう受け止めるべきなのだろうか

塩谷菊美『語られた親鸞』概要と感想~物語としての親鸞伝を私達はどう受け止めるべきなのだろうか
今回ご紹介するのは2011年に法藏館より発行された塩谷菊美著『語られた親鸞』です。
早速この本について見ていきましょう。
数多くの「親鸞伝」はどのように作られ、読まれてきたのか。国文学の立場から、史実を伝えるものではなく、信者の思いや真宗の教えを伝える物語としての親鸞伝を読み解く力作。
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私がこの本を手に取ったのは以前の記事で紹介した末木文美士著『親鸞 主上臣下、法に背く』の中でこの本が次のように紹介されていたからでした。以下の文章は「親鸞伝研究は実証的な研究のみでよいのだろうか」という問題提起を受けてのものになります。
研究者の間でも意見が割れるような問題に関しては、無理に事実は一つとしてどちらかに決めなくてもよいのではないだろうか。あるいは、それは歴史学者にとっては大きな問題かもしれないが、歴史学が専門でない著者にとっては、いずれの説を採ればよいか、下手な判断は下し難い。むしろそれ以前に、基本となる伝記史料の意図や性格を明らかにすることの方が重要なように思われる。
この点に関して画期的な方法論的転換を示したものとして、塩谷菊美の『語られた親鸞』(二〇一一a)をあげなければならない。塩谷はまさに「事実」の確定よりも親鸞が伝記においてどのように語られたか、ということを問題とする。塩谷は、『御伝鈔』に関して、こう指摘する。
『御伝鈔』の親鸞や弟子たちは、「お話」の登場人物としての「親鸞」や「蓮位」や「平太郎」であって、鎌倉時代に生きていた生身の親鸞・蓮位・平太郎ではありません。彼らの言動は「お話」の登場人物のそれとして書かれ、読まれていたので、彼らの実像を知っている者たちによって、事実と違うと非難されることもなかったのでしょう。(塩屋、二〇一一a、一三頁)
『御伝鈔』は、すでに「お話し」として、ひとつの物語として描かれているのであるから、そのように読むべきものである。もちろんその一部が、歴史的事実として実証史学的な伝記に用いられることは可能だが、それは本来の目的ではない。たとえば今日でも、有名会社の創立者の伝記を書くのに、いかにも立志伝中の人物に相応しい書き方をするのが当然であって、その裏側の醜い部分はカットされる。それは決して伝記の書き方として間違っているわけではなく、それこそが求められている伝記の書き方なのであり、そのようなものとして読まれなければならない。
後世の伝記だけではない。後ほど詳述するように、恵信尼文書もまた、ただ漫然と「ある日の親鸞の思い出」を書いたものではない。そこには、親鸞の正統の後継者として、その核心を娘の覚信尼に伝えるという目的があって書かれたものである。恵信尼だけではない。親鸞自身が、『教行信証』の後序と言われる箇所で、承元の法難と法然からの伝法を記しているが、それも単に自伝的事実として記したものではない。法然の正統な継承者としての自己を明確化する意図によって書かれたものである。何が書かれ、何が書かれていないかということに、書き手の意図を読み取らなければならない。
塩谷によって先鞭を付けられた「いかに語られたか」という問題設定は、いまだ緒に就いたばかりであり、塩谷自身の研究も途中段階であって、今後その成果が大成されることが期待される。
ミネルヴァ書房、末木文美士『親鸞 主上臣下、法に背く』P42-43
本書ではまさにここで末木氏が述べられているように「史実としての親鸞」ではなく「語られてきた親鸞」の姿が多方面から詳しく解説されていきます。
これは今までありそうでなかった研究視点でもあります。
本書について著者はあとがきで次のように述べています。
鎌倉時代から真宗門徒は教義を人格化させた「親鸞聖人」の物語を作り、その物語の共有によって、教義の伝承と集団の結集を図ってきました。
真宗は在家仏教です。職業的な研究者・実践者ではなく、働きながら救いを求める者たちのための教えです。この私の生死を職業的な研究者・実践者に任せてしまわず、自らの手で背負おうとは、志は素晴らしくても実行は大変です。倦まず弛まず学び続けるには、難しい学術書ではなく、耳で聴いてわかる物語と、物語を共有する仲間とが必要でした。
物語の解釈は時代により、立場によって変わるものです。親鸞と玉日の結婚物語は、「真宗はじめはじめ物語」という作者の意図を超えて、「真宗興隆の予言」や「法然門流内における正統性の主張」、「山上山下を往復して衆生を救う代受苦の人」、「人間親鸞の政治的手腕」など、いろいろに読まれ、聴かれてきました。
親鸞伝の歴史は誤読の積み重ねだから、正しい読み方を取り戻そう、などと言いたいわけではありません、ドイツの思想家であるヴァルター・べンヤミンのエッセイ「物語作者」によれば、物語は後熟するそうです。作者が筆を置いたときには青くかりかりしていた果物が、時の流れのなかで豊かに熟れて、濃厚な香を漂わせるようになるのです。
後熟の任に携わった人たちには著名人もいますが、現代にその名を伝えない人もたくさんいます。まして浄瑠璃・絵解き・唱導の聴き手や、平仮名絵入り本の読み手ともなれば、どこの誰とも見当がつきません。今、私たちの脳裡にある「親鸞」像は、何百年もかけて育まれてきた、有名無名の人たちの希望、願望の化身と言ってもよいのだと思います。
私は定時制高校の国語科教員として、働きながら学ぶ生徒たちに読み書きを教えています。「漢字で住所氏名が書けるようになって通帳が作れた」などという生徒たちとの暮らしです。歴史や文学の研究といっても、特別なエリートを対象とする研究でなく、普通の人の普通の暮らしを知りたいと、いつも思ってきました。真宗門徒でもないのに親鸞伝という研究対象に出会えたのは偶然ですが、本当にすばらしい偶然でした。こういうのを「ご縁」と言うのでしょうか。
法藏館、塩谷菊美『語られた親鸞』P313-314
「今、私たちの脳裡にある「親鸞」像は、何百年もかけて育まれてきた、有名無名の人たちの希望、願望の化身と言ってもよいのだと思います」
私もこの視点を忘れずに親鸞聖人の学びを続けていきたいと心から思います。
本書は従来の親鸞伝記とは一風異なった雰囲気の親鸞聖人の姿を知れるおすすめ本です。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
以上、「塩谷菊美『語られた親鸞』概要と感想~物語としての親鸞伝を私達はどう受け止めるべきなのだろうか」でした。
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