今井雅晴『親鸞聖人の一生』概要と感想~東国からの視点を取り入れたおすすめ親鸞伝

今井雅晴『親鸞聖人の一生』概要と感想~東国の視点を取り入れたおすすめ親鸞伝
今回ご紹介するのは2023年に築地本願寺より発行された今井雅晴著『親鸞聖人の一生』です。
早速この本について見ていきましょう。
築地本願寺慶讃法要記念出版。
Amazon商品紹介ページより
800年の昔、人々とともにお念仏のみ教えに生き、今も私たちを導きつづける浄土真宗の宗祖・親鸞聖人。その出会いと別れ、苦悩、葛藤、そしてよろこびに彩られた90年のご生涯をしのぶ。
前回の記事では平雅行氏による親鸞伝『改訂 歴史のなかに見る親鸞』をご紹介しましたが、本作『親鸞聖人の一生』も親鸞聖人の生涯をわかりやすく学べるおすすめの伝記となっています。
今作の著者今井雅晴氏は東国から見た親鸞聖人の歴史研究を行っていることで著名な研究者です。従来の親鸞研究では東西両本願寺の『御伝鈔』がベースとなっていましたが、それだけではなく他の宗派や地域の伝承や親鸞が流罪後長期にわたって滞在した関東(坂東)の地域事情に目を向けることを今井氏は提唱しています。
特に同氏の『親鸞の伝承と史実 関東に伝わる聖人像』では次のように述べられています。少し長くなりますが今井氏の視点を知る上で非常に重要なポイントですのでじっくり読んでいきます。
親鸞が関東にいたのは六十歳のころまででした。その間、常陸国を中心にして念仏布教に努めました。そこに住む人々には環境に対応したさまざまな信仰があったはずです。また、その背景となるさまざまな生活と歴史もあったはずです。関東は、かつて浄土真宗の歴史で説かれていたような荒野でもなければ、念仏も知らない無知な人々が住む所でもありませんでした。その中で、親鸞は多くの信頼できる門弟たちを得ることができ、やがて京都へ帰って九十年の一生をまっとうしたことはよく知られているとおりです。
その後七百数十年、関東では親鸞に関するさまざまな伝承が生まれました。正しい親鸞理解からは荒唐無稽としか思えないような内容もあります。しかしそれらの伝承は、関東に住む人々が親鸞に求めた日常生活面の救いであったり、願いであったりした内容なのです。あえていえば、人々にとって必要なのは、正しい親鸞理解だけではなくともかくも生活を助ける親鸞だったのです。いわゆる他力とは異なりますが、万能の救い主を期待していたということでしょう。理論ではなく、情緒に訴える親鸞像を求めたのです。人々の心を大切にする親鸞像です。
第二次大戦後、情緒に訴える親鸞像は否定されました。それは古い社会から脱却して新しい社会を作ろうという風潮と結びついていました。経済的発展がもっとも大切にされました。そしてそれは達成されましたけれども、心の貧しさが広く日本社会を覆うようになリました。現在、その解決のために社会全体としていろいろな工夫がなされています。浄土真宗の世界でも、情緒に訴える親鸞像を否定しすぎた、という反省が生まれつつあります。すなわち、親鸞に関する伝承をもう一度掘り起こし、そこに親鸞の教えを維持してきた人たちの心を再確認しようという動きです。それが今日の心の貧困を解決する方向に結びつくのではないか、ということです。
本書執筆の目的は、第一に、親鸞が多くの人々と積極的に交際したに違いない関東で、どのような伝承が生まれたのかを明らかにすることです。その伝承の特色も明らかにしたいと思います。
しかしながら、では関東とはどのような所だったのか。どのような歴史と環境があったのか。従来の浄土真宗史の研究では、それらは必ずしも明らかではありませんでした。というより、ほとんど無視されていたといってもよいでしょう。「荒野」「無知な人々」という先入観念で済ませていたからです。でも、そうではありません。私は今まで機会あるごとに関東の実態を説いてきました。加えて本書では古代からの関東の歴史と環境を明らかにしました。その中での親鸞伝承の発生と維持ということだからです。歴史と環境を無視しては伝承の意味は語れません。
法藏館、今井雅晴『親鸞の伝承と史実 関東に伝わる聖人像』Pⅱーⅲ
ここで語られますように、親鸞が滞在した関東は田舎でも無知な人々がいる地域でもありませんでした。私もこの本を読んで驚きました。私も戦後真宗学の流れをそのまま受け取り、関東を田舎だと思い込んでいたことに痛烈な反省を感じました。この本を読めばわかりますが関東はむしろ京都と変わらぬ文化水準を持った人々が数多く存在する一大文化圏でもあったのです。
今井氏はこうした関東の実態を明らかにし、その上で親鸞の人物像や生涯に迫っていきます。
そして『親鸞聖人の一生』ではそれを一般読者にもわかりやすい伝記として世に問うています。しかもこれが築地本願寺から出版されているというのも重要です。
どちらかというと、今井先生の本は本願寺中心史観から距離を置いたものと私は感じていたのですが、その本願寺が今井先生にこの本の執筆を依頼したというのはとても大きな意味があると思います。そうした意味でも私はこの伝記に強い刺激を受けました。
ただ、1点注意したいポイントがあります。
前回の記事「平雅行『改訂 歴史のなかに見る親鸞』概要と感想~歴史学者から見た親鸞の生涯。時代背景も詳しく知れるおすすめ伝記」でもお話ししたことなのですが、親鸞聖人の史実については未だにわかっていないことが多々あるという点です。そのため学説によって見解が異なるものも出ています。その最大の争点が「親鸞聖人の妻恵信尼とは何者なのか」であり「長男の善鸞義絶事件の真相」になります。この点は平雅行氏の『歴史のなかにみる親鸞』と完全に食い違い、現在も平行線のままです。
この2人の見解の対立の是非については正直私には何とも言えません。親鸞についてはそもそも資料が少ないのです。そんな中歴史学者ではない私には判断のしようもありません。どちらが提示する論拠にもある程度の信憑性があり、どちらの説も「たしかにそうかもしれない」と思いたくなるものがあるのです。
こうなってくるとあとは自分が親鸞聖人をどう信仰するかの問題になってきます。
さらにいえば、「わからないことはわからないと認識した上でそれぞれの宗派の公式見解に則る」というのもひとつのあり方だと思います。ちなみに私はこの立場です。
ただ、様々な視点から親鸞聖人の生涯やお人柄を学ぶという意味で、私は今井氏、平氏の伝記両方を読まれることを強くおすすめします。どちらの伝記も学ぶこと大の素晴らしい作品です。見解の相違はありますが、それも歴史学の学びのひとつとして大きな刺激になると思います。
以上、「今井雅晴『親鸞聖人の一生』概要と感想~東国からの視点を取り入れたおすすめ親鸞伝」でした。
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親鸞聖人の一生 親鸞聖人御誕生八百五十年・立教開宗八百年慶讃
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